【第五章:輝ける夜の祈り ~最終連結地点ステラ・パルメテウス~】
【第五章:輝ける夜の祈り ~最終連結地点ステラ・パルメテウス~】
【これまでのあらすじ】
「ねえ僕ら、どこまで幸せになれるんだろうねえ」
「馬鹿だな、ナローは。俺たちはここが一番幸せな場所なんだよ」
「えぇ? そうなのかなあ」
「そうだよ。父さんと母さんがいて、羊も馬も、草も、大地も……。こんなに幸せな時間は、もうこの先ずっとないんだ」
「な……なんだよう! 兄さんのイジワル! どうしてそんなこと言うんだ!」
「事実だからだよ。……いいか、ナロー。よく聞け」
「な、なに?」
「俺たちはいつか、憎しみ合う運命にあるんだ」
「運命……」
「そう。いつか俺たちは、ここで兄弟として過ごしたことを忘れて殺し合う運命にあるんだ」
「そんなのやだよ!」
「当たり前だ。俺だって嫌だ。……でも、避けられない。だからナロー。覚えておけ」
「……何を?」
「悪者は、俺がやる。いいか、それだけは、俺は絶対に譲らない。……弟を犠牲にする兄貴なんて、カッコ悪すぎるもんな」
「――――ユウ、兄さん」
炸裂によって死の縁に落ちたナローは、そんな淡い夢の後に目を覚ました。
【本編】
ここはどこなんだ? ナローは辺りを見回す。
するとそこに、マウンテンゴリラの少女が立っていた。
「おかえりなさい。羊飼いの弟・ナロー。ここはあなたがこれまでいたよりも一つ上の次元……。メタ認知の世界です」
「メタ認知?」
「そう。……本来、あなたやユウがいた世界です」
マウンテンゴリラの少女は、あまり癖のない清楚なヒロインキャラを演じる新人声優にありがちな声音で語った。
「このメタ認知の世界から人々はキャラクターとして下位次元に送り込まれることになっています。本来の自己とは別のキャラクターとして属性を与えられ……」
「なんで?」
「そういう設定だからです……」
「なるほど」
「あなたとユウの二人は、主人公と、それを虐げる勇者として下位次元のキャラクターを規定されました。……さらに上位次元にある人々が、それを望んだからです」
「そんな……」
ナローは震えた。そのとき、いつの間にか自分の腹の肉がそれほど震えなくなっていることに気付いた。自分の身体を見下ろす。これは……若かりし頃の肉体。精神としての姿。二十を超えると肉体ばかりが年老いていってまるで精神の実感がついてこない、そういう加齢にまつわる悲しい真実が、目に見える形で彼の前に提示されていた……。
「それじゃあ、さらに上位次元にある人々が、僕達が憎しみ合うことを、殺し合うことを期待していたってことか……」
「そうです。おにぎり投擲バトルも、残虐なシーンが見たいから。通貨偽造罪による逮捕も、ピンチが見たいから。そして異様な数のマウンテンゴリラは、横文字の名前でキラキラした容姿のキャラクターが大量に出てきても普通に情報量が多すぎて覚えられないから……」
「そんな……全部、全部読み手の要望のせいだったっていうのか!」
「そうです。全ては読み手の欲望が生み出した悪夢だったのです。下位世界でのあなたの人生は、すべて読み手の欲望のせい……全部読み手が悪い。読み手が……」
この人生が。
ついさっきまで、自分の手でコントロールしているはずだと思ってきた、己の生が。
ただの人の欲望に合わせたものに過ぎないと聞いて……ナローは。
「でも……よかった」
ナローは……笑った。
「僕が死んで、それでハッピーエンドだよな。主人公が死ぬか、敵が死ぬかしなければ、物語は終わらない。……康子が、僕を殺してくれたから。僕は、兄さんを殺さずに済んだんだ。……愛してるぜ、セニョリータ」
「ナロー……」
マウンテンゴリラの少女が、ナローの手を握った。
「諦めてはなりません」
「ぐわァああああああーーーーーーッ!!! 手が千切れるゥーーーーッ!!!」
ゴリラに特有の、推定500kg~1t程度の握力で――。
「ユウはまだ下位次元に取り込まれたままです。このままでは彼の精神は汚染され、完全に別存在として魂をすりつぶされてしまう」
