44
目が覚めるとルカが私を抱き締めるように隣で寝ていた。ルカは眠っていても美しい。長い金色の睫毛、細い鼻に薄目の唇、間近で見てもシミ一つない肌はキメ細やかでうっとりとする。
しばらくルカの顔を眺めていると、ルカはピクッと動いたかと思うと、ゆっくりと瞼を開けた。
「おはようございます」
ルカの頬を触りながら言うと、ルカは優しく微笑んだ。
「おはよう。まだ早いよ。ゆっくり寝たらいいのに」
言いながら、私をぎゅっと抱き締めてくれる。
「目が覚めちゃったの」
ルカは私の顔や髪にキスをしながら、まだ眠たそうに目をトロンとさせていた。
「ルカ、もう一度寝る?」
「寝るくらいなら抱きたい」
「んもー、いつもそんなことばかり言って。お仕事は?」
「…………行きたくないけど行かないとね」
ルカは眠そうにしながらも起き上がりクスクス笑う私の方を向いてチュッと口付けをした。
「ご飯食べよ」
ルカは空間から食事を取り出すとベッドの上に置き、私に食べさせながら自分も食べる。未だにどうやって食事を運んでいるのか分からないが、ルカの魔力が高いことだけは分かる。
今日のメニューはスープ、焼いたベーコン、スクランブルエッグにサラダ、そしてお決まりの硬目なパン。
食べ終わり身支度を整えるとルカはいつも名残惜しそうに仕事に行く。昼には一旦戻ってくるのに。
「今日も大人しく待っててね」
「ルカ、早く帰ってきてね」
「分かってるよ」
そして私に優しくキスをすると私の足枷に頑丈な鎖を付け、転移して部屋から消えた。
最近のルカは不在にするときは必ずルカの魔力のこもった鎖を私に繋いでいく。私は逃げないよと言うのだけど、ルカははっきりとは言わないが何か違うことを心配しているような気がする。
最近は食事を終えると、私はだいたい昼まで寝て過ごしている。食べた後はいつの間にか眠っていて、帰って来たルカに起こされて眠りから覚める毎日だ。
あぁ、ほら、眠くなってきた。
◇
私はルカの元に来てから二ヶ月は過ぎたと思う。はっきりした日にちは分からない。私がここに来た時、私はボロボロだったらしい。この辺りの記憶はウサギさんのおかげで私には全くない。リンファに色を変えてもらって茶色だった髪が元の金髪に戻ったのもいつだったのか分からない。
今は精神的にも安定していると思うのだが、過保護なルカは医療班以外との接触はまださせてくれない。医療班に行っているときに、一度だけルカの部下?のサージという人とニアミスしそうになったが、オルセー先生がシャットアウトしていた。
ルカはおそらく身分が高いのだと思う。ルカはルカ自身の話をあまりしないからはっきりとは分からない。けれど、私の素性が分からないことになってるから婚約した今も足に枷がついたままなのは、ルカの身分に関係しているのではないだろうか。この足枷に私の魔力が封じられ、今は小さな怪我一つ治せないのは残念だが、そう考えると仕方がない。
私の素性は回りに明かすわけにはいかない。テイラー家にこれ以上迷惑は掛けられない。このまま行方不明になってテイラー家から消える方がテイラー家にも私にも良いはずだ。
ゲームの通りだと、私は行方不明になるはずで、このことに関してはずっと漠然と考えていた。隣国で行方不明になるはずのセナが実際には行方不明になっていなかったのだから。
そんな私でもルカは出会ったときから愛してくれているし、私も愛してくれているルカに答えたいと思っている。
「サクラは攻撃魔法は出せないみたいだね」
「オルセー先生、分かるのですか?」
午後は毎日オルセー先生の診察がある。診察が終わるとルカが来るまでだいたい雑談をしている。診察とは名ばかりで、気分転換のためにルカが手配してくれているようだ。
「君からは何かストッパーみたいなものを感じる。その代わり、治癒能力は高そうだけど?」
「そうかもしれません。攻撃するくらいなら治したいといつも思っていたので」
「それならルカ様と婚姻を結んだら、医療班にぜひ入ってもらいたいなあ」
「そうですね。みなさんのお役に立てるならぜひ!」
「ルカ様の許しが先だけどね。ははっ」
「ルカ……の許し、ですか?」
「ここはルカ様が上司だからね」
先生に聞いてもいいのかしら?ルカってどういう立場なのかな?
「私が同行してる時は許可するよ」
聞こうかどうか迷っていると、後ろから声がした。振り向くと、ルカが迎えが来たのだと気がつく。
「ルカ、許可してくれてありがとう」
「ルカ様……」
あっさりと許可が出たことに驚く先生に、ルカはニッコリと笑う。婚姻を結んだら枷を取って私も役に立つことができるようになるのかと思うと、婚姻がさらに楽しみになった。
「さ、行こう」
ルカは私を抱き上げると転移した。
◇
数日後、オルセー先生からルカの身分があっさり告げられた。
「ルカ様は王族だよ」
「…………え?」
「知らなかったのか……。サクラと話してるいると野心があるようには見えないし、おかしいなあとは思っていたが、そうか。ルカ様はよほどサクラを離したくないと見える。良いことだよ」
ルカといい、パパといい、大事なことを言わないのはなぜなのかしら。
「まあ、そう怒りなさんな」
「怒ってないです!」
「そうかな? はっはっはっ」
んもう!
「ルカ様はね、幼い頃から魔力量が多過ぎてね、コントロールできるようになるまで孤独だったんだよ。だから自分のことはあまり話さないのさ。いつか、本人に聞いてみるといいよ」
「聞いても大丈夫でしょうか?」
「サクラならね」
先生はウィンクした。