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4話 ノモレギウスの討伐

 昼過ぎ。ここは中央(セントラル)のとある大通りに隣接する、冒険者ギルド支部。

 大抵の依頼は朝に受注されるため、今はそれほど冒険者の姿はない。


「――それでは、この契約書にサインをお願いします」


 そのロビー。受付嬢に渡された書類に、アルスとソフィーは目を通していた。


「いやあ、これでアルスさんとパーティを組めるんですねっ!」


 隣にいるソフィーが、パーティ契約書を見て嬉しそうに笑う。


「確認しとくが、本当に大丈夫なのか? 討伐依頼なんて、命を危険に晒すだけだぞ」


「大丈夫ですよっ。私も見ての通り、冒険者ですからっ! 多少の危険は理解してます」


 アルスの忠告に、ソフィーはやはり自信満々に答える。

 まあたしかに、動きやすさに特化した彼女の格好は、冒険者のそれではあるが。

 妙に平和ボケしたようなその笑顔に、アルスは若干の不安を感じた。


「はぁ……、本当に大丈夫かねぇ……」


 ここまで至った経緯を、説明しよう。


 俺達の貧乏事情を知ったソフィーが、自分と共に討伐依頼を受けようと言ってきた。

 俺は嫌がったが、シャルミィに「行くよな?」と釘を刺され、しぶしぶ受注することに。

 一人では受注できない討伐依頼を受けるために、冒険者ギルドに来た俺とソフィーは、まずパーティを結成するためのパーティ契約書を届け出に来た、というところだ。


 パーティ契約書とは、依頼を複数人で受注すること、受注者の報酬の分配方法、死傷者が出た際に負う各人の責任などを確認・決定するために必要な書類である。


 アルスとシャルミィは書面を一覧すると、自らの名前を書き込んでいく。

 「アルス・ベルスト」、そして「ソフィー」と。


「ふふっ、なんだかこれ、婚約届みたいですねっ」


「……言ってろ、馬鹿が」


 おかしそうに笑うソフィーを横目に、アルスは興味なさげに目を逸らす。

 ここで動揺でも見せれば、こいつがまたからかってきそうで面倒くさい。

 契約書が受理されると、二人は掲示板の前に移動し、討伐依頼を探した。


「マシな依頼が残ってるといいがな」


「そうですね。どれにしましょうかね~…………、――――――っっ」


 その時、掲示板を眺めていたソフィーの目が、見開かれた。


 顔には汗が伝い、何に対してかはわからないが、明らかに動揺しているようだ。


「…………どうした?」


 アルスが声をかけると、ソフィーは慌てて取り繕うように、いつものように笑った。


「いえっ、何でもありませんよ。さて、どれにしましょうかっ」


「……?」


 アルスは不審に思いつつも、まあいいかと掲示板に視線を戻した。


 するとそこに丁度、自分に適している討伐依頼を発見した。


「……! 『ノモレギウスの群れの討伐』―――――これだ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 一時間後、アルス達はとある農村の外れにある、大きな森の前にやってきていた。

 そこは中央(セントラル)からあまり離れてはいない農村で、中央からの馬車に乗ってきたのだ。

 中央(セントラル)発の交通手段は発達しており、他にも小型飛行船や竜人族の手なずける飛竜などもあるが、生憎料金が張るため、アルスは馬車を利用してるのだった。


「ここが、ノモレギウスの住処、ですか?」


「ああ、そうだ。奴らは群れをなすと厄介になる。合図を出すまで、そこから動くなよ」


 アルスは答えながら、ソフィーよりもさらに前へ前へと進む。


 今回の依頼は、ノモレギウスの群れの討伐。この森に住み着みついてしまった凶暴な集団性動物を全て退治することが任務となる。

 立ち位置としては、俺が標的を狩る前衛。援護・治療役を申し出たソフィーが後衛だ。

 複数で挑む討伐依頼では、緊急時の治療や避難を専業とする冒険者も少なくない。彼らは支援者(サポーター)と呼ばれ、ソフィーが申し出たのもその役回りだった。


「それじゃあ、始めるぞ」


 アルスは森の入り口まで来ると、指を咥え、キュイっと笛を吹く。

 それは、ノモレギウスが仲間を呼ぶときに発する鳴き声の真似だった。

 しだいに、生い茂った草がガサガサ音を立てると、それは森から姿を現した。


「キュイィ!」


 人間の三分の一ほどの大きさをした個体が十数匹ほど、一気に飛び出してくる。

 ノモレギウスという小型動物。爬虫類のような目とオレンジの鱗、尻尾と鋭い爪、出張った顎と牙を持つその姿は、はるか古代に存在したとされる恐竜(ダイナソー)を彷彿とさせる。


