プロローグ
生きる目的が無い。
そんな事を考えてしまったのが始まりだった気がする。
祖父母は僕が幼い頃に亡くなり、両親は僕が小学生の頃に離婚。
とくに不幸に思った事はない、割とよくある話だと思う。
父が派遣会社の社長だった事もあり高校には普通に通わせてもらったし、揉め事を起こす事も無く無事卒業した。
高校卒業後は父の会社に入社し、派遣先の会社に勤め始めて十年が経った。
休日はPCの前に張り付き、ゲームをしたり、推しの配信者の動画を見たり、漫画やアニメを見たり趣味の時間に費す。
なんてことは無い、割とある普通の人生。
彼女とも結婚したが、子供が欲しいとは思わなかった。
平々凡々な日常は確かに素晴らしかったが、ある時、ふと考えてしまった。
「僕は何の為に生きているのだろう」
子供がいない僕には子供の成長を見届けたいと思う欲がない、生活する為に働くだけの毎日、嫁さんも働いているが、ソレも特に目的あっての理由でわない。
欲しいもの、食べたい物、それら日常生活に必要な物を欲する程度の欲はある。
しかし、なんと言えば良いのか……夢。
そうだ、夢が無いのだ、父の会社を継いで金持ちになりたいわけじゃない。
海外で豪遊したいとは思わない。
高級な車? 立派な家? 維持費が面倒くさいから欲しいとは思わないな。
なら、僕は目的も夢も無く、ただ生きているだけだ。
だからだろうか、出勤の為に車を走らせた高速道路で、前のトラックに積まれた鉄骨が僕の車のフロントガラスを破り、眼前に迫っても「ああ、僕の死に方は事故死なのか」などと他人行儀に考えたのは。
「もし生まれ変われたら、僕は勇者よりも魔王が良いな」
最後に思い出したのが嫁との転生物の作品について語り合ってた時の光景だとはなあ。
なんとも僕らしいというかなんというか。
「本当に勇者より魔王が良いですか?」
おかしい、あの状況で死んでないわけがない。
「その通り、アナタは先程事故でお亡くなりになりました」
「転生作品のテンプレート……」
「地球の皆さんは本当にそのあたりの話が早くて助かります」
体は傷まない、まあアレは即死だろうしなあ。
唯一の心残りが嫁と家に居る犬と猫の事だけど、死んでしまってはもうどうしようもないか。
「アナタは自分の死に怒ったり悲しんだりしないのですね」
「理由は話さなくても分かりますよね? 神様?」
暗い、何も見えない空間で声だけが響いている。
スピリチュアルな現象を信じていたタイプの人間だった僕だったが、そうか、本当に魂はあるんだな。
「アナタは自分という存在に無頓着過ぎました、自分より他人を優先する、他人が苦しむくらいなら自分が苦労した方がマシという考えを持つ人間。
格好をつけたい、他人から褒められたい、感謝されたい
誰にでも生まれる承認欲求。
しかし、アナタのソレはどちらかと言うと本当の意味での自己犠牲。
格好悪くても、褒められなくても、感謝されなくても、それでも他人の為に自分を殺してきたのですねアナタは」
「そう……ですね。 まあなんというか変に他人より丈夫な体だったりしたのもあるんですかね、目の前の誰かが苦しむくらいなら僕がって」
「そんなアナタなのに、勇者よりも魔王になりたいと言ったのは」
「機会があれば、今の日本じゃない、どこか知らない世界ならちょっとは我儘に生きられるかなって。
まあそれでも……」
「アナタは他人の為に生きるのでしょうね」
神様の言う通りだと思う、自分が我儘放題やりたい放題で暮らしている様が想像出来ない。
「アナタなら任せても大丈夫だと思います、生まれ変わった異世界で魔王として君臨して下さい、詳しい話は向こうの世界の神からされるでしょう。
強制はしません、ですが今の地球は試練を迎えている最中、出来ればアナタのような人材は有効に扱いたい」
「ありがたく異世界に転生させて頂きます、神様の考えはなんとなく分かる気がしますし」
などと言いながら会社の部下数名の顔を僕は思い出していた。
「では、あちらに送ります、さようなら。
アナタに素敵な世界でありますように」