20話 信長決断
1990年4月15日(日)
春らしからぬ曇天のその日の昼過ぎ、藤原邸の電話が鳴り響いた。
道岳宛の電話、電話の先はその日も朝から病院に向かっていた信秀だ。
「…そうか。わかった。フォローできることはするから何かあったらすぐ言うんだぞ。…うむ。ではな。」
その道岳の話ぶりから時子も信長も何が起きたのかを察した。
春花はどこか上の空で何も聞こえていないようだ。
-母上殿…。
そんな春花を見て信長は心配と同情が入り乱れた。
これから起き得ることを考えると春花の心が保たないであろうと。
ここまで母親の愛に抱かれて3年…実際は1年程度だが、過ごしてきたからこそこの母の心が壊れてしまわないようになんとかしてやりたいと思った。
そう思った信長は徐に春花の元へと歩き出した。
ソファーに座ってどこかを見ている春花の膝によじ登り、そして春花を抱きしめた。
絵面は母に甘える子供が抱き着いた、そんなものだ。
けれども信長は確かに春花を抱きしめた。
そしてそれは春花にもしっかりと伝わった。
春花は信長の頭を優しく撫で、抱っこしたまますっと立ち上がった。
道岳はその春花の様子を見て大丈夫だと感じ、口を開いた。
「先程紙原先生がお亡くなりになったそうじゃ。これから諸々と信秀の周辺が慌ただしくなるはずじゃ。だからわしらも家族として支えてやろうぞ。」
時子はただ黙って頷いた。
春花は道岳の目を真っ直ぐに見つめ応える。
「きっとあの人の事だからこっちの事ばっかり考えて自分が無理してるのに気づかない、なんてことになっちゃいそうですしね!この子もいる…だから私も信秀さんも大丈夫です!」
そこには母親として、妻として家族を支えるという意思をはっきりと感じさせる春花がいた。
それを受けて道岳も
「はっはっはっ!その意気じゃ春花さん。じゃが無理はせんでよい。わしらは家族。甘える時は甘えてよいからのう。」
と、優しく気負いすぎるなとそう伝えるしかなかった。
そんな2人を見て時子が場を解した。
「じゃあまぁ今すぐに何かあるわけでもないんだからお茶でも飲んで少しゆっくりしましょうか。」
そう言いながら2人に程よく温かいお茶を差し出した。
こうしてこの場は一先ず落ち着いたのであった。
場というよりは春花が平静を取り戻したことで信長もまた自己の思考の時間に入った。
-此度の件、間違いなく創世党に関係する何者かが関わっておる。
紙原がいなくなることで何が起きる?
まずは政治が停滞する。
そして親父殿の政党の勢いも止まる。
その間に創世党が攻勢を仕掛けたい。
これはわかる。
が、直接的すぎて明るみに出ようものなら瞬時に全ては瓦解しよう。
少なくとも噂にはなろう。
つまり印象は少なからず悪化する。
これで支持を得られるとは思えぬ。
此度の件の本意はなんじゃ…?
創世党の躍進が本意では…ない?
まずそうだと仮定するならば…創世党に傀儡の公方は使い捨て。
顕如は自らの利を取る。
つまり紙原の存在は顕如の利を害する。
紙原と親父殿が進めていたのは…経済と地価、あとはその辺りの保障…であったはず。
ここのいずれかに対立軸がある。
そして公方を使い捨てるなら食い潰すまでやるであろう。
そのためにまだ誰かがおる。
おそらくは創世党の幹部級の誰かがそれじゃ。
ただの直感でしかないがおそらくそやつはわしと同じ時代を生きた者のはず。
知るべき事柄はこの辺りか…。
傍目にはテレビを眺めているようにしか見えない信長であったが、脳内はこの通りフル回転していた。
そして思い至った情報を得るにしても、伝えて誰かを動かすにしろ無理がありすぎる事を悟った。
その結果、ある一つの手段を思い付いた。
そして即座にコアトリクエへと問いかけた。
-猫神!一つ確認がある!
-はいはいはいー!なんでしょう?
-今生の世においてわしがしてはならぬ禁忌はあるか?
-ん?と言いますと?
-わしはある意味でおぬしやトナティウに生死与奪を握られておるようなものであろう。
わしがおぬしらの意図する所に値せんならわしを消せるのだろう?
なればおぬしらのルールに置いてわしを消す基準となる何かがあるのではないか?
-んー?特にないです。
信長さんのやりたいようにやって問題ないですよ!
というよりそんなに死を恐れるような方でしたっけ?
