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2話 元勇者とダークエルフ

「――これからお前は勇者となるのだ。アルス」


 俺の存在が「勇者」として確立したのは、五歳の頃、教会の総統――マグル・ランシーという老人にそう告げられた時だった。

やがて誕生する魔王。俺はそれを倒す勇者としての才能を見込まれたのだという。

親もなく、物心付く前から教会で養育された俺は、その言葉に何の疑問も抱かなかった。

世界を脅かす魔王を倒し、人々を幸せにできる――――そう聞いた俺は、


「わかった。ぼくがやるよ」


 目を輝かせて、そう言った。


 それから一年間、厳しい修行を積んで、俺は聖剣〈白き方舟(ヴァイス・アルヒェ)〉の具現化に成功した。

 そして、ほぼ同時期に魔王が誕生し、各地を攻めては世界を脅かすようになった。

 俺と教会は魔王の住処を突き止めるべく、世界を巡る旅に出た。

 魔王は生物の「悪意」を操った。意思の疎通ができない魔物、さらには魔王に洗脳された人間や亜人たちまでもが俺たちの前に立ちはだかった。

 俺はそんな人々を、容赦なく切り伏せた。

 可哀想だが、仕方ないと思った。多くの人々を幸せにするために必要なことだと思った。

 そして、二年の旅の末、ついに魔王を倒し、世界に平和を取り戻した。


 

 旅を終え、俺と教会は中央(セントラル)へと帰ってきた。

 城門を越え、その先で迎えてくれる民衆に、賞賛されるのだろうと期待していた。

 だが、贈られてきたのは、賞賛の言葉などではなかった。


「……え……?」

 

 溢れんばかりの怒号、罵声、非難。

 人殺し――鬼畜――偽善者。怒りや悲しみを含んだ民衆の声が、耳によく届いた。

 魔王によって多くの人が死んだ。それと同時に、俺も多くの命を奪っていた。

 人殺しの勇者が非難されるのは、当然だった。

 

 教会に帰った後も、俺はとてつもなく動揺していた。


「お前は間違ったことはしていない。全ては必要な犠牲なのだ」

 

 マグルの言葉に、俺はきっとそのはずだ、と(すが)ることしかできなかった。

 俺の頭に描いた勇者像は、だんだんと崩れかけてきていた。



「――この男を始末するのだ。我々にとって少々危険な存在になりうる」

 

 魔王を倒した週数間後、マグルから渡されたものは、一人の男の似顔絵だった。

 中央に潜伏する反教会勢力が、勇者への不信感もあり、力をつけているのだという。

 その勢力の長たる男を、誰にも見つかることなく殺せということだった。


「え……?」

 

 俺は困惑した。なぜならそれは、唐突な暗殺指令だったからだ。

 人々を幸せにする勇者が、なぜ人を殺さなければならないのか、理解できなかった。

 魔王討伐のために、すでにたくさんの人の命を奪ったというのに。

 だが幼い俺は、拙い勇者像に縋り、マグルの言葉を信じることしかできなかった。

 

 命令に従い、目標の屋敷の中で、俺は男を斬った。

 いやだ、死にたくない――――。必死で悶える男を見て、俺は戦慄した。

 同行していた教会構成員に、俺は泣きそうになりながら男の治療を懇願した。

 だが、回復魔法のないこの世界の治療では、重傷の男は助からなかった。

 俺は男の死を見届けて、絶望した。

 それと同時に、俺の描いていた勇者像は完全に崩れた。

 自分が目指していた「勇者」は、こんなものだったのか――――と、思い知った俺は。

 自らの聖剣を虚空に隠し、力を失ったとして、勇者の座から自ら逃げ出した。

 その日から俺は、「失格勇者」という呼び名を背負うこととなった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 


 それから十年の時が経ち、中央(セントラル)のとある路地裏で、元勇者は追い詰められていた。

 追ってきた教会構成員は、自らの放った炎で気を失い、その場に倒れている。

 だから教会には彼の秘密を見られていない。だが、


「…………」

 

 目の前で、驚いた顔をしているダークエルフの少女には、はっきりと見られてしまった。

 彼の「聖剣」を。十年前、勇者が失ったはずの、〈白き方舟(ヴァイス・アルヒェ)〉を。

 アルスは狼狽えるように、少女から離れるように後ずさる。


「やっと――」

 

