11話 時飛ばし
ドタドタと床を走る音
飛び交う怒声
鳴り響く銃声
飛び抜ける弓矢に苦無
そんな中をゆっくりと奥へ向かう男
天下一統の目前で失う我が命
どこで何を間違えた…
この違和感はなんだ…?
時を飛ばす最中、混沌とする信長の意識は過去を見た。
そして考える。
結局のところ、真の敵は誰なのか。
可能性が高いのが同率で2人、次点に1人、可能性を捨てきれないのが2人。
信長はこの先後世に伝わった歴史を知る中で答えを出すのだが、現時点で信長はほぼこの5人の中に答えがあると睨んでいた。
そしてこの5人は間違いなく再度同じ時を生きることにるであろうことも。
そうして信長が過去を考察していると急に頭痛と共に何か映像が流れるような感覚に襲われた。
信長が飛ばすと決断した2年間の記憶だ。
と言っても特筆するような事は無かったが幸せな親子の記憶、といったところだ。
信長が前世で味わうことのなかった大凡人としての幸せな生活。
-これが民の思う普遍的な幸せ…か。
そんな事思っていると信長の頭痛が治まりコアトリクエの声が聞こえた。
-もうすぐ2年後の世界に飛びますよ。準備はいいですか?
-無論じゃ。征くぞ。
信長の視界は再度真っ白になり、そして明るくなった。
1989年6月2日(金)-午前5時
信長は今生でちょうど2歳の誕生日に意識を戻した。
まず回りを見渡し視界がはっきりしたことを確認した。そして手足を動かし、少なくとも自らの意思で動けるであろうことも認識した。
それでも所詮は2歳の身体でしかないのだが、0歳から比べれば相当な改善である。
横でまだ寝ている春花を起こさないよう、すっと布団から抜け出し立ち上がった。そして歩く。
-歩くこともできるのならまずは良しとすべき…か。
自らの身体能力を確認すると、信長は両手を上げ刀を上段に構えるような体勢を取りそして振り下ろした。
形稽古を始めたのだ。
前世で日課としていた形稽古。
まだ身体のバランスも悪く筋力も無いためおぼつかないが、それでも信長は無刀で動き続けた。
-身体は付いてこないが、それでもこうしておるとやっと起きたと感じるのう。
信長は無意識に笑っていた。
単純に楽しかった。
非日常過ぎる日々からやっと少しだけ日常を取り戻したからだ。
普遍的な幸福、これを感じていた。
気付けば1時間ほど形稽古を続けていたようで、信長が布団にいないことに気付いた春花が慌てて飛び起きた。
すると窓際で形稽古をしている信長を見つけ驚く。
「のぶちゃん!?何してるの?剣道…?」
「ん?母上。おはよう。形稽古しておった。」
「え?!何その口調!?というより流暢に喋りすぎ!急にどうしたの?」
信長は身体が動かせること、慣れ親しんだ形稽古をして日常を一つ取り戻したことで舞い上がって油断していた。
声帯も2年の歳月で発達し、歯も生えてきているため言語さえ理解していれば喋れてしまうのだ。
そして、明らかに2歳のそれではない口調と流暢さで喋ってしまった。
-軽率であった…。しかしまぁなんとかするしかないのう。
と、少しの反省をし2年の記憶を辿りながらこの場の修正を試みる。
「じーじのまねー。」
できる限り2歳児っぽくと考えた末の一言がこれであった。
実際道岳は信長に剣道の形稽古を見せていたし、大河ドラマや時代劇を見せていた。
その時の信長は中身はただの幼児だったのでさして興味を示すこともなかったのだが、理由として使えるのはこれくらい。
そしてそれを聞いた春花は困惑しつつも寝起きだったため腑に落ちないままではあるがそれ以上の追求をしなかった。
「聞き間違い…?まぁいっか。あんまり危ないことしないようにね!」
そう言うと春花はまた布団に伏せた。
-寝起きでなんとかなったか…?わしとしたことがうかつであったわ。この程度の話方にしていかねばならんのは恥ずかしいものがあるが気をつけねばならんな。
と改めて自分を戒めた。
そうして春花が再度目覚めるまで形稽古を続けた。
その日の朝食の食卓。
「あなた!聞いて!今朝のぶちゃんが剣道の真似事みたいなことしてたの!お義父様の真似って言ってたんだけどすごかったのよ!」
「もう2歳だもんなー。剣道とかやらせてみたらいい線行くんじゃない?」
「のぶちゃん自身が興味あるならやらせてみるのも確かにね。でも本当成長感じるわよね。」
「本当だな。俺も今月はいよいよだしいいとこ見せられるようにしていかないとだな!」
こんな会話をしていると道岳もリビングへとやってきた。
