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エピローグのその先で  作者: stenn
出会い
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失踪

 ――何かいいことあったのか。なんて聞かれてイブは顔を上げていた。手で持っていたのは帰り道に友人がくれた似顔絵。とは言え謎の生物が描かれているだけなのだけれどそれがイブにはとても嬉しく心が踊るようであった。なぜこんなにも嬉しいのか自分ても分からない。なぜだろう。考えても答えは出なかった。


「それは――何というか不思議な……犬?」


 餌を覗き込んで訝し気に母親は尋ねる。自身によく似た面差しの母親は世間でも美人と評判だったが、イブにとってはただ口うるさいだけの母親だ。まぁ、嫌いなわけではない。――というか好きに決まっているのだけれどそんなことは声に出しても言えない。なんとなく悔しい。


「俺だって。描いてくれたんだ」


 誰にとは聞かずに嬉しそうなイブを眺めて母は似顔絵を手に取った。


「髪の辺りかねぇ? ねぇ、あんた。これイブだって」


 近くに座って新聞を読んでいた細面の父は母からその似顔絵を貰うと『ふぅむ』と眺めた。亜麻色の髪、深紅の目は父から譲り受けてものである。魔術師と呼ばれる職業に付いている父は多忙だ。最近は特に。不在のことも多いが寂しくはない。イブに取っては父が誇りのようなものだった。魔術師はこの国を護る魔術障壁を展開している。それは人を護るため。世界を護るための職業だったからだ。


 ただ、久しぶりに見る父の顔はどこが疲れがたまっているように見えた。


「素敵だな。件の彼女が?」


「うん」


 父は嬉しそうに言うイブを眩しそうに、どこか悲しそうに見つめた。


「そうか。成長とはいいものだな。マミヤ」


 母は名を呼ばれるとすっと似顔絵奪いイブに返す。


「過保護な……傷付くのも成長じゃないか。今更守りたいなんてなしだよ。アンタは。心を守り切ることなんて不可能なんだ。後は私らのフォロー次第さね。両親なんだからさ」


 父の言葉にどれほどの言葉が隠れていたのかイブには到底理解できなかったがさすが夫婦と言うべきなのだろうか。分かったような表情で母親が苦笑を浮かべると『済まない』と力なく父親が呟く。どうやら心配はしていることはなんしなく分かったのだけれど『何』を心配しているのかまでは分からなかった。


 立場だろうか。こちらは平民――魔術師と言う立場なので少しだけ違うが――と貴族だ。


「リックのことなら大丈夫と思うよ。俺、失礼なこと公爵家でしてねぇと思うし」


 公爵家ではと大きめに伝えてみる。リックはまぁリックだ。何も考えていなさそうな笑顔を浮かべて思わず笑う。おかしなことに幸せになれるのはなぜだろう。


 父は溜息一つ。


「……あまり言いたくはないが」


「あんた」


 止める母を父は一瞥した。そうして真っ直ぐにイブを見つめる。何か大切な事だろうかとゴクリ唾を思わず飲み込んでいた。


「リック嬢はいずれ、きっと『還る』そうしたらおまえは忘れ去られる。本来彼女は私たちとは別世界の人間だ。それは覚悟しておきなさい――それでもいいと言うのなら。一度紹介してくれるか? おまえの可愛い友達を。確か魔術を教わりたいと言っていたね?」


 前半。イブには何を言っているのか理解できなかった。それは理解が追いつかなかったというのもあるが、理解したくなかったと言うのか主だったのかも知れない。いずれにしろイブは前半をすっ飛ばして後半の言葉に笑顔を浮かべていた。それに困ったような顔を浮かべる父を無視して。その横で母が『ほら見なさい』なんて父を横目に見ていた。


「絶対? うん。あいつ喜ぶとおもう」


「そ、そうか。それなら――って。待ちなさい。どこに行くんだ?」


 まさか今から。という言葉に『うん』と返して走りだそうとしたのを母に身体ごと捕まれる。イブは不満そうに母を見上げた。


「報告に行くんだよ」


 何か問題でも。そんな顔に母はぎゅうとイブの柔らかい頬を摘まむ。痛くは無いが止めてほしいと抗議をしようとしたがさらに顔が険しくなったので口を噤んだ。


「明日でいいでしょうが。――日も暮れて危ないったらありゃしない。いつも言い聞かせているだろ? 日が暮れたら家から出ないようにって。なのにお前はいつも、いつも」


 この国の首都で、王宮が鎮座するこの城下町は比較的に安全が保証されている。であるので子供が一人でどこに行ったってまず害される事はない。小さな悲鳴一つ聞き逃すことの無いように魔術師が魔術で見張っているのに加え治安部隊が優秀であるためだ。おまけに街全体の結束が強く、些細なことでも――たとえ夫婦喧嘩でも――誰かが割り込んでくるという風潮もあった。それでもやはり起こるべくして犯罪は起こってしまうが――それでも平和な方である。


