19話 世の中の表裏
蘭との出会いを経て信長は再度自身の置かれている現状を考え直していた。
-2年の時は今生においてかかってはいたが、まず1人目の配下がいた。
そして傀儡将軍もいるようだ。それもすでに政治の舞台に立っておる状態で。
近衛も顕如もおった。
つまりわしが知らぬところでも見知った者共は存在していて今生での立場を作っておる。
それも政治に関わるような立ち位置で。
そして親父殿が作ったおそらく動乱期とも呼べる政治界隈の現状がある…。
おそらくこの時期に台頭してくる見知った顔がいるはず。
となれば今はまだこの時を過ごすべき…か。
その上でわしは情報を手に入れる必要があるが、その手法は限られておる。
なれば他にわしの配下と思しき人物を探すために外にできるだけ出る必要があるな。
あの猫神のことだ。おそらく奴らと出会うは必然になっておるはず。
だからこそまずは外だな。
情報と配下。
今はこの二点か…。
信長はよもや同じ日、同じ場所で自身の配下である蘭丸が生まれていたという事実から、思っているよりも戦国期の人間が今の世にいるであろうと予測を立てた。
そしておそらく必然として出会うであろうとは思うものの、その機会を増やすべきと判断した。
そのため信長は春花に対して毎日
「こーえん!こーえん!」
と外に出ることをひたすら主張するようになるのだった。
春花も今まであまり外に出ようと主張せず、テレビばかり見ていた信長の変わり様を好意的に受け入れて毎日どこかへ連れ出していった。
蘭とも数度一緒に遊びに行く機会も作ってもらえて、その度に信長はこれまでに得ている情報を共有しながらお互いの現状をすり合わせていた。
そうして信長が動きを活発化させている頃、政界も世界も動きを加速させていた。
まず日本の政界においては民真連立政権が…というより紙原を中心とした真国の面々が経済関連政策を推し進めていた。
前内閣が最後に出した総量規制と地価税法を即時改正。
これにより、急激に冷え込みすぎていた土地関連の取引が緩やかに落ち着きを取り戻していた。
そしてさらに追加政策として土地を担保にした取引に対して過剰貸し出しをしているであろう契約を総見直しを要求。
明らかに過剰と思われる契約については発展的な貸し出しを認めず、実態に沿った貸出返済計画を再構築させた。
その上で、社会保障面でも倒産等の事態によって職を失った者に対しての一時貸出金制度、倒産危機に陥るであろうレベルの不良債権を抱えてしまった会社に対する特別保障制度を走らせて最悪の事態でも対応ができるようにしていった。
これらの経済対策により、結果として株価や景気は減速したものの急激な減速ではなく緩やかに減速していった。
バブル潰しだけではなくあくまでセーフティネットを先に作ったうえで過剰部分を少しずつ削り取っていくように舵を切った政策は今の経済状態の本質を見抜いている者からすれば、これ以上なく正道と呼べる物だった。
しかし実態として経済の降下が始まっていることをやり玉にあげ、創世党は国会で噛みついてきていた。
そのためこの後の政策がまともに採択できない状態に陥った。
そんな状態にある中で世界でも大きな動きがあった。
4月に入ってすぐ、中東での戦争が発生した。
イラクがクウェートへ侵攻を開始したのだ。
元々不安定だったところに原油価格や利権による争いが発展した結果、貧窮に陥っていたイラクが弾けた形となり戦端が開かれてしまった。
これに対しアメリカを中心に連合軍がクウェートに味方しイラクへ武力侵攻。
いわゆる湾岸戦争が始まってしまったのだ。
日本は兵力派遣ができないので経済協力を強いられる形になった。
経済が停滞して、それを破裂させないために先出で予算を吐き出していたところへ追い打ちを受けた形になってしまった。
そのためここでも創世党が批判を展開し、これには世論も乗ってしまった。
これによりさらに政策が遅れを取ることになって行く。
まるで何かに導かれるように真国が立てた政策の数々が逆風に吹かれ追い込まれていっていた。
そしてこの逆風を追い風にするように創世党が勢いをつけていった。