「あ、お義父様!おはようございます。のぶちゃん!お義父様に見せてあげて!」
そう信長に促す春花。
正直嫌な予感しかしなかったが、何かを覚えたての2歳児…得意げにやるしかないだろうなと腹を括って形を始めた。
すると案の定
「いつのまにこんなことができるようになりおって…今日で2歳じゃからか!本当に良い孫に恵まれたわ!けどわしの流派とはまた違うのう…。それは…介者剣法?わしそんなの見せたかのう?」
現代に伝わる剣道は江戸期以降に主流になっている素肌剣術がベースであり、戦国期の基本であった甲冑剣術である介者剣法とはまた違ったものである。
そのため形も全然違う。
剣道の心得のある道岳が見たらそれは一目瞭然だったのだ。
しかし信長は
「テレビのまね。しっぱい?」
と小さく呟いた。なんとかこの場をごまかすのに見せられていたテレビと孫の可愛さアピールで乗り切ろうとした。
そしてそれは効果が抜群であった。
「そんなことないぞ信長!むしろすごいぞ!!見ただけで真似られるなんて天才じゃ!もう少し大きくなったら一緒にやろうぞ!」
とおおはしゃぎであった。
-ふぅ…。後世の剣術とはそんなに違うか。身体が動く分いろいろと気をつけねばならんようじゃな…。
そんなこんなで朝の諸々を乗り切った信長であった。
そして夜は信長の誕生日祝いだった。
初めて見る現代の食事にケーキ。
これには信長もテンションが上がっていた。
-目がまっとうに見えるようになって初めてちゃんと見たが食事は現世のほうが旨そうじゃな。それにケーキ?とやらは甘味のようじゃ…砂糖も今では貴重でもなんでもないのだろうか?
戦国期、砂糖は貴重品だった。当時は輸入品しかなく、一部の権力者しか味わうことのできない嗜好品の類だ。
信長は宣教師からもたらされた金平糖や砂糖を使った菓子などを食べたことはあるが、それでも頻繁ではなかった。
だからこそ信長の誕生日祝いの席で甘味が出てきたことが嬉しかったし驚きでもあった。
2本立てられた蝋燭の火を吹き消し、おめでとうとみんなから言ってもらえる。
信長はまた一つ普遍的な幸せを噛みしめていた。
そうしていると道岳と信秀が話し込んでいるのが聞こえてきた。
「じゃあ後はもう告示日まで選挙活動の準備を整えるだけか。まずは当選せんことには何にもならんからのう。」
「結局無所属でやるからなー。その分他の議員よりも細かくやっていくつもりだよ。」
「せっかくわしが紹介してやった伝手を無駄にしおってからに…。これで当選せんかったらこっぴどく仕置してやるわ。」
「考え方が合わないところにいても結局何も成せないから一緒だよ。まぁまずはやるだけやって考えるさ。」
「まぁそれも理があるのう。少なくとも3票は入れてやるから頑張れ!」
「ありがとう。いろいろと策はあるから…楽しみっちゃ楽しみだよ。」
「お前は昔からプレッシャーと無縁だのう。誰に似たのやら…。」
「どう考えても親父だろ!!」
「そうじゃな!わしの子じゃ!やるだけやってみぃ!」
-選挙が近いか。そして徒党は組まなかったと。それに策とな…。そのあたりが見れるとわしの今後の糧になりそうじゃな。
信長は2人の会話を聞きながら何を自身の糧とすべきかを考えていた。
そして2歳の身体になって感じる普遍的な幸福。
こういったものを守り広げていくのが現代の統治者に求められていくものなんだろうということも感じていた。
戦国の世とは違う治世と価値観。
これらを学び、そして世界を崩壊の方向へと向かわせないために信長は改めてまだまだ足りていないことを認識した。
-いつの時代でも学び、行動し、そして意志を実現するものがあるべき統治者じゃ。その向かうべき方向をわし自身がしっかと見定めねばな。
信長が自身の思考の世界に浸るうちに誕生日の食事も終わり、6月2日が終わろうとしていた。
そんな信長の誕生日の1日をコアトリクエは疲労困憊の顔で見ていた。
時を飛ばす…当然これは神の身であろうと無茶な行為でなかなかに消耗していたのだ。
しかし信長の1日を見ていて無茶をやった甲斐はあったと感じていた。
「とりあえず頑張った甲斐はあったみたいですねー。あとは信長さんの配下をどうにかしないと…。けどもう寝たい…。」
まだまだやることはあるコアトリクエであったが疲労には勝てなかったようだ。
そうして信長もコアトリクエも眠りに落ちていった。
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