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十六歳になる数日前、父が部屋を訪ねてきた。この部屋に父が来るのは魔力測定の日以来だ。
「セナ、よく聞きなさい。明日からセナには隣国のユークリッド国に出向いてもらう。ある人にこの手紙を渡してきてほしい」
私に反対などできるはずもない。
「はい、わかりました」
「気をつけて行ってきなさい」
私が了承すると、父はすぐに部屋を出ていった。だが、出ていくときに私に見せた顔はホッとしたようないつもは見せない表情で、私は少し驚いた。
私はゲームの内容から自分が途中退場することを知っている。おそらく年齢的にも隣国に行った際に何かが起こるのだろう。
ただ、内容までは描かれていなかったので、詳細は分からない。だからこそ、万全に準備をしていたかったのだが……。
「魔法は発動するかしら……」
結局、魔法を練習できないまま行くことに不安ではあるが、明日には発つので、ここにはもう戻らないつもりで準備をした。
その日の夜、私は生まれて初めて家族で食事をした。
いつも通りの時間に私が食堂に行くと、本来なら誰もいないはずなのに、父、兄、姉が揃って座っていた。
「時間を間違えたようです。すみません」
私は慌てて自室に戻ろうとすると、父から声を掛けられた。
「セナ、来なさい。一緒に食べなさい」
「…………はい」
私はいつもの席に座り、居心地悪くしていたが、父や兄、姉は和やかに会話をしていた。たまに私も話しかけられ、ますます居心地が悪かった。しばらくすると食事が運ばれ、食欲がなくなった私は口にいれたものをスムーズに飲み込めず、食べるペースがかなり遅かった。
私はひたすら気まずくて下ばかりを向いていたが、早々に食べ終わった兄は部屋に戻ると言って退室しようとしたとき、兄が言った。
「明日も仕事だから見送りはできないが、セナ、気をつけて行ってきなさい」
え……?
私は驚いて顔を上げると、兄は私を見ていた。
「あ、ありがとうございます。気をつけて行ってきます……」
そう答えると兄はふっと泣き笑いのような顔をして食堂を出ていった。私の記憶では、兄との初めての会話だ。呆然と扉の方を眺めたままでいると、父と姉も食べ終わり退室していった。姉は無言でうつむいたままだったが、父はたくさん食べなさいと声を掛けて出て行った。
何が起こったのだろう。初めての家族との食事、初めての兄との会話……。
私は何とも言えない気持ちでいっぱいになり、食事をかなり残したまま食堂をあとにした。
◇
いよいよ出発する時間になると、私付きの侍女リンファがついてくるという。おそらく、二度とここには戻れないのだから連れていってはいけないと思い断るとリンファは頑なに首を縦にしない。
「私はセナお嬢様がお生まれになられたときから専属の侍女です。それはどこに行かれても付いていくということです」
「…………でも……」
「さ、参りましょう」
戸惑っている間に手を引かれ馬車へと促される。そのやり取りをしていたうちに、いつの間にか父がそばまで来ていた。
「セナ、気をつけて行ってきなさい」
父はなぜか痛ましい顔をしていた。どうしたというのだろうか。父の顔を見つめていると、父は思い直したのかふっと小さなため息をついたあと、私に目を向けた。
「セナ、リンファは連れていきなさい。リンファはお前の、お前だけの侍女だよ」
「……わかりました」
「リンファ、セナのことを頼んだよ」
「承知しております」
「じゃ、もう行きなさい。遅くなってしまう」
「はい。では行ってまいります」
私は父に対して不恰好ながらも生まれてはじめてカーテシーをしてから馬車に乗り込んだ。
乗り込んですぐ、私は外を見ることなく目を瞑った。
けれども馬車が進むにつれどうしても見たくなり、馬車の中から公爵邸を見る。
さようなら、お父様、お兄様、お姉様。
さようなら、テイラー公爵家。
さようなら……。
この日、私はセナの人生で初めて外に出たのだった。