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私は手紙の続きを読んだ。
『マクレガーに魔力のことを相談し、そしてこの日がきたのだと覚悟した。
セナの母親からこの国では生きられないかもと言われた言葉が重くのし掛かった。体調も良くなり、やっと、やっと普通に暮らせるようになってきたのに。だが同時に、体調が良くなったから魔力量が増えてきたのだろうとも予想した。
セナ、セナの病気のことはギルもエリサも幼い頃から知っている。知っているからこそ、話しかけることも遊んでやることもできずにずっと苦しんでいた。家庭教師や侍女は浄化の魔法が使えたから接することができた。それができなければ雇うこともできなかった。それでも最低限の接触にしたし、これ以上の関わりは負担にしかならないと制限して我慢していたのに。
魔力量が増えたセナはこの国にいたら捕まり秘密裏に殺されてしまうかもしれない。それだけは避けたい。私が要人なだけに、どこに監視の目があるか分からない。知られるわけにはいかない。知られたらたちまち連れていかれてしまう。
リンファや護衛二人は元々は私の影だ。生涯の誓いを立てている。安心していい。
どうか逃げて生き延びてほしい。
ユークリッド国内に屋敷などを用意している。どのように使ってもかまわない。リンファと護衛二人もだ。このものたちは今後役に立つだろう。
ユークリッドは女性の強い魔力持ちでも問題ないが、隠していた方が生きやすいだろう。あまり人前では魔法を使わない方がいいかもしれない。
もうセナとはこの国で共に過ごすことができないことはとても残念だ。だが国内は危険だ。遠くからになるがいつもセナの無事を祈っている。
愛しているよ
アスワン』
…………。
私は涙が止まらなかった……。
知らないことだらけだった。セナは病気があったが、さくらと融合したあたりで完治? していただなんて。病気さえも知らなかった。
私は父を、兄を、姉を……みんなを誤解していた。
嫌われていると思っていた。
泣き止まない私の背中をリンファがソッとさすってくれていた。
「セナお嬢様、エリサお嬢様はお友だちがいらっしゃったときにセナお嬢様を見かけると、気が気ではなかったようです。普段は話さないようにされてたのが、何かに感染してはいけないと、早くこの場から離れるようにとセナお嬢様に声をかけていらっしゃいました。
ギルバート様は、セナお嬢様がお休みになられた後、よく部屋においででした。セナお嬢様が起きてらっしゃるとついつい話しかけたくなるから、寝ているときに内緒でね……と頭を撫でながらおっしゃっていました。
旦那様は外での仕事が多く、外から菌を持ち込むことをとても恐れてらっしゃいました。浄化の魔法を掛けた後でも、自分が何かの原因になってはと、いつも眺めるだけにされてました」
リンファの話を聞いて、私は更に大粒の涙を流した。そんな私にリンファは唐突に質問をした。
「家庭教師が来てからお嬢様は自分のことは自分でするとおっしゃられましたが、あれは家庭教師から言われたのですか?」
リンファの言っている質問の意図が分からないが私は泣きながらこくんと頷く。
「家庭教師の方から侍女らに『成長のため、自分のことは自分でさせるように』と指示があり、成長のためならばと、セナお嬢様に呼ばれたときだけにしておりました。ですが、あれは鞭の傷を発覚させないためだったのですね」
そうだったのかな? 私はそこまで考えが及ばなかった。戸惑う私の顔を見てリンファは頭を下げた。
「セナお嬢様、申し訳ありませんでした。旦那様から頼まれていたのに見抜けなくて……。私のことはどのように使っていただいてもかまいません。なんでもやります。今度こそ守ります!」
私はずっと一人だと思ってたけど違った。
すれ違いはあっても私は大事にしてもらえてた。私は涙を拭き、リンファに言った。
「ありがとうございます。私のことを私よりも考えて下さって……。でもリンファ、あなたも護衛さんたちもラッセン王国に帰った方がいいです。私に気兼ねする必要はないのです。私はもう十分良くしてもらいましたし大丈夫です」
「セナお嬢様、お屋敷を出るときにも申しましたが、私はセナお嬢様がお生まれになられたときから専属の侍女です。それはどこに行かれても付いていくということです」
「……でも……それだと……」
「私は元孤児です。テイラー公爵家の使用人の多くが、アスワン様のお父上である先代の公爵様、そしてアスワン様に拾われて、なに不自由なく育ててもらい、さらに教育までしていただきました。拾われてなかったらとっくに尽きていた命です。
だから私たちは自分からお願いして生涯の誓いをたてました」
生涯の誓いとは言わば魔法を使った主従契約のことで、相手を主として契約をしたら、何があっても主を裏切らない、何があっても主を信じるといった一方的に主が強い契約だ。契約を違えばもちろんペナルティがあるが、それは個々の契約内容によって重さがかわる。
「セナ様……私たちは連れていってくださることこそがお役に立てるのだと……生きているのだと思えるのです。どうかご一緒させてください。お願いします!」
「……」
私はリンファの真剣な顔をじーっと見る。
「リンファ……私はもう平民ですよ?満足にお給料もおそらく出せないです……。
それでも良いのですか?」
「そんなのどうってことないですよ。アスワン様からもたくさんいただきましたので問題ないです」
「……それじゃ……これからも……よろしくお願いします。リンファはお母様みたいね」
私は頭を下げながら初めてのことにポロポロと涙が出たが、これは悲しい涙ではなかった。
すると外の見回りに行っていたはずの護衛のロイとサイが部屋に入ってきた。急に入ってきたので驚いていると
「ロイさん、サイさん! ノックぐらいしてください!」
「セナ様、私たちのことも忘れないでくださいよっ」
リンファとロイさんから出た声は同時だった。二人に対して声を出せずに固まっていると
「私たちもどこまでもお供しますからね」
サイさんがニッコリ笑いながら言ってくれた。
「ありがと……ございます」
国を去る前日に私は今までの手にしたことがないと思っていた思いを手に入れ、その日はあたたかい気持ちのまま眠りについた。