-恐れる恐れない以前の話じゃな。
まだ何も成すどころか始めてもないままに消されてしまってはなんの意味もなかろう?
そうなってしまう可能性があるならば先に潰すべきであろう。
何よりおぬしの言質を取ればよいだけのことじゃしのう。
-なるほどー。じゃあ言質が取れたってことで何か面白そうなことやってくれちゃうわけですね!
-投機ではあるがな。まぁ楽しみにしておれ。
-それは楽しめそうですね!期待しておきますよ。
信長にはコアトリクエがにやつきながら話している様が見て取れた。
おそらく信長が考えてることを読み取ったからであろう。
信長は現状を進めるため奇行とも呼べる行動に出ることを決意した。
それが受け入れれるかどうかはまったくわからない。
だが、それ以外に選択肢もなかった。
そしてこれが受け入れられなかった時、どうなるかなどは考えてもいなかった。
ある意味で前世における桶狭間のようなそんな心境であった。
信長が決意を固めた頃、テレビでは紙原死去の速報が流れていた。
どのチャンネルも病院前からの中継ばかりだ。
そこには信秀が各社の記者に対して『今は紙原親族のためにも静かにしておいてくれ』と場を宥めようとしていた。
それを見て道岳がぼそっと呟いた。
「これだと今日は帰って来れんかもしれんのう。」
幹事長という立場上、政党としての声を発信しなければならない信秀がおそらく遅くまで拘束されるのは仕方のないことではあった。
事実信秀は記者たちに向かって、
『諸々のお話は真国本部にてお願いします。病院では他の患者様にも迷惑が掛かりますから。』
と記者たちに移動を促している状態だった。
それに話をすると事実上言っているも同じだったので道岳が今日は帰って来れないと思うのも当然であった。
3時間ほど経って各社の速報も落ち着き、中継される場所も真国本部の記者会見場となっていた。
そこで信秀は当たり障りのない内容を話し、後継やらの諸問題はこれから話していくと語った。
当然ながら創世党が関わっているだの、これは事故ではないだの事を荒げるような内容は公表していない。
報道番組での気の早いコメンテーターの中には陰謀論を語る者もあったが、ただ単純にその死を悼むという者がほとんどであった。
そうして一同はテレビで情報を得ながら一応は普段通りに過ごしていると、どうも家の周りに車やら人やらが集結し始めているようだった。
信秀を張っているのだろう。
正直迷惑以外の何物でもなかったが、事態が事態なだけにこうなるのも予想はできたし仕様もなかった。
そうこうしていると見慣れた車が曲がって来るのが家の中からも見えた。
信秀の車だった。
道岳は意外だったようで
「こんな中帰ってくるか。想像以上に準備でもしておったのかのう。」
と信秀がこの事態に備えて既にやるべきをやっていたのであろうと推察した。
車庫に入るにも記者が溜まっていて手こずったようだが、やがて正面ではなく勝手口から信秀が入ってきた。
「まったく記者連中って遠慮がないよなぁ。」
とぼやきながらの帰宅だった。
そのぼやきを受けて道岳が
「まぁあれもあれで仕事じゃ。それにしてもようこんな日に家に帰れたのう。諸々山積みかと思っとったぞ。」
「色々と最悪を想定して準備はしてたからね。それに藤井と吉井さんにある程度は持ってもらったから。」
「ほー。ということは次には吉井を据えるのか?」
「通商産業大臣だしね。信頼できる人でもあるしさ。」
「まぁ順当といえばそうか。ひとまず今日はもうゆっくりせい。疲れておるじゃろう。」
「そうするよ。風呂にゆっくり浸かってさらっと寝たいね。」
そう言うと信秀は着替えのために自室へと向かった。
信秀が自室へと向かったあと、時子はすっと風呂の準備に向かった。
春香は信長の手を握っていたが、その手を放して信秀の後についていった。
リビングへ残された道岳と信長は顔を見合わせてから一緒にソファーに座った。
-さて、わしはどう動くかのう。親父殿の方がやはり良いか?