その勢いのままに内閣不信任案を叩きつけたのであった。
そんな創世党の執務室ではまたあの3人が集まり話し込んでいた。
平島、木村、そして池田の3人だ。
「まさか本当に中東で戦争が起きるなんて…情報操作だけでこんなに事態が動くなんて最初聞いた時は全く馬鹿げた話だと思ったぞ。」
「イラクの大統領の性格上こうなるのは見えていましたから。それを早めてやっただけのことですよ。それにアメリカがさらに武力で被せることもまたわかりきっていたことですし、そうなれば日本は経済負担が降ってくるのも当然の流れ。結局私がやったのはきっかけをつくっただけのことです。」
「その発想と行動力が非凡なのですよ、池田君。平島さんも池田君に見えているものがどれだけのものなのか今回の件ではっきりとご理解頂けたかと思いますがいかがです?」
「そ、それは間違いないな。恐ろしい程だよ。正直。それにあの件だって本当に動いているんだろう?」
「例の件も三条さんのところがもう動いてくれてますよ。それよりもそんな悪魔を見るような目で見ないでくださいよ平島先生。何よりこれからの方が正念場なんですから。」
「そっ、そうだな。ならば私がするのは各局報道に出ての演説…だったな。原稿は任せていいな?」
「もう用意してあります。こちらです。」
「もうあるのか…。用意がいいな。どれ。」
そして渡された原稿を見て固まる平島。
「これは…こんな内容でいいのか?また世間の批判がくるぞ?」
「それでいいんですよ。創世党が地盤を固めるためにはこれでいいんです。第一どれだけ世間がどうなろうと責任は与党の民自と真国に向かうように仕向けてありますから。」
これを聞いて平島は言葉を飲み込んだ。
この青年は世を治めようと考えていない。
自らの立場、地位、安寧、これだけを考えているある意味で政治家らしい考えだが、微塵も国民のことは考えていない。
それを察してしまったのだ。
しかし自らもどっぷりとそちら側に入り込んでしまっている手前、この原稿を破り捨てることもできなかった。
平島は今後もこの立場でいる限りはこの青年と三条、木村。この三者の傀儡と化してしまうことを感じていた。
しかしそれでも
「…わかった。これで行って来よう。」
そう受け答えるしかなかった平島は一度ため息を吐きながら天井を仰ぎ、立ち上がって部屋を出ていった。
部屋に残された木村と池田は顏を見合わせて言葉を発するでもなく何かを理解し合い、そして部屋を後にした。
こうしてまた一つ世間を騒がせることとなった。
創世党執務室での密談があった日の夜、信長はいつものようにテレビでニュースを道岳と共に見ていた。
今日は特に楽しみにしていた。
平島が生出演する、ということが触れ込みにあったからだ。
そうこうしていると平島が登場した。
それと同時に信長は眼を見開く。
平島がよく知っている顏だったからだ。
足利義昭。
完全にその男であった。
この男は前世でも信長に傀儡とされ、今世でもまた傀儡にされている。
信長はまだ平島-三条の繋がりしか認識していないのでこの時点で三条=顕如の傀儡にされていてこの政党がやることすべて顕如の思惑なのだろうと判断した。
その上で思案した。
-なるほど。今生でもやつは結局踊らされるだけの人間か。
しかしそうなればやつから顕如の思惑はくずせるやもしれんな。
あやつはあやつで無駄な自尊心がどこかで弾けるはずじゃ。
傀儡であることを自覚した上で、自身を操らんとす者を排除しようとするじゃろうて。
これに親父殿が気づくか?いや、少なくとも近衛が気づく。
なればあとは自滅するか?
だが、顕如は何がしたい?
あやつが政治を牛耳ってしたいことはなんじゃ?
他生のあやつは結局のところ宗教権力を手放したくなかっただけじゃ。
政治をどうこうするのではなく、自らの利権を失いたくなかっただけ。
つまり口出しされずに好き勝手やれればそれでいいはず。
なのになぜここまで深入りしてきた…?
世間にも創世党は浄願の組下と見られておる。
ここまではっきりと政治介入する意図はなんなのじゃ?
まだ…他に誰かおるのではないか?
