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昨日のことは夢だったのかな?と思う程度には私にあり得ないことがあったと自覚している。生まれて十七年目にして初めて兄と打ち解けられたことが、思いの外うれしくて、朝から頭の中がほわほわしていた。
「セナ? 大丈夫ですか?」
昨晩からリンファには心配をかけっぱなしだが、しばらくは兄のことでこの調子のままかもしれない。
「はい。大丈夫です」
「明日は店がお休みなので、昼には戻りますね。今日はレイリーが来ています。伝えておきますので、部屋で休んでいてくださいね」
頭の中のほわほわがリンファにはばれていたらしい。私は素直に頷くと、ソファーに座った。用意してもらった紅茶を一口飲むとふぅと息を吐いた。
今日は本当にダメな日で、気がついたらリンファたちが帰ってきていた。
「これ、ルーさんからですよ。明日は店がお休みだからか、いつもよりも豪華ですね。どこに飾りましょうか?」
「あ、私の部屋に……」
「では花瓶をお持ちしますね」
リンファは花を私に手渡すと部屋を出ていった。ルーさんの花は満開よりも、もう少しで咲きそうな花が入っていて、いつもどんな花が咲くのか楽しみだった。
こっちはもう満開だと眺めていると、リンファが戻ってきてサイドボードに花を飾ってくれた。
「いつもきれいですよねえ。なにかルーさんにお礼したいけれど、今は無理ですかね」
「そうですねえ。ロイたちに相談してみましょうか?そろそろ昼食なのでその時に聞いてみましょう」
「それとそろそろ魔法の訓練も行きたいです。ずっとできていないので!」
「ではそれも合わせて相談してみましょう」
「はい」
食堂で昼食をとったあと、リンファがロイに相談すると「では、今日行きましょう。私がお供します」と快く引き受けてくれた。
いろいろ悩んだが、ルーさんへのお礼はパンを作ることにし、その材料として木の実を森に取りに行き、帰りにいつもの場所で魔法の訓練をすることにした。
二週間ぶりに外に出た私は外の空気をおもいっきり吸った。
「家に閉じ籠ることは特に大変だとは思わないのですが、外に出てみるとやっぱり外に出られるって良いなあと思いますね」
大きく深呼吸したことを恥ずかしく思いながら話した。
ロイと歩いていると、ふと兄が言ったことをロイたちに伝えてないことを思い出した。
「兄が……あと三日で理由が分からなかったら人をやると……」
「そうですか……。二週間ほどこもっていただきましたが、だいたい調べ終わりましたのでおそらくもう外に出ても大丈夫かと。騎士団の部下の方に多方向から話を聞くと、どうやらルーさんを心配しての行動のようで……」
「ルーさんを?」
「ルーさんのお気持ちは分かりませんが、ルーさんが私たちに騙されているのではないかと心配されてるみたいですよ」
「え? なん、で……ですか??」
「ルーさん、うちではよく笑顔を見せられますが、普段はかなり違うそうで……」
「?」
首を傾げる。ルーさんはいつだって笑顔だ。出会ったときから愛想が良く、他のお客さんとも笑顔で話している。
「ルーさんは騎士団で副長をされていて、あの団長の右腕だそうですよ。普段はもっと物静かな方だそうで……部下の方からはかなり怖い人という印象があるようです」
「イメージとはだいぶ違いますね」
「だからですよ。私たちに騙されてルーさんが熱をあげているのではと思ったようですね」
「ん???」
「まぁ、騙してもいませんし……。裏があるのかとさんざん調べましたがそれ以外の理由が何も出てこなくて……逆に困惑したのとそれを調べるのとで時間がかかっていました。すみません。
どうやら団長が部下に指示をしてうちを調べていたようです。何か出るような生活はしていませんが、気持ちの良いものではありませんね。あちらの調査も粗方終わったようなので、もう見張られることもないでしょう。
今日にでもみなに話して確認を取りましょう」
「そうですね……」
二週間こもっている間に料理を習ってだいぶ作れるようになったり、食パンを作れたのは良かったけれど……。私には団長がよく分からなかった。
その後はいろいろあって保留にしていたリンファの誕生日の計画を話しながら散歩をするように森に向かった。
森の中に着くとウサギに似た魔物? がでむかえてくれた。いつもふわふわした体でぴょんぴょんと飛んでいるが、名前を知らないのでウサギと心の中で呼んでいる。今日の森も平和なようだ。
ロイと木の実を取りながら、いつもは行かない森の奥の方まで来ていた。リンファとはいつも同じような場所にしかいかないので、また違った木の実が取れ楽しかった。
「この辺りまで来ると魔物も出てくるので、そろそろ引き返しましょうかね」
私が木の実を夢中で取ってる間に、ロイがいのししみたいな魔物を捕まえてきていた。こうやってロイやサイが魔物を取ってきてくれるのでうちでは肉の在庫が切れたことがない。ついでにいらない部分はお裾分けしたり、売ったりもしている。
「セナは攻撃魔法が苦手だと聞きましたが?」
「はい。なかなか発動しなくて……」
「そうですか。魔力は十分あるので発動しないってことはないのでしょうが……、セナは攻撃が苦手ならサイのように自分を隠す魔法を学ぶといいかもしれませんね」
「そういう手もありますね。サイに手解きを頼んでも大丈夫でしょうか?」
「私から伝えておきますね」
サイのような魔法に実は少し憧れがあった。攻撃せずに逃げることができるなら、その方が気持ち的にも楽だった。
誤字の報告ありがとうございます(^^)