【第六章:火星の猿】
【第六章:火星の猿】
【これまでのあらすじ】
死からの覚醒――――錬金術師としての真の力とともに再び目を覚ましたナローの眼前に広がっていたのは、ポスト・ゴリラ・アポカリプス……。すでに荒廃し切った世界の姿だった。『ゴリラ・ハンターズ』はすでに壊滅。マウンテンゴリラが闊歩する世界で人類は地下に潜り、レジスタンスとしてかろうじて生存していた。「……ナロー?」「康子!?」愛する人との再会。ナローは覚醒した力を使って康子と共闘。このポスト・ゴリラ・アポカリプスの世界で人類の勢力圏を確保することに成功する。
ユウがすでにこの星を出たという情報を掴んだナローは、錬金術と人類の労働力を用いてロケット建設を成し遂げる。「康子。僕らがこの星を出る同着二位の人類だ」「ごめんなさい……アタイは一緒には行けない」「何ィ!?」「歯医者の予約……このあと午後三時からなの。なんで歯医者っていつも予約あんなにパンパンなんだろうね……」二人を引き裂く悲しい運命。「必ず君のところに戻ってくる」「それまでに歯の詰め物をちゃんとしてもらっておくわ。……キスしたときに、いかにも治療中の歯医者の匂いがしないようにね」それでも、人類はずっと、約束をして生きてきた。
ナロー、宇宙へ。
単独フライトに伴う苦難は著しい。うっかり船外作業中にスペースデブリの直撃を受け命綱が切断、五千年間をたった一人で彷徨うなどのハプニングに襲われつつ、なんとか火星に到着することができた。ユウはオリンポス山の頂上にいる……。グズグズしている暇はない。気の狂った登山計画を立て、不眠不休でユウを目指したナローだったが、突如その道行く先にジャングルが立ち塞がった。なぜ火星にジャングルが……? 不審に思った彼は、急遽そのジャングルの手前でビバークすることに決めたのだった。
【本編】
「ようし! せっかく火星に来たんだから火星のグルメを堪能するか!」
料理と錬金術はよく似ている。
そのことに、ナローは気付きつつあった。レシピの模索、正しい手順の確立、鍋に材料を適当に突っ込んだら皿ごと出てくるお手軽システム……。
「まずは森のチーズと呼ばれるチーズケーキを採取するぞ!」
ナローはざくざくと森に踏み入っった。そこにいたのは猿の群れ! しかしポスト・ゴリラ・アポカリプスを生き抜いた英雄である彼にとって、マウンテンゴリラ以外の猿がどれほどの脅威になるというのだろう。一睨みで彼らを黙らせると、チーズケーキの成る木まで一直線に進んでいった。
しかし、そこで彼は立ち止まる。
「これは……? 何か妙だな」
「ウキーウッキッキー(お気づきになられましたか)」
「君は……?」
遠巻きにナローを取り囲んでいた猿の群れから、一匹の長白髭の長老猿が歩み出てきた。
彼は、ナローに語り掛ける。
「ウキキ(我らはオリンポス山の中腹で土くれの中からチーズを取り出して貪るだけのごく静かな部族の猿でした。しかしある日、勇者を名乗るあの男が現れ、森の生態系を変えてしまったのです。今では食物は食物以外の意味を持つようになってしまいました。スウィーツ革命。味、栄養価……それよりも見た目が重視されるようになってしまった。彼に影響された堕天猿たちは次々と森の食物に品種改良を加えてしまったのです。もはやこれらのチーズケーキたちに栄養はなく、我らの飢えを満たすことはできません。どうか、外つ星から降り立った錬金術師よ。もう一度森を作り変え、我らを救ってはくださいませんか)」
その言葉を聞くや、深く深く、ナローは頷いた。
「猿語だから何言ってんのかわっかんねえや! 出前でも頼も!」
【第六章:火星の猿――――了】
【To Be Continued……】