 彼女の呟いた声に、アルスは息を飲む。そして――――、


「やっと見つけましたっ! 勇者さまっ!」


「おぶっ!?」


 突然ぶつかってきた彼女の体に、アルスの頭は混乱した。

 否、ぶつかったというよりは、勢いよく抱きつかれたのだ。

 体に直接感じる彼女の感触に、アルスは焦って声を上げる。


「ななななっ、何してるお前っ!」


「私、あなたをずっと探していました! この、中央(セントラル)に来てから、ずっとずっと!」


 動揺するアルスとは対照的に、少女は心底嬉しそうにその顔を輝かせる。

 そして、抱きしめる力をもっと強める。すると。


 ふよよんっ。


「なっ!」


 彼女の豊かな、柔らかい胸の感触がアルスを襲った。


「はっ、離せ! おい!」


 顔を赤らめたアルスの反応に、少女は悪戯っぽく眉をひそめて笑った。


「あ、もしかして気持ちいいんですか~? ほらほら♪」


 そして、やめるどころか、さらに体をくっつけてきた。


 ふにふにふにふに。


「――っっ、てめえっ、いい加減にしろーーーーっ!!」


 アルスは大声を出し、無理やり少女を引き剥がした。


「とと、ごめんなさい、やりすぎちゃいました。反応があまりにも可愛くって」


 クスクスと笑う少女は、睨むアルスを見ると、咳払いをして姿勢を正した。


「自己紹介が遅れました。私の名前はソフィーといいます」


 ソフィーという少女は礼儀正しく名乗ると、アルスの前に両手を伸ばす。


「私は、あなたを甘やかしに来ましたっ!」


 そして、満面の笑みで、そう宣言した。


「………………は?」


 彼女の言葉を理解できず、アルスは間の抜けた声を上げた。


 甘やかす、だと? 俺を? どういう経緯で?


「お前、何が目的だ……。金か? 地位か? 悪いがやれるもんは一つもねえぞ」


 アルスは疑いの眼差しで、訝しむような低い声でそう言う。


「あっ、いえいえ! 決してそういうわけではなく、ですね……」


 ソフィーは慌てて首を振ると、アルスの機嫌を伺うように上目遣いになる。


「ただ私は、アルス様の側に置いてもらいたいだけなのです」


「……なんだと……?」


 見ず知らずの女が、何も望まず、ただ俺の側にいたいだけ、だと?

 怪しすぎる。しかもこいつは教会から追われていた。絶対に訳ありだ。

 悩むまでもない。こんな怪しい奴、うちに置いておくわけにはいかない。


「断る。他を当たるんだな」


 話にならない、とばかりにアルスはソフィーに背を向け、歩き出した。


「――――まさか力を失くしたはずの勇者様が、聖剣を隠し持っていたなんて~!」


「っっ――!!」


 声高に紡がれたその言葉に、アルスの足が止まる。

 冷や汗をかいて振り返ると、ソフィーが悪戯っぽく笑みを浮かべていた。


「このことが広まれば、きっと大ニュースになっちゃいますねっ」


 そして、わざとらしい声でそうほのめかす。


「てめえ……!」


「ね? 私を仲間にしてください、アルス様♪」


 声に怒気を含ませるアルスと対照的に、にこにこと機嫌の良さそうなソフィー。


「ぐ……」


 この平穏を壊されたくはない。だが、〈白き方舟(ヴァイス・アルヒェ)〉のことが知れれば大騒ぎになる。

 それに、俺に見切りを付けた教会が、再び接触しようとしてくる可能性が高い。

 そうすれば、俺の仲間にまで危険が及ぶ。この秘密を明かされるわけにはいかない。


「これから、よろしくお願いしますねっ」


 答えを待つことなく、ソフィーが眩しい笑顔で、アルスの両手を握った。

 その笑顔に、少しも悪意は感じられず。アルス自身、押しには弱いもので。

 彼はきまりが悪そうに目を逸らすと、やがて諦めたように目を閉じ、ため息をついた。


「……せめて、『様』はやめろ。やりづらい」


 そうして、元勇者の仲間にダークエルフの少女が加わったのだった。

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