信長は自身の決意と思いつきを行動に移すのにどうするのが最も良いかを考えていた。
道岳はそんな思案顔をしている信長を見て少し不思議に思った。
「どうしたんじゃ?信長よ。」
と問いかけた。
それに対し信長は
「ん?おとうさんつかれてるの?」
一瞬地が出かけたがなんとか幼児らしく返答した。
「そうかそうか!信秀を心配しておったからそんな難しい顔しておったのか。大丈夫じゃ!風呂に浸かってゆっくり寝れば明日の朝にはちゃんと元気になっておろうて。」
この流れに信長は一つ閃いた。
「んーじゃあいっしょにおふろはいってげんきにしてくる!」
「はっはっはっ!それはいい考えじゃの。じゃあ準備できるまでじーじと遊んでような。」
「はーい!」
信長はこうして信秀と2人きりになる機会を作った。
面倒な問答を発生させないよう、道岳の同意まで得ることができた状態で、だ。
咄嗟の誘導と道岳の性格が良いように動いた結果だった。
そんな会話をしていると信秀と春花が戻ってきていた。
おそらくちょっとした会話があったのであろう。
2人とも少しだけ表情に余裕が見て取れた。
そして道岳が信秀に
「信長がお前と一緒に風呂入りたいらしいぞ。元気付けてくれるそうじゃ!」
「おー!優しい子に育ってるなー!じゃあ一緒に行くか!」
「いくー!」
「本当にねぇ…!でもひでちゃんもそんなさらっと連れてかないの!のぶちゃんの着替えとか持ってくるからちょっと待って!」
なんだかんだと信秀も春花いつものような会話のトーンになっていた。
自身の子が他者を気遣えるという成長を見せていたことを実感する瞬間。
こんな場面を目の当たりにして日常にあるほんの小さな幸せを実感していた。
それに対し信長は自身の決意の下、これから取る行動に対し頭をフル回転させていた。
少しすると時子と春花がそれぞれ戻ってきた。
風呂の準備ができたようで、信秀が信長の手を引いて歩いて行く。
完全に2人きりの空間だ。
身体を洗い終え湯舟に浸かる2人。
信長を膝の上に置いて一緒に浸かりながら信秀がしみじみと呟いた。
「はぁー!本当にいい家族に恵まれたなぁ!信長もいい子に育ってくれてるしな!」
信秀は信長の頭を撫でながらそう言った。
信長も信長で感じ入るところがあったのだが、それでも自身の決意を優先して1人突然湯舟から出て胡坐をかいて座った。
徐に両手を握りながら床につき、そして頭を下げながら言い放った。
「親父殿!三郎に御座いまする。」
信秀は固まった。
目の前の光景も言われた言葉も何もかもがわからなかった。
それを見て信長は
-記憶を取り戻す様子は…ないか。説くしかないか。
信長は同じ転生体である信秀に対し、前世の名を名乗ることで何かが起きる可能性を雀の涙ほどには期待していたがそれは成らなかった。
信長が考えた現状の何も得られない、伝えられない状況を打破していくための一案。
それは自らを明かすことだった。
まだ固まったままの信秀をよそに信長は続けた。
「親父殿がわけがわからぬのも当然のこと。まずはわしの話を聞いてくだされ。」
「ちょ、ちょっと待て!また親父の見せた時代劇かなんかの真似!?どういうこと!?」
「真似等では御座いませぬ。どうか声を荒げないでくだされ。まだ誰にも聞かれたい事柄ではない故に。」
信秀は完全に事態が呑み込めないまま再度固まっていた。
それでも信長は続けた。
「わしは織田信長として後世に伝わっている人物そのものなのです。転生…というものらしい。見た目はまだこの通り幼児でしかありませぬが、思考や記憶は以前のまま。つまり中身は五十路。ここまではよろしいでしょうか?」
「…いや全くもってどういうことかわからないんだが…つまり俺たちの子じゃないってことか?」
「いえ、それは違いまする。今生の生を賜ったその瞬間よりわしはわしのまま。親父殿、母上殿の子として織田信長が生まれてきたのです。こればかりはわしにも説明が上手くはできませぬ。わしの理解の及ばぬ何かが本能寺の最期の瞬間に起き、そしてその次の瞬間親父殿、母上殿の子として生まれ落ちたのです。」
この言を受けて信秀はまたも固まっていた。
しかしそれでも信長は言葉を止めない。
「信じられぬのはわしも同じ。じゃが、今生においての親父殿は間違いなく今目の前におられる方。そして親父殿の目の前にいる童の中身が織田信長であるということもまた事実なのです。まずは信じる信じないではなく、この事実のみを受け入れて頂きたい。」
ここまで理路整然と話し続ける信長を前にして信秀はようやく頭が回ってきた。
まだ何か道岳が仕込んだ結果であるという線は消え切ってはいなかったものの話を続けてもらうことにした。
