9話 再び神の部屋
信長は二度目の真っ白な空間にいた。
身体は元の49歳の身体だ。
一つだけ以前と違うのは目の前にいる、おそらく神と思われる者が明らかに男に見えることだった。
そしてその神と思しき者が語りかける。
「そうか。お前があの赤子の中身か。名を名乗れ。」
信長は何が起きるか幾通りもの想定をし、警戒しながら名乗った。
「…織田三郎信長である。おぬしは何者じゃ。」
「我はトナティウである。今この世界を主宰する神であり、コアトリクエよりも上位のものであると理解せよ。」
「して、その上位の神とやらがわしに何用じゃ?」
「お前がこの世界に何をもたらす者か見極めにきたのだ。この世界が終焉するならば同時に我の存在も終わる。母なるコアトリクエの慈悲で人類は最後の機会を得ているのだ。」
この言いように信長は返答次第で自身の生命の危機が起こり得ることを感じ取った。
その上で思案しつつも話を進めた。
「なるほどのぅ。わしが何をもたらすか…か。となてぃうと言ったか。わしはおぬしに何を示せばよい?」
「お前は世界をどうしたい?」
今の信長にこの問に対する答えは正直なかった。
それでも信長は不安や弱気な顔は一切見せずに応える。
「正直今はまだわからぬ。わしはこの世界を知らなすぎる。じゃが、猫神の言から察するに求められておるのは静謐。ならばわしが掲げるは天下布武じゃ。只今における答えはこんなもんじゃ。」
神トナティウは初めて表情を緩め、少しだけ笑みを浮かべた。
「…思っていたより理性的な人間だな。天下布武とは?」
「争いを止め天下を静謐にせんとす。こんな意と捉えてもらって構わん。」
「争いを止めるために全て武力でもって解決するということか?」
「違う。武力制圧はそれが最善策である場合とやらねばならぬ場合のみ。正統性さえ保てるならば手段は選ばんが、武力以外で解決能うのであればそれに越したことはない。」
力強く『武力一辺倒ではない』と答える信長に、神トナティウは何かを確信したように頷いた。
そして再度信長を見据えて話を続ける。
「君主…か。あとはその思考の実行力。最後を託すのには確かに面白い人間だな。」
「一先ずは目に適ったようじゃな。まぁおぬしも見ているがよい。それでわしが成せぬと判断したらこうして呼び出して斬るなりなんなりすればよい。」
「自らの命を軽く扱うのだな。」
「そうではない。命は重い軽いではなく使うか使わぬか、だ。」
信長は一呼吸置いて、そしてまっすぐ神トナティウを見つめ話し続ける。
「わしは成すと言ったら成すまでやる。わしの人間の全てを費やして必ず成す。儚き人間において何にその命を使うのか、どこまで張れるのか。自らの全てを費やして人間は充足するものじゃ。命をただ守ってるだけでは澱むだけ。生まれてから常に死に向かって止まることなどない。滅せぬものなどないのじゃ。ならば全て費やさねば勿体なかろう。ゆえにわしはわしの言に命を張る。自らの全てでもって事を成す。成せば良し。成せぬなら死するは道理じゃろ。」
「よくわかった。熱き魂を持つ人間、織田三郎信長よ。汝が我らの世界を生へと導くか死へと誘うか見届けよう。」
「これで目的が果たされたなら猫神を開放せい。やつと話せんのはおぬしがやつをどうにかしておるからじゃろう。」
「それは約束しよう。すぐにでもここに戻ってくるだろう。」
それを聞いた信長は元親との再会が近いことを思い返した。
「ならば間に合う…か。これで話は終わりでよいか?」
「ひとまずはな。あとはお前次第だ。」
「先刻言うた通りおぬしの目に叶わぬ時は斬るためにまた呼ぶがよい。その時は白装束にでもしてくれればよい。」
「皮肉はよい。期待してお前の生き様を見て行くとする。ではお前を元の世界へ戻そう。」
そう神トナティウが言うと来た時と同様に白い光に包まれ、信長の意識は遠ざかって行った。
「面白い人間だったでしょ?トナティウも納得したってことでいいのかな?」
「大母神コアトリクエよ。確かにあれは何かを期待できる人間である。すべてはこれからの行動次第であろうが、少なくとも今までとは違う何かは起こしてくれそうだと我も確信はした。」
