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ルーさんと出会って一ヶ月。ルーさんは営業日には必ず毎朝パンを買いにくる。
騎士団員ではあるが、わりと細身に見えるルーさん。ピンクがかった銀髪に細めの赤い瞳、顔がシュッとしていていかにもなイケメンである。
そんなルーさんが騎士服を来て開店に並ぶことは、最初は物珍しいこともあり注目の的であったが、ルーさんの丁寧な言葉遣い、そして美しい顔の微笑みに他のお客さんも次第にルーさんに話しかけるようになった。そうなると別の意味で注目の的になっていた。
「ルーさんはもっと食べて体作らないとな」
「そうそう、その細さでやってけるのかい?」
男女に関わらず、お年を召したじじばば様から次々に言われて苦笑いを浮かべているルーさん。
「パンだけじゃなく野菜もお食べ」
今日はついにサラダまで手渡されている。
「はいはいおば様方、それくらいになさってくださいねえ」
クスクス笑うだけの私とは違い、途中で止めるのはいつもリンファだった。リンファの止めが入ると、じじばば様の方もさっと引く。それが最近の朝の光景だった。
「ルーさん、何になさいますか?」
「今日はこれとこれ、あとこっちのイチゴが乗ったのもお願いします」
「はい、かしこまりました」
ルーさんは一人分の日もあれば二人分買う日もあり、今日は一人分だった。そして会計の時にリンファにお礼を言ってお店を出た。
その後もお客さんは続き、いつも通り昼過ぎにはパンが売り切れた。
「明日は定休日ですから、お昼はお屋敷に戻りましょう。そのあとはいかがなさいますか?」
リンファは必ず確認をしてくれる。
「今日はお買い物に行きたいので、ロイ、ついてきてくれませんか?」
「もちろんお供します」
掃除をしていた手を止めて、ロイが答える。
「リンファはサイと来週のメニューを考えてもらえますか?」
「承知しました。ではお屋敷に戻る準備をしてきます」
◇
「セナ、リンファを置いてきた理由はなんですか?」
街を歩きながらロイが私にだけ聞こえるように言った。
「この間、誕生日の話をしてたときに、リンファだけ誕生日がわからないって言ってたから……リンファに感謝の気持ちを込めて何か贈りたいなと……」
「いいですね。では贈るときに私とサイとで何かデザートでも用意しますね」
「ロイ、ありがとうございます! リンファは自分のことは疎かにしがちなので服を贈りたいのですが一緒に探してください。私だけでは探せそうにないので」
「え! 服は……私もわかりませんよ……」
「えっ! じゃぁどうしましょう……。私っ」
話をしていると突然ロイが私を背中に隠し身構えた。
「あ、ルーさんでしたか……」
「驚かせてしまったようですみません。セナさんが見えたので……」
ルーさんだったらしく、ロイが警戒をとき、私の横に立った。
「ルーさんお仕事中ですか?」
「いえ、先ほど終わりました。この先で警護をしていた帰りです」
私がさりげなく話しかけると、ロイの態度をとがめることなくルーさんはそのまま会話した。
「セナさんたちはお買い物ですか?」
「はい。プレゼント用の洋服を見に来ました」
「もしかしてリンファさんにですか?」
「あれ? 分かります?」
「リンファさんが珍しくいらっしゃらないので」
「あー……」
いつも一緒にいるから、いないってだけで分かってしまうらしい。
「セナさん、良かったらおすすめの店がありますよっ」
私はロイの方を向くと、ロイも私を見て頷いた。それを見て私はルーさんの方を見た。
「そのお店、ぜひ教えて下さい!」
結局ルーさんは三ヶ所のお店を教えてくれただけでなく、服選びにも力を貸してくれた。服といえば、渡されたものを着るだけの現世の私と、外着はスーツしか着なかった前世の私ではこの国のファッションセンスは皆無であり、ルーさんのアドバイスがとても役立った。
「おかげで満足のいくものが買えました。ありがとうございました」
「それはよかったです。リンファさん、喜んでくださるといいですね」
お互いにニコニコしながら話していると、ルーさんが誰かを見つけて手をあげた。
「だんちょー!」
!!
団長?
驚いていると、背の高い男性が走ってきた。ルーさんも背が高いが男性はさらに高い。
「ルーゼントが呼びつけるなんてめずらしいな」
団長と呼ばれた男性はルーさんに驚きの表情を見せたあと、私とロイに気付いて頭を下げた。
「ふわふわベーカリーのセナとロイです。はじめまして」
「私は第四騎士団団長のア」
「団長! 彼女が先日報告した方です」
「……。先日はルーゼントを助けていただきありがとうございました」
ルーさんは団長さんの挨拶に被せて話したため、団長さんはルーさんを呆れ顔で眺めたあと名乗るのをやめて私たちにお礼を言った。
「いえ、たいしたことはしてませんので。それよりも今日ルーさんに手伝ってもらったことの方がありがたくて。ルーさんありがとうございました!」
「ルー……さん?」
団長さんが困惑の表情を浮かべていた。
「はい。ルーさん」
だが、ルーさんはきれいな笑顔で答えていた。その様子を見ながら私は声を掛けた。
「では、私たちはこれで失礼いたします」
「はい。ではまたあさって!」
「はい、お待ちしております」
私とロイはルーさんと団長さんに挨拶をしてから商店街の方へ向かって歩いた。しばらくすると、ロイから「もう大丈夫です。視線はなくなりました」と報告され、安心して屋敷のある方に向かった。