「とりあえずわかった。俺たちの子、藤原信長でありその中身が織田信長。だからそんなにしっかり喋れるし、剣道の形もあんなに綺麗だったとひとまず呑み込めばいいか?」
「忝い。今はその点に関してはその程度の理解で構いませぬ。わしにもこれ以上の説明の言葉が見つからぬのが正直なところ故。」
「繰り返しになるがとりあえずは受け入れよう。で、どうして今それを俺に話す?」
「はい。それは今親父殿が置かれている現状が故にで御座います。此度の件、三条光佐が関わっている可能性が高い。そしてその三条も顕如…本願寺光佐の方が伝わるのでありましょうや?それの転生体だと睨んでおります。それ故にこうして自らの秘を明かした次第。」
「はっ!?本願寺光佐はわかるけど…あれも中身がそうだとなんでわかる!?」
「顔と得られる情報から推察できるやり口から。何より…親父殿ご自身もわしの他生においての父織田信秀そのものなのです。選挙における印象操作の手法もまさに親父殿で御座いました。まずわし自身、そして親父殿がおられる。なれば他にも同じようにわしの生きた時代から転生している者がいるであろうことは想像が付き申した。」
「俺も???ちょっと待ってくれ。頭が追い付かない…。」
そんな混乱したままの信秀に対し、信長はその混乱を切り捨てるように言い放つ。
「待ちませぬ。理解の及ばぬ部分は一旦捨て置きましょうぞ。説明ができなんだが事実は事実。わしのように他生の記憶を持っている者、親父殿のように記憶が無い者と存在はするようです。この点に関してこれ以上の説明はわしにも出来かねる。故に事実だけを受け入れ話を先に進めてもよろしいでしょうか?」
信秀もこの転生だなんだという部分を理解できる説明などないと悟った。
「…おう。わかった。」
「では。おそらく此度の件に三条が関わっております。要因は紙原の行った政策のどこかに三条…顕如の利を害する何かがあったから。つまり紙原と同調していた親父殿も狙われる可能性がなくはないのです。そうなってからでは遅い。何よりもそんな事をさせたくない。故に自らを明かし、親父殿と共闘できる状況を作りたかったのです。わしであればやつとは十年もやり合ってきた間柄。やり口や思考は読めまする。情報さえあれば烏滸がましいことなれど父上に助言能うのです。見ての通り身体は童でしか御座いませぬが、思考する力はあり申す。力があるのに何もしないまま親父殿が害されるような事態だけは避けたかった。それ故こうして親父殿に打ち明けたのです。」
信秀は顎に手をやって人差し指で顎を擦りながら思案をしていた。
信長からするとよく見た光景だ。
前世における信秀の癖そのものだった。
少しだけ信長が感傷に浸っていると、信秀が口を開いた。
「まず…信長の言う通り信じる信じないの部分は考えるのを止めよう。たぶん答えはない。わけがわからな過ぎる。それとお前が助言してくれるという件。これは受けよう。紙原先生の無念を晴らすために使えるものは使う。何より俺が狙われるかもしれないのは頭にあったし、それで家族に何かあるのも嫌だ。そうなる可能性を少しでも下げらるならこの手段は取るべきだと思った。まずはそれでいいか?」
「よろしゅうございます。」
「なら…こんな話は誰かに出来るものじゃないからなぁ…まずは俺とお前だけに秘める。それと他にも戦国時代の人間の転生体?はいたか?」
「います。まずは親父殿の政党にいる藤井。あれは近衛前久。次に創世党の平島は足利義昭。そしてわしと同じ童ではあるのですが蘭丸もおりました。」
信秀は驚きの表情だが、ここに至っては無駄な問答はなく素直に受け流した。
「身の回りだけで3人もいるのか。記憶があるのとないのとの違いはなんなんだろうな…。」
「それはおそらくになってしまうのですが、他生における死の瞬間が曖昧な者は記憶を持っている可能性がありまする。わしと蘭は記憶を持っており、その死の瞬間は本能寺にて焼けている。つまりその死を確認されていないのです。故に後世において死の瞬間が曖昧、生存説がある、そういった類の人物は記憶ごと今生の世にいる可能性が考えられます。」
「なるほどなぁ。織田信秀は確か病死だったよな?それで看取られてるその死が確認されてるから記憶がない…か。まぁでもこれ以上検証の仕様もないことか。あとはさっき顔が同じってのも言ってたよな?それに名前もか?」
「それは間違いないかと。親父殿もそうですし、近衛も公方も蘭も記憶にある顔そのまま。テレビで見た三条もまた顔は顕如でした。名に関して近衛はわからぬのですが、公方はと蘭は幼名、親父殿やわし、顕如は諱。皆他生において名乗ったことのある名ではあります。」
