20
ロイとの魔法の訓練はリンファとの訓練とはまた違っていて、ひとつのものに集中せず、複数のものを想定して発動させるものだった。
慣れないと魔力の消費量がかなり多いらしく疲れるばかりだ。さらに最初の数回はうまく発動しなかった。回数が二十を越えた頃、ロイから時間を告げられ今日の訓練を終えることにした。久しぶりに魔力を制御するブレスレットをはずしての訓練にかなりの疲労感があったが、いろいろ知らないことを学べるのはうれしかった。
キノコを取りつつ、ゆっくりした歩調で帰っていると、ロイの顔つきが代わり、私にこの場を動かないように指示してからロイは注意深く観察しながら先に行った。しばらくしてロイは戻ってくると、この先に複数の人が倒れていることを告げてきた。
私たちに危険はないとロイが判断したので急いでその場に駆けつけると、ここで食事をしたのか食器や食べかけのスープ、調理器具が散乱していた。
「おそらく毒を誤って食らったようです」
ロイの見立て通り、スープの鍋の中に辺りに群生している毒キノコが顔を出していた。このキノコは食べられるキノコと似ていて間違えることがよくあるキノコの一つなのだ。この辺りに住む人は知っているので誰も取らないことから、おそらくこの人たちは他所から来た人たちだろう。
「私が治療します」
「しかし、セナは訓練で魔力が……」
ロイはとんでもないという顔をしている。
「でも、人を待つ余裕はないわ。呼びに行ってる間に手遅れになってしまいます」
ロイは攻撃に特化した魔法を得意としていて、治療系はあまりできない。そのため、私は一人一人解毒の魔法を丁寧にかけていき、最後に回復魔法をかけた……ところで力が尽きて意識を失った。
◇
「セナ……セナ……」
私は胸に暖かいものを時折感じながらも眠ったままだった。
目が覚めると見慣れた自分の部屋の天井が見えた。寒い……。
私は起き上がろうとすると頭がくらくらし、まるでひどい船酔いのような感じがして起き上がるのを諦め、吐き気とめまいを感じながらまた気を失うように眠った。
◇
「セナ……セナ……」
心配するような声に誘われて、私は瞳をゆっくりと開けた。
「おと……さま」
「あぁ、セナ。目が覚めて……」
私の意識はまだ曖昧で、父が私を抱き締めているように感じる……。しばらくすると、意識がはっきりしてきた。
「おとう、さま」
「あぁ、すまない。三日も眠ったままだったからセナが目覚めてホッとしたんだ」
「三日?」
「魔力切れを起こしたんだ。誰かも分からぬものを助けるためにね。私たちがそれを聞いてどれほど心配したか……」
「ごめん、なさい」
「いや、謝らせたいわけじゃないんだ。セナのおかげで二十三人の命が助かったのだ。ありがとう。でもね、ギルバートが魔力の譲渡ができなければセナはいつ目覚めたか分からなかったよ。ギルのおかげで三日だったのだから、今後も無理はしないでほしい」
「あの暖かいものはお兄様だったのですね」
じんわりと暖かいものを感じたのは夢ではなかった。
「さ、お腹が減っただろう。食事を持ってこさせるね」
そういうと父は私の頭を撫でてから部屋を出ていった。
魔力切れ……。
これが魔力切れだったのか。
手を挙げようとすると重く、また、体はまだ自力では起こせなかった。体もまだ少し冷えている。
しばらくすると、父自ら食事を持ってきてくれた上に動けない私に食べさせてくれた。少量しか食べられなかったが、父に食べさせてもらうとは思いもしなかったのでなんだか驚いてしまって味があまりしなかった。
「セナ、もう少し寝なさい」
食べ終わると、私が眠りにつくまで、父は頭を撫でてくれた。
次に目が覚めるとリンファがそばにいた。
「あぁ、よかった。お目覚めになったことを伝えてきますね」
カーテンから光が漏れているのを見ると、今は朝から昼過ぎの間だろう。リンファが部屋から出てしばらくすると、お兄様が部屋に入ってきた。
「お兄様……?」
「起き上がらなくていいよ。そのままで」
「お兄様、お仕事では?」
「あぁ、抜けてきた。今日は自宅での仕事だったからね。知らせを聞いてそのまま来たよ」
そういえば、兄の服装は部屋着だ。
「動かないでね」
兄はそういうと、私の胸あたりに手を置くと目をつぶった。するとじんわりと胸のあたりが暖かくなり、私の体の中で魔力がゆっくりと流れていく。
「これぐらいでどうかな?」
身体中が暖かくなると、体が軽くなり楽になった。
「ありがとうございます。体が軽いです」
「じゃ、もう大丈夫かな?起きられるかな?」
言われて起き上がってみると、体が軽くなったからかすんなりと起き上がれた。兄は私を見ながら「大丈夫だね」と言い、私の頭を撫でリンファに食事の用意をするように伝えた。
聞けば、父に会ったときから、二日経っていたらしい。
「そんなに眠っていたのですね」
魔力切れで命を落とすこともあったのだと説明されたのを思いだし、改めて兄に感謝した。
「お兄様、助けていただきありがとうございました」
「気にしなくていい。それよりも、セナは回復魔法が得意らしいね。回復魔法は使い方によっては聖女扱いされてしまうこともある。人前での使い方には気を付けるんだよ。
今回はロイがセナの痕跡を消してきたから問題はないが、通常だと、こんなに大勢の毒の治療は難しいってことだけは覚えておいて」
「……はい」
「あぁ、今後は治療するなってことではないよ。セナ、そんな顔しないで。周りにセナが治したことがわからないようにするのが大事だって言ってるんだよ。聖女認定でもされてしまったら、私やリンファたちには簡単に会えなくなるからね」
「あっ」
そうだった。
聖女が最後に確認されたのはおよそ百年前。聖女はその力故、どの国も自国に取り込もうとする。王族の庇護下に入り、他国からの誘拐などを防ぐため基本的に城から出ることは許されなくなる。城には強力な結界が張ってあるため、転移も許可がないとできない。
私にその力があるとは思えないが、疑われると今までのようには生活できないだろう。