 しかし。夜は魔術師の力は格段に落ちる。個人の問題ではなく全体的にだ。人は眠り、闇がうごめく。何があるのか。一寸先は闇のような世界に代わってしまうのだ。治安部隊も働いてはいるが――未然に防ぐことは無いに等しい。いつだって後手に回る。因みに言えば母はその治安部隊の一員。本日は非番――休みである。


 まぁ。イブに取っては寝耳に水だが。ちょいちょい家を抜け出しているイブはそれほど怖い目にあったことはなかったのだから。


「え。言ってすぐ帰るだけだし」


「バカ言わない」


「そうだよ。お母さんの言う事を聞きなさい。――ましてや貴族街に行くなんて。貴族と関わりになるものは狙われやすいんだ。お前はリック嬢に心配をかけたいのか?」


「そんなこと無い、けど。でも、あいつこのこと知ったら喜ぶし」


 するすると手際よく母の身体を抜ける。もう慣れたものだ。母には逃がすまいと腕を握られてしまったが。そうされては子供の力ではどうしようもなかった。何とかして、体いっぱいで振りほどこうとするがびくともしないことに不貞腐れる。そのことに母は満足げに微笑んだ。


「はは。私とアンタじゃ鍛え方が違うのさ。もっと鍛えな。お姫様を守れもしないだろう。ちびっこだと」


「――っ」


 ふとリックの周りにいる年上の男たちが羨ましく感じた。いや――妬ましくと行ったほうがいいのかも知れないがその判別がイブには分からない。よくわからないまま勢いで母親の手を振り払う――そんなことできるなんて思ってもみなかったが――と慌てて踵を返していた。


 小さな身体。細い手足。リックにも届かない身長。そのどれもが悔しい。子供であることが嫌だ。そうしたら――。


 そうしたら。


 その先の言葉が思い浮かばない。ただイブは両親の制止にも振り返ることなく闇夜に駆け出していた。自分がどこに行くのか――リックの元に行きたいのかもはやそんなことすら分からないまま。混乱した頭で駆け出していた。意味はない。そんな事を頭の中で乾いた自分がせせら笑っているがイブ自身にもどうしようもできなかった。



 はらはらと似顔絵が床に落ちる。それを拾い上げる者はもう誰もいなかった。




 私は走っていた。誰もが振り返る。慌てて校舎を走っているためだろう。先生が振り向きざまに怒っている。掲示板で『廊下は走るべからず』などと目に入る。けれど、逃げるから悪いのだ。逃げなければ私だった走ったりしない。途中で何度も、何度も躓いては持ち直し私はそれでも走っていた。こけなかったことを褒めてほしい。


 けれど――ちょっと限界かもしれない。というか待って。お願いだから。


 今日はイブもいないというのに。何をしているかと問われればこないだ見た『幽霊』を私は追いかけていた。一説に寄れば助けを求めてということだったのになぜ逃げるんだろう。これは殿下の言うことは外れていたと言うことにならないだろうか。――いや、どうでもいいから止まって。


 とまって。と願ってみればあっさりと止まってこちらを向いている。


 黒い髪と黒い目。これは殿下と同じだけれどどこか『深さ』が違う。より漆黒に見えるそれを持った少女は私を心配そうに見つめていた。


 心配するなら逃げないで欲しい。切に。と心ので独り言ちて私は逃げないようにと願いながら少女のスカートを摘まもうとしたが――ああ。と納得するしかなかった。そう言えば実態なんて無かったのだったと。


「はぁ。はぁっ。なんで逃げるかなぁ。いい運動になったけど」


 なんて強がってから私は少女を伴って外に出ていた。素直に付いてくる辺りはどうやら逃げる気は無いらしい。耳の片隅で予鈴を聞きながらそれを無視する。


 見つかりそうもない校舎裏。冷たい風が心地よかった。


「……良かった。止まってくれて」


『――』


 少し困った顔をして私を見る。口を開きかけて閉じたのは話せないのだろうか。もしかして異国の人なのかも知れない。


 言葉知らないから構わず話そう。気合で通じればいい。多分。鼻息を少し荒くしてみると若干後ずさられた。


「こないだ運動場にいたでしょう? えと、気になって――」


『私に御用かしら?』


 音は風に乗らない。耳に直接響くようだ。奇麗で柔らかい少女の声。というかそんなことより言葉が通じて安堵する。そんな私を少女は不審げに見ていた。


「特に用は……そっちが私にあるのかと……無いの?」


『え。無いけど』


 無いのか。それはそれで寂しい気がする。何か私でも力に成れることがあるかもとそう思ったのに出鼻をくじかれた勢いだった。


 兎も角として魔術の線は違ったらしい。ということはやっぱり幽霊という線が濃いだろうか。したから上まで舐める様に見てみるけれどどこにでもいる少女にしか見えないし、足元には当然のように『影』がある。幽霊は影が無いらしいとイブが言っていたのでそこは確認した。