「…わかった。もし今後そういう人物を見かけた時は教えてくれ。」
「承知致した。」
そして信秀の表情が本気のそれに切り替わった。
話は本題へと移る。
「それに本題か。紙原先生の事故に三条が関わってる…と。創世党というよりも三条だってことか?」
「所詮推察にすぎないのですが、先に申した通り要因になっているのは紙原が行った政策。経済と地価、あとはその辺りの保障と聞き及んでおりますが、そのどこかに三条の利を害する物があったはず。それ故に利を守るために紙原を消しにきた、というのが大筋。じゃが顕如はあくまで自身の正当性を主張する輩、故にまだ他に今回の策謀の首謀者がいるはず。そしてそれもまた戦国の世から転生してきた者であろうとわしは考えておりまする。今のこの時代の人間がするにはあまりに直接的過ぎる故。さらに言うなら創世党か浄願教の主要人物がそれだとわしは睨んでおります。なのでこの辺りの顔と名前さえ頂ければその判別は出来るかと思われる故、親父殿にはそれをお願いしたい。」
「わかった。手配する。注視すべき人間がわかるだけでも状況は変わってくるからな。」
「左様に。また、顕如が創世党を立ち上げて政治介入してきた意図も政治を牛耳ることが目的ではないとわしは考えております。」
「ん?それはどういうことだ?」
「此度の件から考えるに、創世党の視点で見ると政治的対立者がいなくなったことには利があれど投機すぎる。今の世は形の上でも民衆の支持が必要なのでしょう?そう考えるとこの機に敵対政党の党首が死ぬ、というのは聡い者であればなんらかの疑念を持つはず。事実テレビでもそのような事を言っている者がおりました。そうなると支持を得る、ということが印象の悪化により難しくなる。長期的な目線に置いて下策でしかないのです。なればこそ創世党そのものが使い捨てで顕如の利を守るためにある、という視点で彼奴等の動向を見る必要がある。この点から見ることで見えてくる事実もあるのではないかと考え申した。」
「それは考え付かなかった視点だな…。そうなると選挙での無茶な行動もそれなりに説明が付いてくるのか。…わかった。とりあえず全部を受け入れるのはまだ追い付かないけど、少なくともお前が相当頭がいいってことは間違いない。だから今後もこうして話し合おう。」
「親父殿…受け入れて頂き感謝致す。」
「まぁまだ頭ぐっちゃぐちゃだけどなー。とりあえず親父には言うなよ?親父がお前が織田信長の転生体とか知ったら嬉しさで発狂して心臓止まるわ!」
「はっはっはっ!左様に御座いますか。なれどわしも状況が状況でなければこんな事を申し出るつもりもありませんでした。故に風呂から出たらいつも通りに振舞い申す。」
「そうしてくれ。じゃあ出るか。」
そう言うと話を切り上げ風呂を出た。
信長のある種の掛けは見事に成った。
コアトリクエやトナティウと言った神の存在や自身らの転生が行われた目的等は全て隠したままではあったが、信秀と知略的な点において共闘できる環境を手に入れることに成功した。
これにより信長は完全に今このタイミングでもう一度時を飛ばすという選択肢が頭の中から消え去った。
戦える環境を手に入れたのだ。
この環境を存分に生かすべきであり、間違いなく今後の糧になる。
信長はそう判断した。
このやり取りを見ていたコアトリクエはというと
「傍から見たら強引にねじ伏せた感半端ないけどそれでも説得しちゃうあたり信長さんの腕だなー。とりあえず記憶戻らないかとか試しちゃうのは可愛かったけど。にしてもこれで信長さんは政治に介入できる手段を手に入れたわけだけど、次は何しでかしてくれるんだろうかねー。」
などど単純にこのやり取りと今後に何が起きるのかを楽しみにしているような、そんな反応だ。
ただその反応の通り、信長はこれで少しばかりではあるものの自身の手の届く範囲を広げた。
直接的な行動は取れない。
しかし思考を反映させることはできる。
信秀を介してできる範疇に置いて政治に介入もできる可能性が生まれた。
こうして戦国の世の人間が関わることによって動き始めた歴史の流れはさらに大きなうねりを上げ始めた。
動乱はまだまだ始まったばかり。
党首を失ったが、信長と信秀が意思を繋げた真国。
顕如の意思の下、裏で動き続けている創世党。
そしてこの紙原の死をきっかけとしてこの2党による政争に新たな勢力が関わってくることになるのであった。
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