「じゃあ信長さんが私たちの思うように世界を変えてくれた時はトナティウもちゃんと協力してね?」
神コアトリクエのこの一言で神トナティウは一気に表情を曇らせた。
それを見てコアトリクエは面白がったような顔で笑う。
そしてトナティウも観念したように応えた。
「それは…いや、協力すると約束しよう。」
「ありがとう!トナティウが協力してくれるならもう何も問題はないね。じゃあ私は今まで通り信長さんのフォローの日々に戻るよ。」
「承知した。」
そう言うと神トナティウは静かに消えていった。
一人白い世界に残った神コアトリクエは大の字に寝転んだ。
「ふぅー…。これでトナティウを取り込めたからあとは信長さんがやり切ってくれれば私のやることはほとんど終わったかなー。楽してたい…。」
そう言いながら手を掲げモニターのようなものを操作する。するとそこには夥しい量の何かメッセージのようなものがあった。
それは…この2週間ほどの信長からのコアトリクエへの呼びかけの言葉だった。
『猫神!!聞こえんのか!!』
『返事せぬなら斬り捨ててくれる…』
『わしが斬るまで生きておれ…』
『…』
このような文字がずらっと並んでるのを見たコアトリクエはもう一仕事あることを悟って深くため息をついた。
「信長さんの相手するのこれ…一苦労だなー…。帰す前にトナティウと一緒に話せばよかったかも…。」
そう言いながらもコアトリクエは信長に呼びかけた。
-信長さーん。聞こえますかー?
-…。
今度は信長からの返答がない。
-信長さん?連絡が取れなかったことの意趣返しなら受け付けませんよー?
-…。
「あれ?どうしたんだろう?」
そう言いながら信長のいる世界を覗いて見るとそこには…道岳におもちゃにされている信長がいた。
意識が神の世界に呼び出されていて中身のないただの赤ん坊状態であった信長は孫溺愛モードの道岳の恰好の餌食だった。
意識が戻ってはいるが、呼び出されたことによる精神の摩耗と現実世界での身体の消耗。
信長はコアトリクエの声に応えられる状態ではなかった。
「あー…この八つ当たりも含めで相手するのね。」
おもちゃにされる信長を見ながら、後の面倒にため息をつきつつもあの織田信長がいいように扱われているのを面白おかしく眺めている神コアトリクエであった。
そして道岳から解放され力尽きて眠ってしまってから数時間。
目を覚ました信長は頭の中に声が響くのを感じコアトリクエに呼びかけた。
-猫神よ。今度は聞いておるな?
-はいはいはいはい。ちゃんと聞いてますよー。叔父さんの件でよかったですか?
やっとコアトリクエと話しができることに安堵した信長は色々と募る感情よりも状況の確認を優先した。
-…諸々と言わんとするところがあるがまずは本題じゃ。あれの存在もおぬしの仕業か?
信長は今までのコアトリクエとの会話の情報から結論を持っていることを問いかけた。
最後の確信のために。
そしてこのことが過去と未来とにどう関わるのかを考えながら。
その思考を読み取ったかのようにコアトリクエはすぐに返答せずに少し間を置く。
少しの逡巡の後、コアトリクエは応えた。
-仕業と言われても答えようがないですね。気になることを具体的にどうぞ。
-ほう…。ではこれは本能寺の謀反に関わることであるか?
信長が確信のための一言を言い放った。
コアトリクエも思案する。
会話の間が伸びる。
そして…
-それを言っちゃったら信長さんの楽しみがなくなっちゃいません?自分で考えるって言いきってたじゃないですかー。それにそもそももう信長さん自身で結論は出てますよね?
そうはぐらかすコアトリクエの返答に信長も疑念は残りつつも自身の結論が間違いでないことをほぼ悟った。
-おぬしの言った転生の条件とやらから考えれば…いや、その言い方が答えじゃな。であればよい。
-さすが信長さん。頭の回転は赤ん坊でもさすがですねー!
-他にも聞くべきはまだあるがまずは説教からがよいか?
-いえいえいえいえ。本題を進めましょう。
-…!
-…。
脱線しながらも会話を続ける信長とコアトリクエ。
会話はまだまだ終わる気配がなかった。
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