じゃが現状これ以上の情報はない…か。
なれば他にまだ誰かわしの見知った人間が関わっているかもしれないということは頭に入れつつ動きを見るしかあるまい。
信長は前世の顕如と比べて違和感があることから、まだ他に誰かが絡んでいる可能性を考えた。
しかし現状以上の情報がないためそれ以上の思考が進むことはなかった。
だが確実にその聡明な頭は事実を捉えていた。
この時点である程度思考に予防線を張れたことが後に信長の今生の人生を大きく展開させることになるのであった。
信長は思考の世界から目の前のテレビに意識を戻すとそこでは平島がひたすらに現内閣の経済政策と中東情勢に対する外交批判を行っていた。
そして、提出した内閣不信任案が通り再選挙になった場合は創世党が圧倒的に選挙で勝つということを言い切っていた。
それも預言者かのように。
信長はその言い方にまた違和感を覚えた。
-ここまで言い切る…つまり何か仕込みがすでにあるということか。裏で事態が動いていそうじゃな。
過去の時代における平島=足利義昭と三条=顕如のやり口や性格を知っているからこそ、この強気発言の裏には相応の根拠があることを信長は見抜いた。
そしてそれが大きな混乱を及ぼすことになる。
平島のテレビでの演説から4日後。
国会では内閣不信任案の採択が取られる前日だ。
この日の夕方、日本全国に激震が走る速報が流れた。
信長もちょうどテレビの前にいたその時だった。
テレビ画面の上に速報が流れた。
『◆ニュース速報◆ 大蔵大臣紙原裕太郎氏 交通事故で意識不明の重体』
衝撃であった。
現行内閣の実質舵取り役となっていた紙原が重篤な状態になっていた。
一緒にテレビを見ていた道岳は慌てて電話の元へと駆けて行き電話を掛ける。
電話の先はおそらく信秀のいるであろう真国の本部だ。
しかし電話は繋がらないようで苛立っている。
信長はこの速報を見て先日の平島の強気発言とこの事故を瞬時に繋げて考えていた。
-目障りな紙原を消す準備ができていたというのがこの前の強気発言の根拠か。
暗殺に近いやり口…やはり顕如の他にまだ誰かおるぞ。
あやつは回りくどいことはすれど、ここまでの直接的な手段はそう取らん。
あくまで正当性を主張する輩じゃ。
こんなの誰が見ても創世党がやったと思える事故などあやつはやらんはず。
なりふり構わず自己の思考の実現を図る輩…謀略を練る輩…誰じゃ?
その人物まではたどり着けないままではあったが、この事故の背景を創世党の仕業だと信長は断定していた。
そしておそらくではあったが道岳も同様の答えにたどり着いていたからこその慌て様だったのだろう。
もっともその事故に信秀が巻き込まれていないかの安否確認もしたかったのもあるであろうが。
この時事故にあったのは運転手と秘書、そして紙原の3名であり、信秀は無事であった。
それはこの速報から30分程して信秀が紙原の運ばれた病院に到着したことをテレビが捉えたことで確認できた。
その映像を見て藤原邸には安堵の空気が流れた。
このことで平静を取り戻した道岳が口を開いた。
「とりあえず信秀の安否がこんな形とはいえ確認できたのは重畳じゃ。しかし…このタイミングといいきな臭いのは事実じゃ。もしもに備えてわしらも身の回りは気を付ける必要がありそうじゃぞ。」
「道岳お義父様…それはどういうことですか?」
「春花さんや…まだなんの確信もないが創世党…いや浄願教が紙原先生の事故に関わってる可能性があるとわしは思っておる。政争じゃ。もしそうだったとしたら信秀もその家族であるわしらにも何かが起こらんとも限らん。そういう意味じゃ。」
「そんな…!そんなことまでする教団なんですか!?」
「今の教祖になってからそういう黒い噂があるのは事実じゃ。何も表沙汰にはなっておらんがの。だがヤクザとも付き合いがあるのは間違いのない事実じゃ。そうなればこういう手段も取ることは可能であろうて。」
「なら…信秀さんも…いえ、そんな不吉なことを言葉にするのはやめておきますね。でも…心配です…。」
「気持ちは痛いほどにわかる。じゃがこれもやつの選んだ道では起きうることでもある。その自覚と覚悟はわしらも一緒に持ってやらんとな。酷かもしれんが、今はあやつも手一杯じゃろうから不安を押しとどめて支えてやろう。」
「そう…ですね。私少し気持ちを落ち着けてきます。」
春花は信長も置いて1人で寝室へと向かった。
そんな春花の後ろ姿を見つめながら時子がつぶやいた。
「少ししたら私が行きますから。あなたは電話番と信長ちゃんをお願いしますね。」
「わかった。頼む。」
時子には既にそういった自覚や覚悟があったようで泰然としていた。
そして道岳はそんな妻を見て少しだけ笑みを浮かべた。
少し経って時子がリビングを出て行くと独り言のようにつぶやいた。
