48 ルカ side
婚約して二週間ほど経った頃、サクラから話があると言われ時間をとった。サクラが希望を言うのは初めてかもしれない。私たちはベッドの縁に隣同士で座り、サクラの話を聞いた。
「ルカ…………私の話を聞いてほしいの」
「時間はたっぷりありから、ゆっくり話して大丈夫だよ」
「ありがとう」
サクラはまず前置きとして、「ウサギさんに記憶を消されたみたいで辛かったころの記憶がないみたい」と言った。それでも残ってる記憶を私に話したいのだと。
サクラの話は前世から始まった。
ここではないどこか違う世界の話で、魔力のない世界は科学というものが発達しているらしい。あまりにも不思議な話をするサクラは懐かしそうな顔をして、この話が冗談や嘘ではないことを現していた。そこでのサクラは父や祖父母に大切に守られて過ごしていたらしい。
だが、ある日気がつくと今の体に転生していたという。転生後はユークリッドではなくラッセン王国の公爵令嬢だったらしいが、このころの記憶はなくユークリッドに行ってからしか思い出せないようだ。ラッセンからはラッセンの事情が絡んで逃げてきたようだった。
前世の記憶を有し、さらにラッセンの貴族出身だったのかと驚く。サクラは前世の名前で本名はセナ・テイラーだという。ラッセンはここからはかなり距離があり、我が国とはあまり交流はないが、早急に影に探らせようと思う。今後、サクラに必要か不必要か判断しなければならない。
その後は平民としてパン屋で働き忙しく暮らしていた。ユークリッドに来てから家族とも交流していたようで、兄との交流を特に嬉しそうに話していた。
商隊を助けたことがないか聞くと、毒を食べた人たちを助けたことがあったが、素性を明らかにしたくないという理由からサクラの護衛がその痕跡を消したようだ。
やはりサクラが商隊を治していた。サクラの聖女の力が商隊を助けたことをサクラに深く感謝した。サクラは自分ができることで助けられたことが嬉しかったようだが、その後の魔力の枯渇の話を聞くと無理はさせてはいけないと肝を冷やした。
数日に渡ってサクラはゆっくりと話していたが、公爵令嬢だったというだけでも驚きなのに、今日は私には想像もしない話をしだした。
いつも通りベッドの縁に隣同士で座り、私はサクラに話を促した。
「実は前世の私が遊んでいた物の中に……なんて説明したらいいのか……これくらいの大きさの動く絵本、はないか……動く絵姿……んーっ、なんだろう……まぁ、絵が動くのよ!」
「ん? うん」
「ちょっと待って……あ、紙とペンを貸してください!」
「あぁ、ちょっと待ってて」
サクラは紙に見たこともないものをサラサラっと描くと、説明をしだした。よく分からないが、物語が動く絵で表現され、その物語を女性がこぞって見ていたらしい。
「その物語に今の私や家族たちが登場し、今の私はその物語に沿って進んでるみたいで……」
「今の生活を前世で物語として見ていたということ?」
「少し違うけれど、そんな感じ……?」
サクラは首を傾げながら大まかな物語の概要を話した。
「その物語の主人公は姉のエリサで、私は隣国で行方不明になるという話だった……んだけど、その物語と違う部分もあったりで……」
「行方不明……ねぇ……。今が行方不明ってことである意味物語に沿ってはいるね」
「そうよね。その辺りがユークリッドにいたときは懸念してたのだけど、こうやって行方不明になるのはやっぱり物語の強制力なのかしら。そう言えば、もう一つ気になることがあって、姉は同じ年の王子に求婚された後、王子が魔物の討伐に行くから保留になってて……。でもラッセンは魔物が何十年も出ていなかったのに……」
それは聖女であるサクラがいたからでは?……とは言えず無言になっていると、サクラは少し気になっただけなのと、言った。
「姉上様ももう婚約してるかもしれないよ?」
「そうかもしれないわ。私が行方不明になったのを悲しんでいるところに王子と婚約して結婚するって物語ではなっていたから……」
「それなら姉上様は安心だね」
「……そう、よね」
「まだ気になることでも?」
「……そうじゃないの。なんだかホッとしてて。私の余計な行動で家族に不幸が起こっていたら嫌だなって思ってたけど、物語通りに進めて良かったな……と思って。なんだか長い時間、その考えに私の心は囚われていたような気がするの」
サクラ……。
私は安堵の顔を見せるサクラを抱き締めた。
「サクラ、かんばったね。もう私に任せてくれていいよ」
「うん……。ありがとう。私、ルカに保護されてホントに良かった。こんな話をしたのってルカが初めてよ、ふふっ」
私はふわっと笑うサクラを抱き締めたまま話す。
「サクラ。話してくれてありがとう。まだまだ私には理解できないことも、分からないこともたくさんありそうだが、サクラのことが少しでも知れてうれしいよ」
「私もルカに聞いてもらえて良かった」
思えば数日に渡り、サクラから聞いた話は相手を気遣うものが多かった。
「サクラ…………、改めて……私と結婚してください。これからの人生、私に守らせてほしい。私はサクラを愛している」
「ルカ……、ありがとうございます」
もぞもぞと私の腕から抜け出たサクラは、私の目を真っ直ぐに見て微笑んだ。
「ルカ、私も愛しています」
私はサクラにそっと口付けをすると、サクラの照れたように笑った顔がとても印象的で、この後サクラを初めて抱いたのは自然なことだった。