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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2020

駅のポスターコンテスト

 パソコンの画面に浮かぶタイトルと、ポスターの挿し絵に、しばし固まった渡辺さん。彼女はアパートの扉を開いた勢いに任せて、駅へと向かった。

「ねえ、どうして」

 夏に開催される駅のポスターコンテスト。テーマはホラー。毎週人気投票が行われ、優秀作が掲示される。早くも四回目を迎えたイベントは駅の風物詩となっている。

 今月のグランプリを授賞した作品は、誰もいない駅で遊ぶ血みどろの男の子を題材にしたものだった。構内の一角には、ポスターに魅せられた客が足を止め、感心した様子で鑑賞していく。

 少し離れた場所に掲示された入賞作品には、あまり人だかりはできていない。やはりグランプリが目立つのは仕方のないことだ。

 問題なのは、

「また、D、あなたなのね」

 肩を落とす渡辺さん。入賞作品の中に、鮮血にまみれた少女がポツンと駅で佇む様子が描かれている。渡辺さん渾身の力作だった。

 前年も同じことが起きた。イベントの常連である渡辺さんの作品は、愛好者も少なくない。

 ある日その中の一人が、

「これ渡辺さんの作品に似とる」

 と呟いた。

 閉じこめられた列車で、シートに泣きつき途方に暮れる少女を、青白い手が包みこむ構図で入賞した渡辺さん。そのときのグランプリをさらったのが、紛れもないDであった。

「グランプリを獲得できるなんて、思いもよりませんでした。とても嬉しいです。テーマがホラーと決まっているから、すらすらと筆が進みました」

 Dは受賞後のコメント欄に喜びの声を寄せた。

 Dの作品は、蹲る少年の肩に、黒い悪魔の手がかかり、列車のシートに押さえつけている。

 少女が赤い座席にもたれる姿と、少年がふさぎこむ姿は瓜二つ。鋭く伸びる悪魔の手が根元から霞がかってぼやけている有り様もそっくりだった。

 ファンは抗議の電話を駅のイベント担当者にしたけれど、偶然モチーフが重なっただけだと一蹴されてしまった。

 今日もパソコンの前で授賞作品速報がアップされるやいなや、渡辺さんは背筋がぞっとした。

 ネット上でも、

「またやられた」

「渡辺さんのパクリやぞ」

「嫌なやつやな」

 物議が巻き起こった。

「警察に連絡した方がええんちゃうか」

 心配の声も上がったけれど、ただの偏狭駅に過ぎない田舎町での盗作行為に、当局が捜査に乗り出すとは、渡辺さん含む誰もが想像できなかった。

 とはいえ怒りの感情は禁じ得ない渡辺さん。早速こうして駅の実物と対峙している。握った拳は震え、噛み締めた唇の端にはうっすらと血が滲む。

 イベントが開催されて以来、欠かさず出展してきた渡辺さん。かつて二度のグランプリに輝いたことは、駅へ訪れる人々の記憶に新しい。

 アパートへ戻り、机に腰を落とすと、案の定ネットはヒートアップしていた。

「あぴ:どう考えても盗作やん。前年もそうだったし」

「キーラ:おい、D、見てるんやろ、出てこいや」

「MOMOMO:そういうあんたがDなんやないの」

「キーラ:なんぞ?喧嘩うっとるんかいなワレ」

 殺伐としたチャットは、渡辺さんの盗作問題を離れて、寧ろ誹謗中傷の嵐が運営に警告されかねない。

 ハラハラとチャットの行く末を追っていた渡辺さんだが、次第に会話の流れがうねり出した。

「キーラ:ああもうMOMOMOはムシ。しかしDってやつはホンマ何がしたいん、どうやって渡辺さんのモチーフを真似るんやろ」

「あぴ:渡辺さんの家に潜んでるとか」

「キーラ:うわあ、ちょっと今鳥肌たったわ。やめてー」

「MOMOMO:渡辺さんがDをパクってるんじゃないの。信者が揃って騙されてやんの草」

「キーラ:もう堪忍できへん、MOMOMOのIP特定したろか」

「MOMOMO:やれるもんならやってみろ、このエセ関西」

「あぴ:でもDの作品も悪くないよな、その、弁解するつもりないけど、渡辺さんのモチーフをより洗練させたような」

「キーラ:あぴeeeeee!お前までどうしたんや。狂ってしもーたんか」

「MOMOMO:狂ってんのはお前だけ、テ、キーラ、ショットで煽ったか」

「キーラ:あかん、疲れた、サヨナラ」

 それっきり時が止まってしまったタブを閉じる。再びDの作品と、自分の作品を見比べる渡辺さん。

「確かにDの作品は悪くない、もしかすると私よりも」

 出かかった言葉を咄嗟に飲み込み、渡辺さんは咳をした。Dの色彩感覚や、構図の取り方、キャラクターの個性が遺憾なく発揮されている作品を前にすると、渡辺さんの作品は下位互換と称されることは否めない。

 頬を叩いて気合いを入れた渡辺さんは、来る翌年のイベントへ向けて、直ちに準備を開始した。

 誰もが驚くようなポスターを作ってみせると意気込む渡辺さんの目は輝きを取り戻していた。

 秋になっても、雪がちらつく冬が訪れても、渡辺さんは爪に詰まった油絵の具が石鹸で落とせなくなるほど懸命に描き続けた。

 初めはDに対しての怒りに背中を押されていたが、次々と作品を生み出すにつれて、久しく忘れていたポスターを描く楽しさを噛み締めることができた。

 春を迎えるころには、モチーフや構図が定まり、オリジナリティーとメッセージ性を融合させたポスターが、完成の日を間近に控えていた。

 桜の花びらが散って、また新たな夏がやってきた。

 一年間の渡辺さんの努力が報われる日がやってきたのだ。ところが、

「ねえ、なぜなのよ」

 膝からくずおれた渡辺さんに、駅を行き交う人々から好奇の眼差しが注がれる。

 線路への置き石をする少年の隣には同じく置き石をする少年、そしてその隣にも、永遠と続く少年たちの列、すなわち模倣犯を描いた。

 特異な構図として、少年たち模倣犯を描く渡辺さん自身の姿をポスターに収め、第三者の視点を強調し、盗作に対するプロパガンダを暗に意味した作品は、準グランプリに輝いた。

