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残念美人の誕生 5

こそこそせずにもどってみれば、意外と平気なものだった。もちろん、大柄なフェルナンを盾に使うようなことはしていない。多少、他人の目が気になったけれど、それよりもこうして無事にもどれた今、目指すはスイーツだ。


(チョコは外せないわ。あと、フルーツも)

実際のところ、“多少”どころではないほど注目を浴びているというのに、食べることに浮かれたジェシカは、一切気付いていない。その様子がおかしくて、またもや笑いをこらえているフェルナンにも。


「あれって……フェルナン騎士団長様よね?」

「隣の方は……誰かしら?」

「待って。ロジアン夫人までいらっしゃるわ」


周りでささやかれる声にも、全く気が付いていないジェシカ。もはやスイーツ一直線だ。


「さあ、どれをいただこうかしら?」


ロジアン夫人まで目を輝かせだすのを見て、フェルナンは苦笑した。


「笑ってる場合じゃありませんわよ、フェルナン様。ほら、ジェシカさんにとって差し上げて」

「ええ、もちろん」

「私、自分でできますわ」


まるでオリヴァーがしてくるように、子ども扱いしないで欲しいわと、若干むくれたジェシカに、フェルナンはわざとらしい真面目な顔を向ける。


「私に任せて」


“あなたに皿を持たせたら、少しどころではなくなってしまう”と、フェルナンはあの山のように盛られた皿を思い出して、思わず笑い出しそうになるのをこらえた。



「同志……そうね。あなたは同志だもの。信頼できるわ。あっ、そのチョコレートと、横のチョコケーキは絶対よ」


次々に指示を出しそうなジェシカに、ロジアンが笑う。そして、彼女も負けじと五個ほどのスイーツを皿にとってみせた。


「ジェシカさん。スイーツは逃げないわ。どうせなら、ゆっくり食べましょうよ」

「いいえ。逃げることもあるんですよ!!」

「ぶほっ、こほん」


今度こそ耐えられなかったのか、フェルナンが明らかに吹き出していた。が、すかさず横を向いて咳でごまかした。


「ロジアン様、逃げられる前に食べてしまいましょう」


(やっとだわ。やっと食べられる)

本来なら、今夜は一切食べてはいけないと言い聞かせられていたジェシカ。それが、ドリンクを許され、さらにロジアンに誘われ、ダンスさえ踊れば食べてよかったんじゃないかしら?と、頭の中で変換されていた。全くのご都合主義だ。


「奇麗……」


チョコレートを手に取り、四方八方から眺めてその美しさを称賛する。

(そうよ。料理やスイーツって、見た目も楽しむものだわ。ということは、オリヴァーの言う“飾り”っていうのも、あながち間違いじゃないのね)


一人納得して、チョコレートを顔に近付ける。いざ、口へ……



「姉さん!!」


それは幼いころ、“姉さん、姉さん”とジェシカを追っていた、あの可愛らしい声とは似ても似つかない、地を這うような轟だった。ギギギと軋む音が聞こえそうなぎこちなさで、声のした方を振り向けば、そこには氷の魔王がいた。

(こ、怖い……)


「姉さん、ずいぶん捜しましたよ」


にこりともしない元可愛かったオリヴァー、現氷の魔王を、まばたきも忘れて凝視する。チョコレートを持つ手は宙に浮いたままだ。


「ご、ご、ごご、ごめんなさ!!」


思わず条件反射のように謝るも、魔王の周りには吹雪すら見えてきそうなほど、凍え切ったままだ。


「今夜は我慢だって、あの場を動くなって、何度も言いましたよね?ジェシカ姉さん」

「そ、そうだったかし……うぐ……そ、そうでしたわね」


思わずとぼけようとしたけれど、凍てつく魔王の視線にすぐさま呑み込んだ。


「どうしてあなたは……」


「ちょっといいか?」


割り込んだフェルナンの声に、さっと吹雪が止む。


(神!?)

麻痺したジェシカの頭が、誤作動を起こしたようだ。

(彼は同志であり、神でもあったみたいだわ)


器用にひゅっと片眉を上げたオリヴァーは、今やっとフェルナンの存在に気が付いたのか、珍しく驚いた顔をした。ほんのわずかに目が開いた程度だったけれど。


「あなたは……フェルナン・タウンゼンド騎士団長様。なぜここに?」


さらにその隣にいる婦人に気付いたオリヴァーは、再び目を見開いた。まさか、この二人が姉と一緒にいるとは思っていなかったのだ。ただ単に、たまたま近くにいただけだと。


「あなたは……ロジアン公爵夫人」

「ええ。こんなお若い方に知っていてもらえたなんて、光栄ね」


オリヴァーは、なぜこの二人と一緒にいるのかと、わずかに氷の魔王の鋭さがよぎる視線をジェシカにむけた。が、しかし、頭の麻痺したジェシカに、少し前に打ち合わせた言い訳など語れそうにもなかった。