 でも触れられないし、分からない。


「幽霊?」


 聞けば舐める様に見ていたためか若干視線が不審者を見る目に代わっているのは気のせいだろうか。土地瀬化と言えば少女の方が不審者の気がする。いや、誰にも見えないけれど。


 ……え。じゃあ外から見ると私は一人で話したりする不審者。


 そのことに付いて考えるのは放棄した。公爵家の評判。なにそれ。力こそ正義だと思う。ということでそれは弟に託そうと決めた。


『そんな崇高なものではないわ。ただの魔力の残滓。それだけの事なのだけれど、貴方には私がはつきり、くっきり視えるのね』


 幽霊って崇高なのだろうか。というか魔力の残滓って何だろう。まぁ幽霊と似たようなものかと結論付ける。大して代わりは無いだろう。人の形を持って動いてしゃべってる。


「うん。皆と何も変わらないよ? 顔があって、目がある。手と足も。私には人に見える。あ――私はリック。貴方は?」


 そう言えば名乗ることを忘れていた。


『……残滓に名は――』


 無いと言いかけて声が被せられる。


「あら。ミオでしょ?」


 精霊と言うものは見たことない。神に仕え大地を守るものだといわれているけれど素管なものは神様と一緒で視えないものだ。けれど。けれどいるとしたら今この場に立っている人のような姿をしているのだろうかとなんとなく思った。


 透けるような白い肌。サファイアを溶かしたような双眸。白い髪は艶やかで空に浮かぶ雲のような色にも見える。長い手足。整った顔立ちは整いすぎていて、一瞬ここが現実なのか御伽噺なのか行方不明になりそうだった。残念なのは衣服だったが――皺まみれのシャツとダボっとした麻のパンツに極めつけはサンダル――誰も気にはしないだろう。声的に男性なのだろう。その人は厚底眼鏡を指で持て余しながら立っていた。


『……ジャベル師。私が視えるのですか?』


 ジャベル。どこかで聞いたな。聞いた気がする。私は首を捻ってから『あ』と間抜けな声を上げる。


「性格悪い先生だ」


 ――あ。と思わず口を噤むと『完璧』な微笑みが落とされる。いや、なんで私の周り笑うことが怒りのバロメーターになるのか誰が教えてほしい。確実に私が悪いけどその通りなので仕方ないじゃないか。と開き直ってみる。


 先生が私の肩に手を置いたので思わず『ひっ』と肩を震わす。


 いや、ほんと。ごめんなさい。


「――正確には私にも視えないわね。声だけなら――私はこの子に用事があってここに来ただけだし」


 ずれた位置を見ているのは『視えていない』と言う事だろう。ミオと呼ばれた少女は少しだけ悲しそうに眉を寄せた。知り合いなのだろう。先生の表情はにこりと笑ったまま崩さないがなんとなく硬い。


 視えなくて寂しい?


「用?」


「あのね。授業中なんだけど」


「……はい」


 知ってます。と思わず視線をずらす。いや。見つかるとは。このまま説教か――弟に告げ口か。そして弟に呆れられるの嫌だな。イブ休みだし。


 癒し――と考えてミオを見ると何か感じたのか軽く首を振る。『いやだ』そう言う様に。酷い。まだ何も言っていないんだけど。


 そんな私を見て先生は小さく吹いた。


 ……。


 揶揄われたらしい。じっとりと睨むと咳払い一つ。


「嘘よ。本気で大切な話よ。ちょっと王宮まで来てもらうわ。ミオも来るでしょう? どうせ誰も視えないわ。私がこのざまなのだから」


 おうきゅう。おうきゅうって何だっけ。と頭の中で反芻する。応急処置――とか。怪我してないよね。と思わず腕を触るが何もなっていないようだった。


 ……王宮?


『……』


「暇でしょう?」


 広い手が背中を押し、私の踵を意志とは関係なく変えさせる。それは驚くほど簡単に。その光景を冷めた目でミオきは見つめていた。


「え。王宮って。王宮? 殿下に何かあったんですか?」


「殿下には何もないわよ。別に。あの人はお強いのだし。王宮に詰める魔術師をバカにしてはいけないわよ」


 なら、なぜ呼ばれるのか。よくわからない。婚約者以外――魔術師としては役に立たないと分かり切っているので殿下がそれに関して私を呼ぶことは無いのだと思うけれど。突然何かのお茶会、な訳ない。


「友達は大切よね?」


 言いながら先生は空間に手を翳すと、何か幾何学的な模様が空間に浮かんだ。光で書いてある模様は美しい。やっぱり魔術ってかっこいいな。奇麗な先生ではなくて魔術を綺麗と思う辺り私はおかしいのかも知れないとふと我にかえって苦笑する。


 ただ。


「――イブが消えたわよ」


 その言葉に頭から冷水をかけられたような気がした。


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