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【第七章:two of us】

【第七章:two of us】

【これまでのあらすじ】

 生態系に対する過剰な干渉は生物や文化の多様性を奪ってしまう――――もっともらしい理屈で火星の猿たちを見捨てて歩くナロー。森の道中で逆恨みの猿たちから散々な嫌がらせを受けとうとう堪忍袋の緒が切れかけたところで、突然目の前に美味しそうなキノコが。お腹も減っていたのでとりあえず食べてみたところ、キノコの持つ幻覚毒が製薬会社の不断の努力の結晶である頭痛薬よりすぐ効いた! サイケデリックな視界の中でナローは見た。この世界を覆う土着の星神たちの大いなる、禍々しき姿……。そして彼らはナローを自身と同格の相手と認め、戦闘を仕掛けてきた!

 これまでにない壮絶な戦いの末に、ナローは錬金術の深奥、『永劫』と『刹那』に同時に辿りつくという、最初の錬金術師アルケでも成し得なかった偉業を達成する。生成と消滅、それは同時に起こる。時空の歪曲が星神たちを引き裂くと、とうとうオリンポス山を覆っていた森は焦土と化し、兄・ユウにまで至る道が開けたのだった……。




【本編】



「ククク……よくぞここまで辿り着いたな、ナロー」

「その匂いは……勇者のユウ!?」

「もうちょっと他に判断材料があっただろ」


 オリンポス山の頂上も頂上。

 尖った岩の上に接地点四平方センチメートルの爪先立ちを見せ付けているのは、ここまでナローが追い求めてきた兄、ユウだった。


「助けに来たぜ……兄さん!」

「ククク……上位世界に一時帰還を果たした程度で、キャラクターの役割から逃れられたつもりか?」

「何ィ!?」

「自分のその右手を見てみるんだな!」

「こ、これは……」


 犬のように素直に自分の右手を見たナローは、その信じられない光景に愕然とした。


「ムダ毛が……一本も生えてない! 脱毛サロンに行ったみたいに!」

「ククク……。そのとおり。読み手によって要望された存在たちには基本的にムダ毛は生えないようにできているのさ。それがお前がいまだに役割から逃れられていない証だよ。動画広告で何度も現れる脱毛サロンの誘惑に負けて貯金と時間を切り崩したってわけじゃない限りな……。あとは薬局で脱毛クリームとかを買って小まめに手入れしてるってわけじゃない限りな……。あとはあのよくわからないお家で脱毛できる機械とか買ってない限りはな……。あれって実際効くのか? かなり気になってるぜ……」

「クッ、美容意識の違いを見せ付けてきやがって……」


 ナローは歯噛みする。

 やはり兄には敵わないのか!?(図1参照)



図1

  弟      兄

( ^ω^)<( ・∀・)

 こうなのだろうか?




「それに、ナロー。お前はどうするつもりで俺のところまで来たんだ?」

「どうするつもりで……?」

「物語を終わらせに来たんだろう?」

「終わらせに来た……?」

「自分を見失いすぎてるだろ」


 もちろん、ナローだって何の策もなくここまで来たわけではなかった。


「兄さんを殴って……まいったって言わせてみせるさ! そしてなんか地の文で『ざまぁしました』みたいな嘘を吐いている間にこっそり二人で上位世界に帰るんだ!」

「ククク……。五千年くらい待ってた弟の秘策が小学一年生レベルでちょっと泣きそう」

「何ィ!?」

「あとお前それ言っておけば自分の台詞のターンパスできると思ってるだろ」


 残念ながら、と言いながらユウは手袋を外した。これまで特に描写されてこなかっただけで最初からずっと手袋を嵌めていたのだ。けれど、本当にキャラクターの外形を描写することに意味なんてあるのだろうか。キャラクターとは発言や行動、その人格によって認識されるものではないのか……?


「その手は……!」

「ああ、ほぼタコだ」

「ほぼタコみたいな手だな!」

「今それは俺が言ったよな?」


 彼らの言うとおりだった。ユウが手袋を外したことで露わになったその手は、ほとんどタコそのものだったのである(図2参照)。



図2


 くコ:彡



「それは一体……」

「浸食だ。すでに身体がこの火星の地に馴染みつつあるのさ。……そしてテラフォーミング。未開の地の発展は超上位世界の読み手にとって垂涎ものの題材だ。これを行ったことによって俺の物語上の主人公値は10億5000万まで上昇……。ほとんどお前と同じほどになっている」

「ということは一体……」

「主人公値が同じなら、単純に実力の勝負になる。……弟が兄貴に勝てるわけがないだろ。上位世界に一度も帰還していない俺の精神も、ここらが限界だ。お前を相手にしたって、何の手加減もできない。終わりだよ。お前は、ここで俺に負けて死ぬんだ。馬鹿な奴だよなァ。一度上位世界に帰還できた時点で、俺のことなんか見捨てちまえばよかったのによ」