 そして構内で最も目立つ、時計台の下には、グランプリを獲った作品、言うまでもない、Dのポスターが掲示されていた。

 子どもたちによって積み重ねられた石。脱線した銀色の車体が、踏み切りをなぎ倒し、人々が逃げ惑う姿は、地獄そのものを目の当たりにしているような衝撃を観客に与えた。

 さらに地獄絵図を描く男の背中がポスターの枠に収まっている。置き石を作品に織り込んだのは、渡辺さんとDの二人だけであり、第三者視点の構図も一致している。

 渡辺さんもDの作品に思わず心奪われて立ち尽くしてしまったほどだ。これでは逆に盗作を疑われるのも無理はない。

 左右にふらりと揺れながら帰宅した渡辺さんを、絶望の淵に突き落としたのは、あろうことかかつてのファンたちだった。

「あぴ:渡辺さん、残念だったな」

「キーラ:そうやな」

「MOMOMO:圧倒的にDの勝利、おめおめ。渡辺信者よ認めなさい、やつこそ真の盗作者だと」

「キーラ:そうやな」

「あぴ:おい、キーラお前。と言いたいところだけど、そうかも知れないね」

「MOMOMO:え、まじ?煽ってただけなんだけど、まあいっか」

 気づいたときにはパソコンは砕け、床に散らばっていた。

「許さない」

 瞳に宿っていた一縷の光は、おもむろに輝きを失い、ついに渡辺さんの水晶体は、夜の闇よりも深い漆黒に塗り潰された。

 再び駅へと向かった渡辺さん。自分の作品の前で佇む、無精髭の男がニヤニヤと笑っている。ポスターの前を通り過ぎる客たちが、渡辺さんを見て笑う。

「あ、盗作の渡辺さんだ」

「本当だ、そこまでしてグランプリを獲りたいか」

「イベントに参加するな、この真似人間め」

 電話をする女も、楽しげに会話するカップルも、駅にいる全員が渡辺さんを揶揄している。駅の職員も、運転士もバカにしている。構内アナウンスだってきっと。

「なぜみんな笑うの」

 渡辺さんはキッチンから持ってきた包丁をバッグから取り出す。

「きゃああああ!」

「助けてくれぇえ」

「逃げろー!」

 銀色の切っ先が渡辺さんの黒く濡れた瞳を映した刹那、包丁からほとばしる血糊は、ポスターも、改札も、ホームも、あっという間に汚してしまった。

 ちょうど時を同じくして、都心の某所。

「今回の我々の発明は、AIの学習能力の向上に関するものです。試みとして、AIに予め情報をインプットします」

 スーツの男が、パワーポイント上に並べた二つの絵を示した。

「これはとある駅のイベントの過去の優秀作です。我々はまずAIに、優秀作を覚えこませました。そして翌年にはAIの作品が見事グランプリに選出されました」

 暗いドーム型の会場がどよめく。

 パワーポイントには、蹲る少年の肩に、黒い悪魔の手がかかり、列車のシートに押さえつけている絵が写し出されている。

「これはAIが描いたのですか」

「はい。インプットした情報を元に、真っ白な紙に描き起こしたものです。他にもコンテストのチャットや、評価の情報もAIに与えました。AIは動向を予測し、流行りを掴むこともできるのです」

「それは偶然ではないのですか。AIが人間を越えるなんてあり得ない」

「信じられないと思いますが、実際に今年も再び栄冠を手にすることができたのです。我々の開発したAIにかかれば、未来など掌の上なのです」

 スーツの男が礼をすると、会場はスタンディングオベーションで包まれ、研究発表は大成功で幕を下ろした。

 ホールの外でスーツの男がコーヒーを飲んでいると、

「いやあ、あなたの発表は素晴らしかった」

 有名な教授が声をかけてきた。

 スーツの男は立ち上がり、握手を交わす。

「ありがとうございます、お褒めに預かり光栄です」

「しかしどうだろう、是非AIの作品を拝見したいんだが」

「つまり、新作と言うことですね」

 パソコンを開き、画面のボタンをスーツの男は一度クリックした。沈黙が流れる。

「あのう、作品はどのようにして」

「たった今ご覧に入れました。ボタン一つで作れます。しばしお待ちを」

 教授は驚いて言葉が出てこない。

 二人はコーヒーを飲みながら待っていると、小気味良い電子音が鳴った。完成の合図だ。

「どれどれ、あれ、おかしいな」

 出てきた画像をためつすがめつ確認しているスーツの男は慌てている。

「どうしました?」

 心配になった教授は、身を乗り出す。

「いやあ、まさか故障はしていないはずです。ちゃんと正常にバッチファイルが作動していますから。はてさてどうしたものか」

 描かれたAIの新作は、画面いっぱいが真っ赤に染まっていた。そしてコンテストが次年度から開催されなくなったことを予見するかのように、AIはそれっきり動かないという。(了)


真似されるのは悪いことじゃない

実力を認められてる証だから

どうせなら真似できないものを描いてぎゃふんと言わせよう

それか上位互換を描いて黙らせよう


真似をしている間に、オリジナルはどんどん成長していくよ!


負けるな人間、AIなんてやっつけちゃおう

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