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午後の仕込みの時間になり、今日は念のため裏口から二人ずつこっそりと出て店に向かった。
特に気配はないらしく、店まで何事もなく行くと、店に入ろうとしたその時、大屋さんから声を掛けられた。
「セナちゃん、パンすごくおいしかったよ! それを伝えにアレンが一つ食べてすぐに追いかけていったけど会えなかったみたいでね」
「追いかけてきたんですか?」
一緒にいたサイが思わず聞くと
「どこまで追いかけたのかは知らないけど、見失ったって戻ってきたよ」
「彼は今は?」
「あぁ、今は本職の方に戻ったよ。午前だけ来てくれただけだから」
「そうですか……。あ、パンの件はロイに伝えておきますね。では仕事なので失礼します」
そういうと、サイは頭を下げ、私を連れて店に入った。そして先に来て作業を始めていたロイとリンファを呼び、結界をはってから今の話を二人にした。
「大家さんの親戚なんですよね? たまたま手伝いにきて、セナたちをつける理由ってなんでしょう?」
「いや、それが彼からは魔力はあまり感じられなかったんですよ。そんな彼が自分を隠せるかというと、魔力的には難しいかと思います」
「それなら、他にも追ってきた人がいるってことかしら?」
次々に意見が出るものの真相は分からない。結局結界を解いて、仕込みの続きをし、明日の仕事に備えた。
その日の夜、モーリアが夫婦で屋敷に訪ねてきて、誰が私たちをつけていたのかわかった。
「セナ様、はじめまして。モーリアの夫のガーラと申します」
「はじめまして、セナ・テイラーです」
「セナ様のお母様に……よく似てらっしゃいますね。とても美人さんだ」
「あ、な、た!」
目を細めて言うガーラをモーリアがつついた。
「あぁ、すみません。なつかしくて。さて、今日つけていた者のことですが、あれは騎士団の団長でした。確か攻撃魔法に特化した第四騎士団だったかと……」
「「えっ!」」
私はロイと顔を見合わせた。
「セナ様たちが店に入ってきたあと、しばらくして入ってきたのは団長だけでした。飲食店なのに食べずに出たので、おそらくつけていたのは団長です」
「なんで団長が?」
ロイには気を付けた方がいいと伝えていたが、リンファたちには伝えていなかったため、頭に?が浮かんだようだ。
「先日、実は第四騎士団の団長に会って少し挨拶したのだけど、セナが何か感じたようで警戒した方がいいと言っていて……」
ロイが遠慮がちに言ったので、私も小さくうんうんと頷いた。
「どうして警戒した方がいいのですか?」
リンファが疑問に思ったようで私に聞いてきた。
「なんとな、く……? ルーさんの上司だそうで挨拶したのですが、なんとなく引っ掛かって……」
「セナの回復魔法に興味を持たれたのでしょうかね? ロイ、団長の背格好、特徴はどんな感じですか?」
「背は私と同じくらいで、私より細身。髪は濃紺で後ろで束ねて……あとは目の色は青く見えました。まあ、総じて色男です」
ガーラもその通りだと伝えた。私より頭二つ分は大きい。
「どういった目的か分からないので気持ち悪いですが、セナが目的なのは明白です。セナはしばらく屋敷にこもってください。急病ということにしましょう」
リンファが言うと、ロイもサイもモーリアにガーラまでその方がいいと賛成した。私はなんとなく納得はしたくなかったが、回りに迷惑をかけたくなかったので了承した。
◇
「セナ、ただいま戻りました。これルーさんからです」
「リンファ、おかえりなさい。お花はルーさんですか?ありがたいですが屋敷中花だらけになりそうですね。
今日の夕食はレイリーにユークリッドの料理の作り方を習って作ってみました」
「まぁ! 楽しみです。あとの二人ももうすぐ帰ってくると思うので用意しますね」
リンファが着替えたあと、配膳を二人で手分けして終えると、ちょうど食堂に扉が現れた。
「ただいま戻りました」
二人は食堂に入ると扉を消し、ふーっとため息をはいた。
「二人とも大丈夫ですか?」
私が抜けたために二人には負担がかなりあるはずだ。リンファも一人で店に立っていたが販売に時間がかかるので、臨時で販売の四時間だけガーラのインドっぽい飲食店から従業員を派遣してもらった。
「ここで仕込みをして届けるようにしますか?」
私には今までやっていた販売の時間も仕込みの時間もないことから、何か役に立ちたいと夕食だけ教えてもらいながら作っている。しかし、それも一、二時間しかかからない。
「いや、それには及びません。今日はちょっと疲れただけですから。パン屋とは別件です」
「必要なときは言ってくださいね!」
「はい。そうさせていただきます」
「では夕食にしましょう」
みんな気を使ってか、おいしいおいしいと食べてくれた。
食後改めて話を聞くと、私が休んだ初日から十日経った今でも見張りがいる気配があるらしい。時間はまちまちで、時間も短時間だが気持ち悪いものは気持ち悪い。その件でロイとサイはパン屋をしながら調査しているようで、最近は外出が多い。
そして、ルーさんは私が体調を崩したと聞くと、パンを買いに来たついでに花束を置いていくようになった。毎日違う花束で、リンファがどうしたのか聞くと、自宅の庭園で毎朝摘んできているらしい。なんとなくルーさんらしいなと思い微笑んだことに私は自分のことなのに気づいていなかった。