18
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
外が月明かりで照らされるころになって、兄は屋敷に来た。リンファはテーブルに紅茶とクッキーを用意すると頭を下げてから退室していった。
「セナ、明るい場所で会うのはいつぶりだろう。セナとこうやってお茶ができるなんて夢みたいだ」
兄は屋敷に来たときからずっとニコニコと微笑んでいる。
「お兄様、屋敷や資金の配慮をありがとうございました。ずっとお兄様とお父様にお礼を伝えたくて……。それに、私は……お母様の命を奪ったので、ずっと謝りたかった……です。すみませんでした」
微笑んでいた兄の顔が崩れ、私の胸がチクリと痛む。
「私が生まれたから……お母様は亡くなり、今も迷惑を……」
「……それは違うよ」
兄はふっと小さなため息をはき、表情を建て直して、私の目をしっかりと見て言った。
「セナが謝ることは一つもないよ。謝らなければならないのは私たちだよ。ずっと謝りたかったけど、セナに謝るのが怖かった。今さらと拒否されるのが怖くて……、ズルいとは分かっていたが眠ってから来ていた。
セナ……今まで説明もせず、一人にしてごめんね。母上を亡くし、さらにセナを亡くすのは父上にとっても私やエリサにとっても耐えられないことだったんだ。
交流をすれば命の危険に繋がるかもしれない。話せば口から菌がはいるかもしれない。そう思うと、こっそりとしか会いに行けなかった。部屋の浄化をしていたのは私だったからそれを理由にしたことも何度もあった。
生まれたときからセナは私たちのかわいいかわいい家族だよ」
私は兄の言葉に戸惑いながらも、安堵した。心のどこかで、父の手紙が嘘だったら……と思ってしまうことがあり、それほど、私は家族と直接話すということが全くできていなかった。
兄がゆっくりと私の方に移動した。
「セナ、抱き締めてもいいか?」
私は兄を見上げると、兄の目が潤んでいるのが見えた。私の目はとっくに涙を流していたが、ゆっくり立ち上がってから頷くと、兄はソッと……壊れ物を触るように私の背中に腕を回した。
「おにぃ、さま……」
セナとして抱き締められた経験がなくどうしていいのか分からなかったが、兄と同じように兄の背中に腕を回すと、兄が私をぎゅっと抱き締めた。
「セナ……みんなセナのことを愛しているよ」
そういうと、私の頭にキスが降ってきた。それはとても優しく、撫でてもらったときと同じくらいあたたかいものだった。胸のチクチクもいつの間にか消えていた。
「ずっと抱き締めてキスをしてあげたかった」
抱き締められた体勢からしばらくすると、兄は私をソファーの方に連れていき、当たり前のように兄の膝に私を座らせて言った。
「お兄様……膝の上は、恥ずかしいです」
私は前世では一人っ子、今世では全く交流がなかったので、適切な兄妹の距離が分からないが、これは近すぎるのでは?次第に涙もおさまってきたぐらいだ。
あれ?でも懐かしい気がする……。
「今までやってあげられなかったからね」
そう言いながら背中からぎゅうっと抱き締められ、肩に兄の顔が乗せられた。兄は泣いているようで少し振るえていた。
それから、ポツリポツリと近況を話してくれた。
父は相変わらず忙しく飛び回っているが、私のパンは必ず嬉しそうに完食していること。たまに、こちらにこっそり来ていること。転移の場所は父が国に内緒で構築したため家族以外は知らないこと。
姉は同じ学年の王子に求婚をされたが、近々、魔物の討伐に行かれるということで今は保留になっていること。父と同じく嬉しそうにパンを食べているらしい。
兄は特にかわりなく過ごしているが、ほぼ毎日(!) こちらに来る時間を作るために仕事の速度が上がったらしい。
「そういえば、最近セナの部屋には花が増えたけれど、どうしたの?」
「実は今、人にあとをつけられることがあったので、私だけお店をお休みしています」
「つけられる?」
「ロイとサイがいるので大丈夫ですが、お休みしている理由を病気だとリンファが言ったら、お客さんがお見舞いに下さって……」
「それで花が増えたんだね。こっちから人を出そうか?」
「いえ、今ロイたちが調べてくれているので」
「あと三日で理由が分からなかったらこちらから人を出すからね」
「はい、ありがとうございます」
思いついたことをいろいろ話し、やっとお互いに穏やかに話ができるようになったころ、リンファが部屋に入ってきた。
「ギルバート様、そろそろお帰りの時間ですよ」
「わかった」
兄はリンファに答えると、私を膝から下ろし隣に座らせた。
「セナ、また来るからね。愛しているよ」
すると、すばやくおでこにキスをして微笑んだ。
「ギルバート様、こちらはセナ様がお作りになったパンです。食べ方は中の紙に書いてあります」
「ありがとう。いただくよ」
兄はパンを受けとると、大事そうに持って食堂に移動し、扉を開いて転移の魔法陣を使って帰っていった。
夢だったのかしら?
今日の兄の態度が今までと違いすぎて、頭の中になかなか入ってこない。ボーッとした頭でハッと思いだし兄にキスをされたおでこを触る。
「……ナ? ……セナ?」
気がつくとリンファに呼ばれていた。
「顔が赤いですが具合は大丈夫ですか?」
「あ、は、はい……」
私はおでこを擦りながら部屋に戻った。