「ぐわァああああああーーーーーーッ!!!」
「ここは『最終連結地点ステラ・パルメテウス』――。アーケードゲームで言う『Continue?』の場です」
「ぐわァああああああーーーーーーッ!!!」
「もう一度、下位次元に戻るのです。そして、物語の結末を変えて。あなたの兄を……私の恋人、ユウを助けて! ナロー!」
「ぐわァああああああーーーーーーッ!!! 助けてェーーーーッ!!!」
ぎゅうっ、と少女の手に力が込められた。
ナローの手首から先は完全に消失した。――――無。それは完全な無だった。ぶるり、とナローは身震いをした。これが、本当の死――――。魂ごとすりつぶされようとしているユウの苦しみは、いかほどのものなのだろう。
「わかった。けど、僕の下位次元での肉体は剣道に負けて爆発してしまったんだ。それで一体、どうすれば……」
「ナロー。思い出して。あなたは主人公なのです」
ハッ、とナローは顔を上げた。頭の上に電球が出た。
主人公。それは……、
「死してなお、蘇る……!」
「そうです。ヒーローは二度死ぬ。作中設定によっては三回以上死ぬ。……死して覚醒し、蘇るのです」
「つまり、この場所で精神的な葛藤を乗り越えればいいんだな!」
「それだけでは不十分です!」
「何ィ!?」
「いまどきは単に精神的な葛藤を地の文で解消したとしてもコミカライズしたときの絵面が微妙なので人気が出ません! 読み手の求めていないことは作中世界ではできないようになっているのです! 精神的な葛藤を視覚化した具体的な脅威との対峙によって覚醒するしかありません!」
「何ィ!?」
ぱちん、と少女が指を鳴らすと、後方から少女よりも二回りでかいマウンテンゴリラが入場してきた。
「マウンテンゴリラと……相撲を取ってもらいます。これしかあなたが蘇る道はありません」
「これが、読み手が一番求めている展開だってことか……!」
「そのとおり。読み手が悪い、読み手が……」
「ウホ」
にっ、とナローは口の端を釣り上げた。
「面白い……やってやろうじゃねえか……!」
空から大量の光線が降り注ぎ、計1680万色の色彩で構成されたゲーミング土俵が浮かび上がる。
東、錬金術師、主人公、ナロー。
西、元ヘヴィ級ボクサー、現横綱、マウンテンゴリラ。
睨み合う二人の間に、少女が立った。
「はっけよーい……!」
お互いの尻が突き上がる。
「のこった!!」
「うぉおおおおおお!!!!」
先手必勝だ!
ナローはすかさずマウンテンゴリラに突っ張りを繰り出す!
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
「何ィ!? ボクサー染みた動体視力と反応速度によって全部避けられただと!?」
「のこったのこったのこった!」
お返しとばかりにマウンテンゴリラも突っ張りを繰り出した!
パンパンパンパンパン!
「ぐわァああああああーーーーーーッ!!!
「のこったのこったのこった!」
だけどさすがは主人公! ナローも負けていないぞ! 全身の骨を砕かれながらもさらに突っ張りを繰り出した!!
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
「何ィ!? ボクサー染みた動体視力と反応速度によって全部避けられただと!?」
「のこったのこったのこった!」
お返しとばかりにマウンテンゴリラも突っ張りを繰り出した!
パンパンパンパンパン!
「ぐわァああああああーーーーーーッ!!!
「のこったのこったのこった!」
飛び散る汗。
全部抜けた前歯。
輝ける光景の中で、それでもナローは、笑った。
――――見てるかい、兄さん?
――――僕は、大きくなったよ。
――――マウンテンゴリラと相撲をとれるくらい、大きくなったんだ……。
【第五章:輝ける夜の祈り ~最終連結地点ステラ・パルメテウス~――――了】
【To Be Continued……】