「ジェシカ嬢は先ほど、こちらのロジアン夫人を助けて差し上げたんだ」

「姉が?」


“本当に?何かしでかしたんじゃないでしょうね?”と、遠慮なく疑う目で見られたジェシカは、ぶんぶんと首を横に振った。


「ええ、そうなのよ。ちょっと気分がすぐれなくて、外の空気を吸いに付き添ってくださったのよ。その後で、私たちに気が付いたフェルナン様も来てくださってね」

「そうでしたか」


“間違いないでしょうね?”と見てくるオリヴァーに、ジェシカは首をぶんぶんと縦に振った。


「それでね、私も落ち着いてきたから、スイーツでもいただきながらお話でもしましょうかってお誘いしたのよ。ジェシカさんはあなたを待っていたのに、勝手に連れまわしてしまってごめんなさいね」

「いえ。そういう事情でしたら仕方がありませんので。お体はもう大丈夫ですか?」


(オリヴァーから氷の魔王の気配が消えたわ)

ジェシカはやっと、肩の力を抜くことができた。


「ええ、大丈夫よ。ありがとう」


「姉さん」

「な、なにかしら、オリヴァー」

「他には、何もなかったんですよね?」


(ありません、ありませんとも。決して一人で外に出たとか、木に登ったとか、滑って落ちたとか……ありません!!)

思わず全て語ってしまいそうな口を、手で押さえた。


「な、何も……特には……」

「そうですか。フェルナン様、ロジアン夫人、姉に付き合ってくださって、ありがとうございました」

「いいえ。私の方が付き合ってもらったのよ。ありがとう」


「そうですか……姉さん、今夜はそろそろ帰りますよ」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って、オリヴァー。私、まだ何一つ……うぐ……」


再び降臨した、氷の魔王オリヴァーにギロリとにらまれたジェシカは、慌てて口をつぐんだ。そろそろ宙に浮いたチョコレートを持つ腕が疲労を訴えてくる。皿にもどすべきか、口に入れてしまうべきか……思わず、チョコレートとオリヴァーの間に視線を走らせた。


「ぶほっ」


再び吹き出したフェルナンを、オリヴァーがちらりと見れば、彼は気まずそうに視線をそらした。オリヴァーは悟った。フェルナンは前回の姉のやらかしを知っているのだと。


「オリヴァーさん。もう少しだけ、付き合っていただけないかしら?私達、まだここへ来たばかりなのよ」


さすがにオリヴァーも、目上のロジアンにこう言われてしまえば拒否することはできない。


「そうですか。そういうことでしたら……姉さん、いいですよ」


弟の許可が出た途端に瞳を輝かせたジェシカは、素早くチョコレートを口に入れて、満面の笑みを浮かべた。

(なんて素晴らしいのでしょう)

齢18にして、チョコレート初体験を迎えたジェシカ。思い起こしてみれば、数か月前のあの夜会では、初めて目の前にしたチョコレートケーキに魅せられて、その見た目をじっくりと堪能していた。さあ、初・体・験。食べるわよ!!と踏み込もうとしたその時、料理が乗ったテーブルが無情にも倒されてしまったのだ。そしてチョコレートへの執念よりも、たくさんの料理がだめになってしまったことのショックの方が上回って、できるだけ救わなきゃ(料理を)と必死になった。あれだけ感動したはずのチョコレートケーキのことは、頭からすっかり抜け落ちていた。それを思い出した頃には、父に引きずられるようにして会場を出なくてはならない状況で……泣く泣く諦めた経緯がある。それをどれほど後悔したことか!!最初に食べておけばよかったと、何度思ったことか!!目の前のチョコレートに触れることすらできないなんて、どんな拷問よ。家に帰れば、こんな豪華なものは食べられないんだから。今夜こそ、思う存分食べるんだからと、一つ目の衝撃を堪能した。


「すごく美味しいです!!私、こんなに美味しいものは初めて食べました」


オリヴァーが険しい顔で見てくるけれど、大丈夫。気にしない。だって、私にはロジアン夫人という味方と、フェルナン騎士団長という同志が付いているのだから。さすがにこの状況で、再び氷の魔王は降臨しないだろう。


「ほら、オリヴァーも食べてみて」

「僕はいいですから。甘いものは苦手なので」


(一丁前に格好つけちゃって)

小さい頃は甘いもの大好きで、甘えるオリヴァー可愛さに、私の分もあげてたぐらいなのに。未成年のくせに、すっかり大人ぶっちゃって。まあ、その粋がってる姿も、見ようによっては可愛いものだけど。


「じゃあ、同志の団長さんも。どうぞ」

「同志?」


くいっと片眉を上げたオリヴァー。なんで睨まれなきゃならないのか?理由はいまいちわからないものの、途端に逃げ腰になるジェシカ。


「姉さん」

「は、はい……」

「このお方が、誰だかわかってるんですか?」


“知らないわけがないですよね?”と詰め寄るオリヴァーに、若干腰が引けてしまう。


「だ、だだ、団長様でしょ?」

「ええそうです。フェルナン・タウンゼンド騎士団長様。先の戦で数々の功績を上げられ、“戦の鬼”と他国まで知られるお方なんですよ。そんな方を同志とか……なに失礼でわけのわからないことを……失礼がすぎます!!」


(こ、怖っ……この子、14歳なのよね?どうしてこんな迫力があるのよ……って、ん?戦の鬼?)


