8話 不通
先ほどまでの藤原家の食卓を見ていた神コアトリクエは今までの終焉に向かった平行世界では起きなかった出来事がスタートしたことを確信し満足感に浸っていた。
「いやーやっと芽が出てきたわー。これで信長さんがいい感じにこの400年後の世界の知識を得て成長してくれれば面白いことになってくれるはず。」
誰もいない真っ白な空間でコアトリクエは独り言を呟いた。
コアトリクエが信長を転生させ、そして何人もの戦国期の人物を転生させたこと。
これは神界のルールを相当ギリギリまで…というか抜け道を駆け抜けたようなものであった。
だからこそ失敗は許されないのだ。
「あとは私が消されないために…もう一仕事やっつけますか。」
そう言うとコアトリクエは真っ白な空間からそっと消えた。
夜が明けた。
今は朝の5時。信長は目覚めた。隣で春花はまだ寝ている。
信長は夕食後からこの時間まで寝続けた。
というのも、『元親』についてコアトリクエに確認したいことがあったのだがどれだけ呼びかけてもコアトリクエから反応がなかったからだ。
何か方法があるのかなんなのかわからなかったので眠気に従っていたのであった。
-猫神!!聞こえんのか!!
-…。
相変わらず反応はない。
-何か間違っているのかなんなのやら…。思案の仕様もない。まずは身体を動かすか。
信長は頭を切り替え手足をじたばたと動かし始めた。本来なら声も出したいが寝ている春花を気遣って声は出さずにいる。
-こんなことでも積み重ねじゃ。恥ではあるが生まれたてから身体を作っていけば後にも効いてくるやもしれぬ。何より今この時分にやれることも聞けることもないしのう。
そんなことを考えながら1時間ほどじたばたし続けて信長は力尽きた。
朝7時。春花が目覚めた。信長は寝ているままだ。
「おはよう。信長ちゃん。本当に夜も起きないでいい子ねー。」
母親に愛された記憶がない信長にとって春花から感じる愛情は新鮮で心地の良いものだった。
その心地良さと共に腕に抱かれた感触で信長も再度起床した。
春花と信長がリビングに向かうと、道岳と信秀が出社の準備をしながら朝食を取っていた。
「そういえば甲斐部長の件ってまた新しい商品の件?」
「おそらくそうじゃろう。できるだけ早く話したいらしいからどうせ予算が足りんか、どうにも煮詰まったといったところじゃろうて。」
「甲斐部長も大変だね…。今回はどんなアイディア?」
「携帯電話じゃな。4月にNTTが小型化したの始めたじゃろ?たぶん流行る。じゃから先取りして新しい端末作ろうと思ってな。小雪さんアメリカに行かせてるのもそれじゃ。」
「確かにあれはどんどん一般に普及してく商品だよね。話せるだけじゃなくてポケベルみたいに文章のやり取りできるようにしたりとかできたら一気に跳ねそう。」
「それはやらせておる。さらにその先じゃ。インターネットは知っておるか?」
「一部の大学とかで使ってるパソコンのやつ…程度には。」
「あれも今後間違いなく一般に普及するぞ。じゃから携帯電話にそういう機能つけられんのかやらせておる。それがおそらく煮詰まったんじゃろ。」
「それはまた無理難題を…。それこそ一般向けのパソコンとか作るほうが先なんじゃない?」
「それは第一にやらせておるんじゃがそっちはモノはできたが中身がいまいちでのう。その辺やらせておるところじゃ。」
「本当開発部の面々…ボーナス弾んでやりなよ。上辺聞くだけでも死にそうなくらいしんどそうだよ。」
「そこは出来次第じゃ。そもそも優秀な面子を集めてるししっかと結果も出すじゃろうて。」
この会話を聞いていた信長は興味をそそられた。
出てくる単語の意味は全く理解できなかったが、どうも何か連絡手段の道具の話のようだとは話の流れから察することはできた。
-おそらくこの時代、別の場所にいても会話ができるようになっておるのだろう。そんなことが出来たら戦の潮目を逃すこともないのだろうな。実に愉快な世になったものよ。わしのやらんとすることにどれだけ取り込めることか楽しみじゃ。
信長は何かを想像して笑った。その内面の笑いが身体にも出ていて赤子の身体の信長も笑顔になっていた。
そしてその表情を見ていた春花が
「ねぇ!この子笑ってるわ。ほら!」
そう言って春花の呼びかけに反応した道岳と信秀が寄ってきた。
その瞬間道岳は孫溺愛モードだ。
「これはまさしく天使の笑顔じゃー!!!なんてよい朝じゃ!」
そう言いながら興奮のままに信長を抱き上げようとする。
信長は昨日の激痛がよぎったが、それを見ていた時子が
「あなた!また昨日と同じことを繰り返す気かしら?」
と鋭い声で道岳を制した。
-祖母上殿…。助かった…。
事なきを得た信長は時子へ本気で感謝した。
時子に叱られしょぼくれた道岳とそれを見ながら笑う信秀はそのままゆっくりと玄関へと向かって行った。
そんな朝から2週間が過ぎた。
コアトリクエとは連絡が取れないままだ。
その間信長はひたすらに身体を動かすこと、声を出すこと、そして会話から情報を得ること。
この繰り返しの日々だった。
その夜もいつも通りに会話に集中していると信秀から元親についての話が飛び出した。
「そういえば小雪さん3日前に帰国したから今度の日曜に元親と一緒に来るってさ。予定とか大丈夫?」
「日曜…28日か?わしらは大丈夫じゃぞ。」
「それなら元親に大丈夫そうだって明日会ったら伝えとくよ。」
どうもあと5日後に元親とその妻小雪がやってくるとのことだ。
信長はそれを聞いて思案する。
-叔父上殿がまた来るか…。それまでにどうにか確認がしたいのじゃが…猫神は何をやっておるのじゃ!!返事せい!!!
-…。
相変わらず返事はない。
しかし次の瞬間だった。
-お前がコアトリクエが選んだ人間か。
その声が聞こえた次の瞬間、信長の意識はあの白い空間へと移っていた。
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