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「サイ……迂闊だったかしら?」
「いえ、手を切った程度の治癒魔法は私にもできるので大丈夫かと。ただ、これ以上は……」
「そうですね。人前では気を付けます」
私たちは屋敷に帰りながら話していた。するとサイが急に手を引いて角を曲がったので驚いていると
「誰かにつけられていますね。商店街の方に向かいましょう」
サイは私の手を引いたまま急ぎ足になり、しばらく歩くとある店に入った。その店はなんとなくインドを思い浮かべるような色合いをしている建物の飲食店で、繁盛した店内は客でいっぱいだった。
「ついでに食べていきますか?」
サイがニコッと笑うが、つけられているのに大丈夫かな?と思いつつ、サイに連れられて店の奥の方にどんどん入っていく。
「サイ……勝手に入って大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
サイはなおも奥に進み、ある部屋に入るとドアに結界を展開した。
「幻影も追加しておいたので、ここに入ってきても私たちを認識できません。さ、では帰りましょ。おいしい食事が待ってますからね」
そういうと、サイは何もなかった壁から扉を出現させた。
「これも幻影で見えなくしてるんです」
「サイってすごいですね……」
「こういう裏工作が得意なだけですよ。さ、こちらへどうぞ」
私はキョロキョロしながら扉をくぐるとそこは小さな部屋になっていた。明かりはなく部屋には窓もない。サイが扉を閉めると、一瞬で部屋が明るくなり床に魔法陣がかいてあることに気がついた。
「では今から転移しますね」
!!
魔法陣の上に乗ると一瞬で別の場所に移っていた。少しだけ頭がクラっとしてふらつくと、サイは私を支えながら転移した部屋から出た。
「え?」
部屋から出ると、どこからどう見てもうちの屋敷にある食堂だった。サイは扉を閉めると、また扉自体を消した。
「サイ……説明……してもらえますか?」
サイは苦笑いしながら私を支え、「はい」と答えた。
食事が終わると今日来ていたメイドのモーリアも加わってテーブルについた。
「サイ、今日のは……」
「内緒にしていてすみません。このまま使うことがなければいいなとは思っていたのですが、危険なときは迷わず使うように言いつけられてましたので……」
「セナ……これはセナのお父様であるアスワン様がご用意されたものです。ユークリッドが平和な国であることはよく知られてますが、それでも危険がないわけではありません。ですのでそういったときは使うように私たちは言いつけられてます」
リンファがサイに補足するように説明した。
「転移を私は初めて経験したのですが、あれはどういった仕組みですか?」
「魔法陣と魔石によって起動しています。転移魔法を使える人もいますが、それはごく稀です」
「そうですか……。ではあのお店は?」
「そちらの方はモーリアが説明します」
通いのメイドであるモーリアの方を見ると、ふわりと微笑んで話し出した。
「私は以前公爵家の本邸で侍女として働いていました。セナ様がお生まれになる前なので、ずいぶん前ですね。そして私の夫もまた本邸で料理人として働いていました。
私は子どもの頃から人よりも魔力があったので、当時の公爵様……セナ様のおじいさまがずいぶんとフォローしてくださり過ごしていたのですが、ご存じの通り、この国だと安心して暮らせます。
それを知った夫が公爵様に移住したい旨を話したところ、公爵様が何から何まで用意してくださいました。ただし、公爵家に何かあったら手助けしてほしいとおっしゃって……。元より、何かあれば私たちは言われなくても駆けつけるつもりでした。
セナ様がこちらにいらして、たいしたことはできませんが、こうやってさせていただけることが何よりうれしく思っています」
「じゃぁ、あのお店は……」
「はい。私の夫が経営しております。そして私以外のメイドも私と同じような感じで転移の魔法陣で繋がっています」
「えっ、じゃぁ、レイリーとラウラもお店をやっていて、そこに魔法陣があるってこと……?」
「その通りでございます。レイリーはユークリッドの料理専門店、ラウラは服屋でございます」
「そう、だったんですね……」
私は驚きすぎてなかなか言葉がでなかった。体が固まったまま無言でいると、サイが声をかけた。
「セナ……大丈夫ですか? 魔法陣のことよりもつけられたことの方が重要なんですが……」
!!
「そうでしたね……」
私が我にかえると、サイが話を続けた。
「気配は悪くはなかったのですが、おそらく魔法を使って自分を隠しているようでうまく探れませんでした。相手が分からないので早めに退散したのですが、誰を、そして何を狙ったのか分からない以上、今後も気を付けた方がいいかと……」
その後、今日の経緯を話し、しばらくは全員が一人での行動を控えることを決めた。