 彼は俯く。

 タコの手が、目尻を拭った。

 涙、一滴。乾いた大地へ浸みこんで、跡形もなく、消えていった。


「本当……馬鹿な奴」

「誰が馬鹿だ!!!! ムキーーーーッ!!!!!」

「もうちょっと言葉の裏を汲み取れよ」


 兄の冷酷な言葉に、それでもナローの心は折れなかった。

 勝負だ、と彼は言う。


「勝てるかどうかなんて……やってみないとわかんねーぜ!」

「ふん。なら好きにすればいいさ。無様に死ね、主人公」

「んじゃ始めっけ?」

「お願いします! 米倉五十郎さん(5102)!」

「最後まで付き合わせちまって悪いな……、米倉五十郎さん(5102)」


 わんわんわんわん!

 二人の闘気の高まりに、犬が興奮し、吠えたてている!


 二人が睨み合う。

 米倉五十郎(5102)がその間に立つ。手を振り上げる。そして、大きく息を吸って、


「はっけよーい……」


 吐いた。


「のこった!!」


「うぉおおおおおお!!!!」

「どぉおおおおおお!!!!」


 先手必勝だ!

 ナローはすかさずユウに突っ張りを繰り出す!


 ヌルヌルヌルヌル!!


「何ィ!? 軟体動物特有の身体の柔らかさが僕の突っ張りの衝撃を吸収してる!?」

「甘いぜ、ナロー!」

「のこったのこったのこった!」


 お返しとばかりにユウも突っ張りを繰り出した!


 ヌルヌルヌルヌル!!


「何ィ!? 軟体動物特有の身体の柔らかさのせいで俺の突っ張りの威力が無に!?」

「どんなもんだい!」

「のこったのこったのこった!」


 こうなったら真剣な取り組みしかない!

 お互いがっぷり四つで組み合った!


「こうなったら体重過多の僕の方が有利だぜ!!」

「それはどうかな!? 吸盤がある分俺の方がグリップ力は上だぜ!!」

「うぉおおおおおお!!!!」

「どぉおおおおおお!!!!」

「のこったのこったのこった!!」


 火星。

 オリンポス山。その頂上。神聖なるゲーミング土俵の上で彼らは汗を流して、戦った。


 いや、ひょっとすると……。

 戦った、という表現は、もう不適切なのかもしれない。


 ナローが押す。ユウが押される。

 ユウが振り回す。ナローが振り回される。


 犬と、米倉五十郎(5102)の声が響く中で、確かに彼らは、お互いの声を聞いた。


 ずっと昔の、幼い兄弟の声。



――――兄さん!

――――なんだよ。

――――兄さんは、悪者なんかにならないよ!

――――お前は、いつも人の話を……

――――だって、兄さんは、僕の兄さんだもん!

――――っ!

――――それに、兄さんが悪者をやってくれるなら、僕は正義の味方だよね?

――――っああ。そうだな。

――――だったら、そのときは僕が助けに行くよ! 兄さんのことを、僕が!

――――……ほんと、お前って……。

――――?

――――ほんと、馬鹿な奴。



 気付けば、ユウは笑っていた。

 ユウだけではない。


 ナローも。

 米倉五十郎(5102)も。

 犬も。


 身体と身体のぶつかり合いの中で、物語を覆っていた憎しみが昇華されてゆく……。真っ白な煙となって上っていったそれは、空で入道雲になった。


 夏の雨。

 この火星に降る、初めての雨。


 びしょ濡れになって、前髪を額に張り付かせて、それでも彼らは笑い合って、相撲を取っていた。


 やがてそのゴリラ豪雨も上がる。

 火星に、誰も見たことのない虹がかかる。



「やったな!? 兄さん!」

「ハハハ! ぼーっとしてる奴が悪いんだよ!」

「のこったのこったのこった!」

「わっふっふ!」



 そんなことも関係ないくらい、彼らは懸命に相撲を取っていた。

 それはもう、主人公の復讐なんて、真剣な光景ではなかったかもしれないけれど。


 でもきっと――――それでもきっと、構わない。


 ハッピーエンドの形は。

 物語の形は。




 この世界にたった一つなんかでは、決してないのだから。




【第七章:two of us――――】(エラーコード:101)

【第七章:two of――――】(エラーコード:101)

【第七章:two――――】(エラーコード:101)

【第七章:――――】(エラーコード:101)

【第七章:alone――――】(エラーコード:101)

【第七章:not alone――――】(エラーコード:101)



【第七章:We're not alone――――了】

【NEXT:Epilogue】




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