「わしは良い妻、良い家族に恵まれておるのう。」
そう言いながら視線はテレビに向いているものの、どこか違うところに意識が行っているようだった。
信長はこんな祖父母と母のやり取りを見ながら思った。
-おそらくこの家族はこの時代において…なんというか強き人間達なのだろうな。人間としての芯がしっかりしておる。祖父上殿も祖母上殿も戦乱の世であろうと名を上げていたであろうと思えるわ。母上殿はまだ少々…というか心根が優しすぎるのだろうな。政に関わる全ては魑魅魍魎の世界じゃ。それは今も昔もまず変わらん。この先お心を病まねば良いのだが…。
信長は祖父母の強さを称賛し、そして母を気遣った。
事実春花はこの日を境にどこかに不安を抱えながらの毎日を過ごすことになる。
それが少しずつ少しずつ精神を蝕んでいくのであった。
紙原の事故の報から丸1日が経過して、信秀が一度帰宅した。
春花は涙を浮かべながら迎え入れた。
信長は道岳に抱かれた状態で狸寝入りしている。
少し春花が落ち着くと信秀は道岳の目での合図に従い道岳の書斎へと向かった。
信長は身動ぎ一つせず狸寝入りを続けている。
信秀が帰ってきたら道岳と2人で話すであろうことを読んでいたのだ。
今回は道岳の書斎へと潜り込むことに成功した信長は体勢を変えることなく会話に集中していた。
書斎の扉が閉まるとすぐに道岳が口を開いた。
「容体はどうなんじゃ?」
「全くもって良くない。正直今なんとかを保ってるのが奇跡な位だよ。」
「そうか…。そうなればお前もまた覚悟が余計に必要じゃな。春花さんのケアだけはしっかりせいよ。」
「春花には余計な心配かけることになるもんな…。というより親父。その言い方ってことは察しがついてるってこと?」
「わしじゃなくともこのタイミングじゃ。世の中表裏見てきた人間には予想はつくじゃろ。」
「まぁそうか…。ただ今のところ警察もただの事故だと言い張るんだよな…。」
「買収されてる可能性まで考えておけ。もしくは担当してるもんが信者である可能性もな。」
「相手が宗教ってなるとその可能性もあるのか。厄介極まりないな。」
「じゃから証拠は自分で掴め。動かせるもんは動かしとかんと証拠を握りつぶされるぞ。」
「それはもう手配してある。さすがにパニックだったけどやることはやってあるつもり。」
「そうか。ならわしが手伝うことはないか?」
「この前紙原先生が親父に依頼してた監視カメラの映像は?」
「それはきっちり確保してある。データのコピーもあるから紙原先生の所のカメラやデータ潰されたとしても問題ないぞ。」
「それはよかった。それと最悪の場合は…もう一つの案件は俺が引き継ぐことになるからその時は協力頼むわ。」
「まぁそれもそうなるしかないじゃろ。仮に生き長らえたとしても政界に復帰までできるかどうかもあるしの。」
「そうだな…。今は動かせるもの動かして…それで紙原先生がなんとかなってくれることを祈るしかないか…。」
「うむ。ならまずはちょっと落ち着け。部屋を出たら顏を切り替えられるようにの。」
「おう。こんな顏したままじゃ春花にもっと心配かけちまうしな。…よし!戻ろう。」
すっと立ち上がった信秀は憔悴を感じさせない凛とした表情であった。
そして2人は2人の妻のいるであろうリビングへと戻って行った。
この会話をしっかりと聞いていた信長は
-祖父上殿も親父殿もやはり強き人間よの。
じゃがやはり母上殿のような反応と感覚が今の世では当たり前であるのだろうな…。
これは忘れてはならんな。
紙原も何かがあるやもしれぬと先に手は打っていたのか。
監視カメラ…おそらく映像として何かを撮っていたのだろうな。
そこに証拠があるなら大きいが、逆にその程度の輩なら容易かろうな。
親父殿も親父殿である程度想定しておったから動きは止めていないんじゃな。
そして『もう一つの案件』とやらがある。つまりまだ仕込みはある…と。
何がどう出るか…親父殿ならもう一手先まで何かはしてそうではあるがはたして…。
元々50年もの間明日の命がどこにも保障されていない戦国の世を駆け抜けてきた信長からすれば、こういった自身や自身の周りの命が脅かされるかもしれない状況は当たり前なので何一つ不安に思うような要素がなかった。
それゆえにただただ今後何がどう展開していくのかを楽しみにしていた。
だが、あくまで今の世を統べるためには母親のような感覚を忘れてはいけないこともしっかりと自覚していた。
この事態においてもしっかりと一つ学んでいた。
そしていつもよりもどこか影のある食卓を囲み一同は眠りについた。
翌日。
この日また政局が大きく動くことになった。
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