8 ギルバート side
屋敷中がバタバタとする中、私はエリサの面倒を見ながら大人たちの会話に耳を傾けていた。
「セナ様がまた吐血したようだ」
「セナ様の呼吸が一時止まっていたようだ」
「セナ様がまた発作を起こしたようだ」
「セナ様、危機は脱したようだ」
「セナ様の容態が奇跡的に回復してるようだ」
三日たち、セナが助かったことを耳にするとホッとした。だが、父上からはセナには今後最低限しか会えないことを告げられた。
あれから五年経ち、十年経ち……魔力も安定していた私は、セナの部屋の管理を任されていた。セナの発作はたまにあったが、命に関わる発作はでなくなっていた。
しかしそのころ、セナが大ケガすることがあった。幸いなことに魔法で治せる傷だった。
「ギル、あの家庭教師は騎士団に引き渡す」
「なぜですか! セナにしたことを思えば私刑でもいいではありませんか!」
「この国は私刑は認めてないよ。それによって、うちのものに何かあるよりは騎士団で裁いてもらう方がいい」
父上は珍しくニヤッと笑った。
公爵家が厳罰を求めた通り、家庭教師は公爵令嬢に体罰を長年繰り返したこと、怪我をおわせたことにより極刑となった。
それにより、少しだけ胸がすく思いがした。
エリサも「かわいい妹になんてことを!」と怒っていたが、刑を聞いてそれ以上は何も言わなかった。
そのころから不思議なことが起こった。
「ギル! エリサ! セナの病がなぜかとても良くなっていると報告を受けたよ」
「父上、では念願の一緒に過ごすができるように?」
「いや、そこまではまだできないが、近い未来、できるようになるかもしれない」
「まあ、セナをこっそり見守る生活もいつか終わるのですね」
エリサも父上も本当にうれしそうに笑う。もちろん、私もそんな日が楽しみで仕方がない。
それから五年が経った。
セナは見違えるくらい以前に比べて丈夫になった。発作も起きず、少し体に肉もついた。エリサと常々盗み見てはかわいいと言い合い、マクレガーにいつ普通に話かけても大丈夫だと言われるのか、今か今かと待っていた。
「父上、セナの部屋は今では無菌ではありませんし、発作もしばらく起きてません。マクレガーの許可はいつでるのですか?」
私は以前、セナの部屋を無菌にする作業にかこつけて、毎日、セナが眠ってから会いに行っていた。会話もなく、眠っているセナの頭を撫でるだけだった。たまに父上に内緒でエリサを連れていくと、エリサもソッと撫でるだけでニコニコしていた。
そして、今では無菌にする必要がなくなり、部屋になかなか行くことができなくなっていた。
「すまない。マクレガーがセナの魔力量に異変が起きているというので調査をしていた」
「魔力量?セナの魔力量はDなんですよね?もしかして減っているのですか?」
「いや……」
「……父上?」
「今まで言っていなかったが、セナの魔力量は魔石で小さくしていた……」
「……はい? どういうことですか?」
「…………」
「父上?」
「セナの魔法量は元々膨大らしく……」
「膨大って……」
「それが最近更に増えてきて、魔石では隠しきれなくなってきたらしい」
「魔石!? もしかしてブレスレットですか?」
「あぁ」
「…………」
そんな……。
セナが……。
いつも身に付けていたブレスレットがあるのはもちろん知っていたが、そのような意味があったとは。
あれは母上がしていたブレスレットだから、母上の形見を渡したのだと思っていたが……。
!!
母上も魔力を押さえていた……ということか!
「セナをどうするつもりですか? この国で女性が膨大な魔力を持つことは命取りですよね」
私は無意識に父上を睨むように見ていた。
「隣国に……ユークリッドに行かせようと思う。あそこなら、セナの魔力量は珍しくはないだろう」
その後、父上が用意したユークリッドの家を確認したり、協力者の選定をしたりとしばらくあわただしく過ごしていた。
準備が整った頃、父上はセナに隣国に向かうことを告げた。
そして家族皆での最初で最後の晩餐となった。
セナは目を見開き驚いていて、食事中も居心地悪そうにしていたが、私も父上もエリサも、この時間を噛み締めていた。
「明日も仕事だから見送りはできないが、セナ、気をつけて行ってきなさい」
私は食堂を出るときにセナに声をかけると、セナは驚いて顔を上げた。
「あ、ありがとうございます。気をつけて行ってきます……」
そう答えたセナは戸惑っていた。私は切なさでいっぱいになり、泣き笑いのような顔をしながら食堂を出た。
次の日、セナはこの屋敷を出ていった。
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