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少し遡ります
「やっ……やめっ……」
もう、いやだ……
誰か助けて……
「もう大丈夫だ。お前は私が守る」
痛い、怖い……
「もう大丈夫だ。お前は私が守る」
誰……
「もう大丈夫だ。お前は私が守る」
あり、がとう……
◇
◇
「パパ、私が勝手なことをしたから怒ってる?」
私は渡された携帯電話を握りしめて、運転するパパを見つめた。私は内緒で寮のある会社に内定をもらい、何も告げずに置き手紙だけで家を出てきた。
「パパ……」
「さくら、パパは怒ってるんじゃないよ」
パパはふぅと小さくため息をついた。表情がいくぶんか和らぎ、運転しながらパパは私をチラリと見る。
「パパはさくらに頼ってもらえなかったことが……頼りない自分が許せなくてね。最後の最後にはきっと相談してくれると思ってたんだ」
「パパ……」
「さくらのパパは情けないなあと思ってね」
「そうじゃない。そうじゃないの。私が、私がいるとパパはパパになっちゃう。パパは私がいなかったら、きっとかっこよくて、泣くことなんかなくて、奥さんと子どもがいる幸せがあったと思うの」
パパは運動公園駐車場と書いてあるところに入り、かなり大きな駐車場の空いている場所に車を停車した。
「さくら、何度も言ってるけれど、パパはさくらのパパになりたかったんだ。他の誰でもなくさくらのパパに。さくらがいない人生なんてもう考えられないんだ」
「でもそれじゃ、おじいちゃんとおばあちゃんはいつまでたっても本当の孫をかわいがれないじゃない」
「? えーっと、本当の孫?」
「だって私は隣に住んでただけの……」
「違うよ! さくらは父さん母さんの本当の孫だよ!」
「……どういうこと?」
「言ってなかったかな? さくらの実父は俺の兄だよ」
「えーーーっ!? …………聞いてないんですけど」
「えっ? ホントに?」
「知らないよっ! ってことはパパはおじさん?」
「パパはパパ!」
「ぷっ」
「なんで笑うの! そこ笑うとこ?」
「だって私、看護師だった市成さんに血の繋がりもないのに甘えるな。図々しい、出ていけって言われ続けてたから……ずっと悩んで……ひっく、ひっ、だから、早く出ないとって、ひっく……」
「さくら……」
「パパぁ、ごめんなさい」
「さくら、例え血の繋がりがなかったとしてもパパはさくらのパパだよ。一度守ると決めたからにはやり通すよ」
「うん。ごめんなさい」
私はその後、文字通りわんわん泣き、泣きすぎて何年も出ていなかった喘息の発作が出た。
パパの専門は消化器内科だが、私に小児喘息の診断が出てからは呼吸器内科の専門医にもなった。
「ぜぇぜぇ……パパ……ごめん、なさい」
「吸入しよう」
そう言って、パパは私のバッグからメプチンを取り出してくれた。お守りがわりに持ち歩いていてよかった。メプチンを吸ってからしばらくすると呼吸が楽になり、パパは私にペットボトルの水を手渡すとニコッと笑った。
「さ、家に帰るよ」
「? 私、寮に入るんだけど……」
「何言ってるの。内定は電話があったときに辞退してるよ」
は?
え?
「な、なんで?」
「先方から大病院のお嬢様を男所帯の工場でなんか働かせられないから辞退してほしいって」
「に、荷物送ったよ?」
「うん。さっき受け取ってきた。工場長の奥さんから『私がもっと若かったら藤堂さんの奥さんになってさくらさんを育てるのに』って言われちゃった」
「……パパ。じゃぁ、全部知った上で今日送り出したの?」
「そういうことになるね。俺がいかに頼りないかを反省するためにも、必要なことだったと思ってる」
「パパは頼りないなんてことない! 私が弱かったから……家を出たんだし……」
「さくら」
パパを見ると想像した通り少し涙目になっていた。
「さくらは帰ってくるよね?」
「私、家に居てもいいの?」
「いてほしいんだよ」
「分かった……ありがとうパパ」
その後パパは自宅に車を走らせ、家につくとおじいちゃんとおばあちゃんにしこたま叱られた。見守っていてくれてありがとう。ずっと不安だった私は多幸感でいっぱいだった。
◇
◇
「ん……」
「目が……覚めたのか?」
「あ、…………いや!」
だ、誰?
「暴れないで、落ち着いて! もう大丈夫だから!」
何? ここはどこなの? パパはどこ?
私は何が起こっているのか分からなくて逃げるべく暴れていると、ウサギさんが私の胸に跳ねてきた。
「え? ……ウサギさ、ん……」
え? 何でここにウサギさんがいるの?
と思っていると、ウサギさんが触れている部分から私の怖く嫌な気持ちが抜き取られる感覚がし、急速に心の中が穏やかになっていった。