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セナの前世のお話が出ます。
ネグレクトなどの表現があります。
嫌な方は自衛して読まないでください。
「ごめんなさい。代わります」
なんとか気持ちを整えた私は接客についた。一日仕事をすることで忘れることにした。それに今日は復帰一日目だ。頑張らなくては!
パンが売り切れになり、最後のお客さんが帰ると、ドッと疲れが出て椅子に座り込んだ。そんな私の背中を擦りながら、リンファが「お屋敷に帰りましょう」と声をかけてきた。
屋敷に戻ると食事が喉を通らない私を見て、リンファに強制的にベッドに入れられた。
「ひどい顔色です。仕事のことは忘れてしばらく寝てください」
「リンファ……」
私はベッドの中で今日のことをあれこれ考えていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。私が思っていたより疲れていたらしい。
◇
◇
「お腹減ったなぁ」
私は本能的に動くとお腹が減ることを知っていたので、いつも畳の上にごろんとねっころがっていた。
ママが帰ってこないことはよくあって、前回は一週間帰ってこなかった。今回は何日だろう。買い置きの食料は尽きて、水以外は何もない。お金もない。私はひたすら横になって動かないようにしていた。六歳の私には何もできなかった。
食料が尽きて何日目だろうか。もう考えることも億劫になり、朦朧としている中、声がした。
「うわっ! きったねーな」
「まだ死んでなかったみたい。よかった。ほらっ、食べもんだよ。自分で食べなっ」
何かが顔にべちっと当たった。
「お前、母親だろ! ひでーな」
「だっていらないんだもん」
声は段々と小さくなり、部屋はまた静かになった。私はママに捨てられたんだ。 涙さえ出ない。どこかでそんな予感がしてたから。
もういいかな。
小指の爪ほどにしかなかった生きたいと思っていた気持ちは霧散し、私は気を失った。
◇
なんだかうるさいなあ……。
目をゆっくり開けると、クリーム色のカーテンと白い天井が見えた。ガヤガヤと声が聞こえる。
?
ここはどこだろう?
「ごほっごほっ」
急に咳が出るとすぐにカーテンが開いた。
「目が覚めたみたいね。今お医者さん呼ぶわね」
きれいなお姉さんは何かを押したあと水を飲ませてくれ、手を擦ってくれた。腕を見ると管がいっぱいついてる。
そのあとめがねのおじさんが来て服の中に手を入れながら
「息をすってー、吐いてー」
優しい笑顔で私に言う。
私の目を見たり、べって舌を出してって言ったり、変なおじさんだった。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「さえき さくら」
「何歳かなあ?」
「ろくさい」
「保育園? 幼稚園?」
「わかんない」
「ママは?」
「わかんない」
「んー、わかんないかあ……。師長さん、お隣の方は?」
「いらしてます。お呼びしますね」
師長さんと呼ばれたおばさんが、アパートのお隣さんを連れてきた。
「さくらちゃん!」
「おじさん!」
お隣さんのおじさんは会うと飴をくれるし、ママがいないときに来て食べ物をくれた人だ。
「あなたがさくらちゃんの親戚というのは本当ですか?」
「はい。僕は藤堂明と申します。さくらの父親が僕の兄で、兄は四年前に交通事故で亡くなり、さくらの母はさくらを連れ出てから転々としてました。子育てを理由に多額のお金を無心をしてくるのですが、調べたところネグレクトの疑いがありましたのでどうにか保護したかったのです。ただ仕事もあり休日しか動けず……」
「失礼ですが、ご職業は?」
「同業です」
おじさんはめがねのおじさんに紙を渡した。
「藤堂病院の……」
「はい。院長は父です。僕は消化器内科です」
「転院なさいますか?警察にも連絡しましたが母親をこの三日探してもいらっしゃらないですし、身内はここではあなただけです」
「そうしたいです。客観的な血縁関係を示す公的書類はこちらになります。他県にまであの女がくることはないでしょうが、こちらで調べたネグレクトの証拠もありますので、必要なときはご連絡ください」
「師長さん、転院の書類を持ってきてくれる?」
「はい。少々お待ち下さい」
おばさんは部屋を出ていった。
おじさんがめがねのおじさんに、
「飴をあげても?」
「大丈夫です」
って返事があると、おじさんは花の形をした棒つきの飴をいくつかくれた。
「ありがとう。かわいーねー」
食べると甘くて、口の中でコロコロ転がす。
「では書類を仕上げてきますので」
めがねのおじさんはバイバイしながら部屋を出ていった。花の飴をペロペロなめていると、おじさんがポロポロ泣いているのが見えた。
「おじさん、飴いる?」
私はさっきもらった飴のうちの一つを差し出すと、おじさんは泣きながら笑って「ありがとう」って。
いつもニコニコしてるのに、おじさんどうしたのかな?
◇
「さくらちゃん、今からここより大きな病院にお引っ越しするよ。救急車は結構揺れるかもしれないけど、さくらちゃんのおじさんがいるから大丈夫だよ。元気でね。大きくなるんだよ」
車の中で寝ながらうんうんと頷くと
「ではよろしくお願いいたします」
と、めがねのおじさんが言うと、バタンと救急車のドアが閉まった。
私の体にはたくさんの管がついているから、救急車でしか移動できないんだって。しばらく走るとうとうとと眠くなり、気がついたらヘリに乗っていた。といっても横になってるから外は見えない。
「もうすぐ着くからね」
おじさんが耳につけてくれたふわふわしたものからおじさんの声が聞こえた。
おじさんが言った通り、それからすぐに着いた。私は白い部屋に寝かされ、おじさんにめがねのおじさんみたいに息吸ってー、吐いてーとか言われる。
「さくらちゃん、おじさんの子になる?」
おじさんと二人になると、おじさんは椅子に座りながら私に聞いた。
「おじさんの子?」
「おじさんがパパになるのは嫌かなあ?」
「おじさんも私をいらないって言う?」
「言わないし、さくらちゃんのこと、大好きだよ」
「それならパパになってもいいよ」
「ありがとう」
おじさんは私をソッと抱き寄せると、また涙を流していた。
「おじさん、飴いる?」
「うん、ありがとう」
おじさんはありがとうって言うけれど、私をぎゅっとしたままだった。そのあと二人で食べた飴はおいしかった。