26
その後どうやってうちまで戻ったのか覚えていない。どうやってベッドまで入ったのかわからない。ちゃんとやっていたのだろうか。
ひどく疲れていた私は目をつぶるとスーッと眠りについた。
◇
◇
「高校までお金出してもらうなんて図々しいのよ! 早く一人立ちしなさいよ」
中学を卒業して三日。家族にお祝いをしてもらった次の日にたまにうちに来る看護師市成さんに言われた。
この看護師はパパが好きらしく、ことあるごとに私に声を掛けてきた。
過去に言われた言葉を思い返すと、
「先生がお優しいからってほんとの娘でもない血の繋がりもないあんたが居座るのっておかしくない?」
「この間、先生が言ってらしたわ。娘がいるとなにもできないって。早く出ていきなさいよ」
「どこの馬ともわからないあんたがかわいいわけないじゃない。パフォーマンスに決まってるわ」
私はなぜパパの娘になったのかは知らなかった。パパからパパになってもいいかと聞かれ、了承した。それだけだ。パパも祖父母も出会ったときから優しかったから疑問に思ったこともなかった。
看護師はパパたちが席を離したときに必ず話しかけてきては、私に家を出るように言った。優しさに甘えるなと。
「パパ、私は早く一人立ちした方がいい?」
私はパパの腕の中で胸に背中をもたれ掛けて聞いた。
「なんで?」
「私がいるとなにもできないって聞いたから」
「誰がそんなことを……。ふぅ。さくら、パパはね、さくらがいるとなにもできないんじゃない。さくらのことだけをやりたいんだよ。似てるようで全く違う」
「なんで私のパパになったの?」
「さくらのことが大好きで大事だからだよ」
パパは後ろからぎゅうっと抱くと頭にチュッとした。
「さくらちゃーん、ずっとパパと一緒にいてね」
なんだか涙声が聞こえる。きっと泣き虫なパパが突然私がこんなことを言い出したからだろう。
「パパごめんね」
私は心の中で謝った。私がいるからパパは未婚の父になった。しかも本当の父ではない。私がいなかったらカッコいいパパは泣くなんてこともないよね。
なるべく早く家を出るからね。ごめんね。
それからあっという間に三年が経ち、私は高校を卒業した。高校在学中も家族は優しく接してくれたが、あの看護師はことあるごとに隙をついては私に話しかけてきた。
しかし高三になったある日、あの看護師は院内の薬を転売していたことで詐欺や薬事法違反などで起訴された。病院を解雇になったことでやっと縁が切れた。うちに持ってくる薬をだいぶ誤魔化していたのをおじいちゃんとパパが不審に思い、内部調査をしてから告発をしたらしい。
そして私は三年の後期になりいくつか大学受験をした振りをした。大学には全部落ちたと家族には言ったが、実はその間、就職活動をしていてこっそり他県に寮のある会社に内定をもらっていた。
「パパ、友達のやっちゃんちに泊まりに行ってくるね」
「あぁ、気をつけて行っておいで」
私はバッグに着替えなどを簡単に詰め出掛けようとした。
「あ、さくら、これでお土産買っていきなさい。残ったらお小遣いにしていいよ」
「ありがとうパパ! じゃ、いってきまーす」
出掛けるときにはおじいちゃんとおばあちゃんも出て来て見送ってくれた。
「明日はお祝いだから、あまり遅くならないでね」
「はーい、いってきまーす」
私は笑顔でうちを出た。荷物は先に寮に送ってある。あとは身一つで行くだけだ。
手紙は机の中に入れた。携帯電話も。
もらったお小遣いは申し訳ないが持ち出すことにした。
ほんとは友達にやっちゃんなんていない。やっちゃんに会いに行く日は面談と資格試験を受けに行ってただけだ。
「今までありがとうございました」
私は玄関にむかって頭を下げた。
しばらく頭を下げたあと、私はバッグを背負いなおしその場を立ち去った。
私は電車とバスを乗り継ぎ、昼には会社の寮に着いた。
「えっ……なんで?」
寮の駐車場にはさっき別れを告げた家にいるはずのパパが車に背を預けて立っていた。
「さくら……」
「パパ、なんで……?」
「自分の娘が悩んでいることがわからないパパじゃないよ。それにこの会社はしっかりしていてね、わざわざうちに確認の電話をくれたんだよ」
「そんな……」
「とりあえず車に乗って。外で話す話じゃないよ」
「はい……」
私が車に近づくとパパはドアを開けて乗るように促し、私が助手席に座るとドアを閉めてから運転席に座った。そしてパパはエンジンを掛けると車を走らせた。
「パパ?」
パパが怒っているのが伝わってくる。無言のまま運転をし、ナビを消して音楽を流しているのでどこに向かっているのかわからない。
「これはさくらが持ってなさい」
机の中に置いてきたはずの携帯電話を渡された。