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ユークリッド国に来て一年。
この大国にはいろんな考えの人がいる。だが、大国であるが故のゆとりのようなものなのか、多くの移住者に対してわりと親切である。
最初は様子見から始まりはしたものの、野菜だの肉だのを持ってきてはこの国のことを話してくれたり、逆にこちらからはパンや紅茶を持っていったりと、いつの間にかもたれもたれつな関係ができていた。
一年もすれば多くの顔馴染みもでき、一歩外に出ると誰か知り合いに会うようなご近所付き合いの状態は少しくすぐったく感じる。
「あら、お出かけかい?」
「はい。森まで木の実を探しに」
「今からの季節は涼しくて気持ちいいよ。たくさん見つかるといいね」
「はい、ありがとうございます」
私とリンファは挨拶をすると、いつもの森の方まで歩いて行った。
私はリンファに魔法を教えてほしいと伝えてから、週に二回、森の中に結界を張って訓練をしている。
魔法が使えることはあまり知られないようにしようと、魔法を練習するときは木の実を探しついでにしていた。
はじめは魔力の制御をひたすら訓練し、常に制御ができるようになったためブレスレットも必要なくなった。次に魔力があれば誰もが使える生活魔法を練習し、パンを焼くための窯の火の微妙な調節も自分で繰り出せるようになったし、きれいな水も出せるようになった。一年もすれば難しい魔法も習得できるようになった。
ただ、私にはあまり適正がないのか攻撃魔法は上達しなかった。その代わり回復魔法は誰にも負けないぐらいできるようになっていた。
「セナ様は誰かを攻撃することが苦手なんでしょうね。ご自身ではいつも適正がないからと言われますが、魔法を繰り出す力は誰よりもお持ちですよ」
「……そうかもしれないわね。誰かを傷つけるかもと思うと怖くて……」
「それでも身を守れる程度は身につけてくださいね」
「はい……。がんばります」
「では今日はこれでおしまいにしましょうね」
リンファは優しい。けして私に無理強いはしない。だが、それに甘えてばかりもいられない。
リンファは結界をといて、ついでに森の恵みを少しいただいて帰った。この森の恵みは豊富で季節季節で違ったものが実るので、ここにくる楽しみの一つでもある。
屋敷に戻ると通いのメイドが昼食を作っている最中だったので、厨房の隅を借りて木の実の処理をした。ブルーベリーがたくさんあったのでジャムにしようか、そのまま食べるか悩んでいるとロイから話しかけられた。
「セナ様、お店の場所、良いところが見つかりましたよ」
「えっ。どこですか?」
「商店街の中です。元々飲食店と青果店を隣同士で経営されてたのが、青果店だけに専念したいそうで飲食店の方を売りに出されるそうです。パン屋さんをするにはいい場所ではないかと」
「そうなのね。では場所を確認しにいって、良ければ契約しましょう。ロイに任せてもいいかしら?」
「承知しました。契約しましたら、リフォーム等も必要になりますので、そちらの方も手配しておきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
お店の場所が決まりそうなことに安堵し、さっきまで悩んでいたブルーベリーはお祝いの意味も込めて、ブルーベリーのムースケーキを作ることにした。作ったムースケーキはおやつにみんなでおいしくいただいた。
その後とんとん拍子に契約やリフォームが終わり、三ヶ月後には小さいながらも立派な店ができていた。
◇
「では今からのパン屋さんオープンに向けて確認をします」
「はい!」
私たちはこの国で一緒に暮らしていくと決めたときから今までの身分というか、役職、仕事を取っ払った。私はセナ・テイラーではなく、セナ。リンファは侍女のリンファではなく、ただのリンファ。ロイとサイも護衛ではなくただのロイとサイ。
だが、一緒に住んでいると関係を聞かれるので親戚ということにした。
深く質問してくる人が今まではいなかったので、この程度でも特に問題はない。
「お店をやるにあたり、主にパンを作るのはロイとサイ。会計は私で、セナ様は店員でよろしいですね」
「あの……リンファ……セナ様って呼ばれるのは……」
「でもそれは……」
「セナって呼んでください!」
リンファは渋っていたが、ロイとサイにも説得され、仕方なく頷いた。口調については……無理をしない程度に平民の言葉にしていくことにした。
その後はお店に出すパンを決めたり、陳列を考えたりしながら、お店を開く練習を何度もやった。
その名も『ふわふわベーカリー』。一番の目玉がふわふわ食感のパンなので、そう名付けた。
いよいよお店がオープンすると、今までパンをお裾分けしてきたご近所さんがこぞって買いにきてくれ、初日はなんと二時間で売り切れてしまった。オープンから数日はそのような日が続くと、レアなパン屋さんとして口コミが広がり、さらに客が増えたため、急遽数日休んで体制を整えることにした。