「戦の、鬼?」


そんなの聞いたこともないと首をかしげるジェシカに、オリヴァーが盛大にため息をついた。


「オリヴァー君」


見かねたフェルナンが、二人の間に入った。


「そう姉上を責めてやるな。この国もここ数年は平和が保たれている。私のことを知らなくても、なんら不思議なことではない」

「ですが……本当に、失礼な姉ですみません」

「いや。楽しいお嬢さんじゃないか」

「物は言いよう、ですね」


オリヴァーの返しにフェルナンが笑ったのを見て、とりあえず大丈夫そうだと、ジェシカは次のスイーツを手にしていた。時折、その味や見た目の感想をロジアンとかわしながら、至福の時を堪能している。


「ところで、オリヴァー君。君はジェシカ嬢の弟なんだよな?」

「はい、そうです。なぜ僕が姉の付き添いをしてるかってことですか?」


フェルナンの聞きたいことを悟ったオリヴァーは、姉の実態を知られているのなら隠すまでもないと、事の次第を話して聞かせた。


「お恥ずかしながら、ミッドロージアン家は……」


家が貧しく、姉のデビュタントの用意ができず、ジェシカにとって先の夜会が初参加だったこと。それなのにやらかしてしまったのは、付き添いの父が目を離してしまったことも原因だったこと。気の弱い父に代わって今夜は自分が付き添いを買って出たというのに、父と同じことをしてしまい、後悔していること。それらを、賢いオリヴァーが端的に語る。


「姉は、亡くなった母に代わって、僕や双子の妹達の面倒を見てくれました。おまけに家事や領内の雑事も。自分のことなんて二の次にして。父がお人よし過ぎて……他人に騙されるようなことはなかったのですが、領民が困っていれば私財も投げ出し、支払いが滞ることがあっても厳しく取り立てることもなく待ち続けるんです。だから、うちは金銭的にいつもギリギリで使用人もほとんど雇えず、姉は伯爵令嬢でありながら、料理に洗濯に掃除に、家のことを毎日毎日してくれるんです。

僕はもうすぐ、学校を卒業します。妹達も自分のことは自分でできます。だから、そろそろ姉を解放してあげたくて。夜会で姉を見初めてくれる良い人に出会えるようにと、こうして出席してるんですけど……」


オリヴァーとフェルナンが同時にちらりと向けた視線の先には、なんとも幸せそうにスイーツを頬張るジェシカがいた。


「はあ……見てくれだけは悪くないはずですが、先日のこともあって、残念美人、花より団子なんて言われて……」


思わずくくくと笑いを漏らしたフェルナンに、笑われても仕方がないと、オリヴァーは首を振った。


「いいじゃないか。自由にさせてあげれば」

「ですが……フェルナン様も見たんですよね?あの夜の姉を」


あんなに食い意地の張った令嬢では、見初める以前の話だ。言動だって、実はガサツだし、あろうことか戦の鬼と呼ばれる騎士団長に向かって“同志”とか意味の分からないことを言い出す始末。やはり姉には何重にも猫を被ってもらわないと、嫁の貰い手など皆無だと、オリヴァーが肩を落とした。


「ああ。先日は、なかなかだったな」


思わずジロリと胡乱気な視線を向けたオリヴァーに、フェルナンは目の前の大人びた少年にもこんな子どもっぽいしぐさも残っているのだと、どこかで安堵していた。


「それに、君も。そう力んでも、いいことはないぞ」


再びフェルナンがジェシカを見つめると、すでに皿を空にしていた彼女は、生き生きとおかわりに向かっていた。


「本来の彼女らしさを隠して見初められても、その後、彼女は苦しむことになるんじゃないか?」

「それは……」


18年の人生の中で染みついたものは、そうそう簡単に矯正できるものではない。ほんの一晩ですら隠し切れないのだ。それはオリヴァーにもわかってはいた。けれど、とにかく見初められないことには話が進まないと、少々躍起になっていたことは自覚がある。


「ジェシカ嬢の幸せは、彼女自身が決めるんじゃないのか?」


フェルナンの言うことはもっともなことだ。頭ではわかっている。

けれど、それでも……と思ってしまう姉思いのオリヴァーは、ロジアンと楽しげにスイーツに手を伸ばす姉を、恨めし気に見つめた。



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