「騙して悪いが、一気に狩らせてもらうぞ」


 アルスは腰から刃物を取り出し、両手に構える。それは黒く短い、二本のナイフだ。

 そして、身をかがめ素早く跳躍すると、一匹の個体の前に飛び込む。


「ギュイッ!?」


 瞬く間に、黒いナイフがその首を切り裂き、小さな血しぶきを上げた。

 先の笛が仲間の呼び声ではないと気づいた別の個体が、アルスを視認する。

 だが、次の瞬間、アルスはその個体の目の前までやって来ていた。


「気づくのが遅かったな」


 鋭い音と共に、二匹目の喉をナイフが切り裂いた。


「キュッ、キュイィィィィィィィッ!!」


 別の個体が、甲高く鳴き声を上げる。仲間を呼び出すための鳴き声だ。


「そうだ。どんどん呼んでくれよ、お前の仲間を――――」


 アルスは素早い身のこなしで移動すると、次々とノモレギウスを切り伏せていく。


 ノモレギウスは単体にそこまで力はないが、一度大群が集まってしまえば脅威となる。

 例えば剣士なら、四方八方から一斉に攻撃してくる彼らに苦戦していただろう。

 しかし、アルスのスタイルは速攻。この程度の群れであれば、素早い動きで翻弄し、一斉攻撃する的を絞らせぬまま、蹂躙することができる。


 最初の群れを全て切り伏せると、茂みから次の群れが姿を現す。

 その群れも同じように、素早い動きであっという間に全滅させる。

 そしてまた、鳴き声を聞きつけてきた群れを蹂躙し、それを繰り返す。


「……すごい……」


 その凄まじい光景を見て、ソフィーは思わずそんな声を上げた。

 それは戦いというよりも、一方的な狩り。いや、もはや作業とも呼べるかもしれない。


 そう、依頼遂行(クエスト)は作業でなければならない。それは、アルス自身の信条でもあった。

 この世界に回復魔法はない。致命傷を負った時点で、それは死を意味する。

 実力を過信した冒険者は死に、小さなリスクでさえ、下手をすれば死に直結する。

 だから成功率の低い依頼は避け、一番有効な戦略を徹底しなければならない。

 たとえそれが、どれほど非冒険的で、つまらないものだったとしても。


「ギュイイイィッ」


 か細い断末魔を上げ、群れの最後の一匹が地に伏せる。

 そして、森は静けさを増し、先程のように次の群れが飛び出してくることはなかった。

 それを見たソフィーはほっと胸を撫で下ろし、笑ってアルスの元へ駆け出した。


「アルスさん、やりましたね! これで報酬もいただけま――――――」


「っっ――、馬鹿っ! 動くなって言っただろ!」


「えっ……!?」


 緊迫したアルスの声に、ソフィーは困惑する。


 途端、静かだった森が、突然ガサガサと音を立て始める。

 その音の発生源は、茂みではなく、その上。木の上からだった。


「キュイィィッ!」


 次の瞬間、木の葉だまりの中から、ノモレギウスの群れが飛び出してきた。

 アルスではなく、今度はソフィーに向かって。


「しまっ――――」


 着地したノモレギウスたちは、鳴きながらソフィーとの距離を詰めていく。


「ひっ――――」


 ソフィーは自分に近づいてくる群れを見て青ざめる。そして、


「いやあああああああああああああっっ!!」


 大きな悲鳴を上げて、森の中へと走り出した。


「あっ、おい!」


 森の中へと走っていくソフィーの後を、ノモレギウスたちが追い始める。

 アルスは舌打ちをすると、さらにその後について森の中へと走っていった。


「まずい……!」


 このままではソフィーの身が危ない。さらにアルスたちは今、森の中に入ってしまった。

 それは、敵の本拠地に自ら踏み入ってしまったことを意味していた。


「いやああっ! 来ないでぇ!」


 群れから必死に逃げながら、涙目になったソフィーが叫ぶ。


「全力で走れ! 俺が追いつくまで何とか耐えろ!」


「来ないでってばぁ! 火竜の灯火よ、我が敵を撃ち払え! 〈火炎球(ファイアー・ボール)〉!」


 その時、彼女の手に現れた赤い魔方陣から、大きな火球が放たれる。

 炎属性魔法。その魔法は簡易的ながらも、一切の波長の乱れのない見事なものだった。

 

 だが、慌てて放ったその火球は、群れの頭の上を綺麗に通り抜けると、


「うおおおっ!?」


 咄嗟に跳躍したアルスが、さっきまで立っていた地面に着弾した。


「あっぶねぇな! どこ狙ってんだあの女!」


 火球を避けたせいで、さらに距離が離されてしまった。――――かと思えば、

 ソフィーを追っていたノモレギウスたちは、突然左右に散会し、森の茂みに姿を消した。


「…………!?」


 ノモレギウスたちの奇行に、アルスは困惑する。

 

 そしてその先、ソフィーは息を切らしたように足を遅め、しだいに立ち止まる。

 膝に手を着き、肩で息をしながら、彼女は後ろを振り返った。


「はぁ……はぁ…………あれ……?」


 そこにノモレギウス達の姿はなく、見えたのは彼女に追いついてきたアルスだけだ。


「おい、大丈夫か!」


「アルスさん……大丈夫です。でも、ノモレギウスたちは……?」


「わからねえ、いきなり姿を消して――――」


 そう言いながら周囲を見渡したアルスは、気づいた。

 彼らの止まったおの場所が、木々のまばらな、開けた空間だということ。

 そして自分たちが、誘い込まれたのだということに。


 次の瞬間、周りの茂みがザワザワと音を出して揺れ始めた。


「「「キュイ」」」


 そこから姿を現したのは、ノモレギウスの群れ。その数は四十、いや、五十匹以上。

 膨大な数のノモレギウスたちに、二人は囲まれていた。

 青ざめるソフィーの隣で、アルスは戦慄した表情でゆっくりと口を開いた。


「に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 二人は元来た道に向かって、全速力で逃げ出したのだった。

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