エピローグ
中央の中心に位置する、教会本部。
その深部、薄暗さに包まれた玉座に、神妙な顔をした一人の老人が座していた。
教会の総統、マグル・ランシーだ。
マグルは教会軍に撤退を命令した後、帰還した彼らからの報告を聞いた。
報告を聞かずとも、マグルは彼らの目を介してその光景を見ていたのだが。
失格勇者――――アルス・ベルストが、再び聖剣を振るう姿を。
「……やはり、聖剣を隠し持っていたか、アルスよ」
アルス・ベルスト。かつて教会と共に、魔王を滅ぼした少年。
十年前と同じ、聖剣――〈白き方舟〉を操り、あのガラハルドを倒した。
その力は綻ぶことなく、勇者に相応しいまでの、強大なものだった。
失格勇者は――――力を失ってなどいなかった。
「…………くく、く」
マグルは密かに口角を上げ、愉快げに笑った。
教会はソフィー・アランスールを捕獲することができなかった。この状態が続けば、アランスールからの圧力は強まる一方だろう。
だが、マグルが得たのは、その不利益が霞むほどの収穫だった。
彼自身、ソフィーの捕獲を目前にしての撤退を、少しも厭わないほどに。
「待っていろ、アルス・ベルスト。再び、選択の時は訪れるだろう」
勇者――アルス・ベルストは復活した。かつてかざした、その力と共に。
そして、マグルの脳裏に浮かぶのは、勇者の側にいるダークエルフの少女。
消失したはずの回復魔法を使うことのできる、喪失癒手のことだった。
「……これから、面白くなりそうだ…………。くくっ、ふはははははっ!」
マグルは邪悪な笑みを浮かべ、快活に笑った。
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中央の一角に佇む、小さな木製の借家。
その内部、日の光が差し込む部屋の中で、一人の少年がベッドに横たわっている。
「……」
その少年、アルスはふと、目を覚ました。
彼は半開きになった目で、辺りを見渡す。
「――起きられましたか」
そして、ふと聞こえてきた声の方に視線を向けた。
そこには、優しい笑みを浮かべたダークエルフの少女。
ソフィーが、ベッドの横で椅子に座りながら彼を見ていた。
「お前……」
「おはようございます、アルスさんっ」
パッチリと目を開いたアルスを見て、ソフィーは嬉しそうに笑った。
「そうか…………俺は、ぶっ倒れたのか」
教会との戦いの末、アルスは聖剣を解放し、ソフィーを救った。
そして、〈白き方舟〉を振るった反動で、彼は倒れたのだ。
全てを思い出したアルスは、素早くベッドから身を起こした。
「もう動いても、大丈夫なんですか……?」
「ああ、なんともねえよ」
答えながら、アルスはベランダから見える、外の様子を見た。
家の外には、明るく日の照る、青々とした空が見えた。
「……俺は、どのくらい眠ってた?」
その景色を見て、ふと浮かんだ疑問を、彼はソフィーに問いかけた。
「丸一日です」
「……マジかよ……」
アルスは頭を掻きながら、ため息をついた。
〈白き方舟〉を全力で振るった反動により、丸一日眠っていたようだ。
アルスは視線を下ろし、自らの右手を見つめた。
「……やっぱ、昔みたいにはいかねえか」
聖剣を扱うには、その膨大なエネルギーを制御する器が必要である。
アルスは勇者をやめてから、〈白き方舟〉を振るうことはほぼ無かった。
そのため、勇者だった頃とは違い、今の彼の体は、聖剣の持つ力に耐えかねるのだ。
昨日、教会が撤退してくれたのは幸運だった。
ソフィーを目の前にして教会が素直に退いたことには、少しだけ違和感は残るが。
「あれ以降、教会に動きはあったか?」
アルスが問うと、ソフィーは首を横に振った。
「いいえ。あれから動きはありません。助けてくださった冒険者の方々も無事です」
「……そうか……。よかった」
彼女の言葉に、アルスは少し安堵した。
ソフィーがこうして無事であることが、教会に動きがなかったことの証明でもある。
そして、助けてくれた冒険者達が無事であることも、彼は素直に嬉しかった。
「教会は今、人々に問い詰められて、それどころじゃないみたいです」
「……ま、それもそうか。危険種を街に放ったんだ。反感を買って当然だな」
操っていたとはいえ、人の住む街の中に危険種を放ち、騒ぎにならないはずがない。
教会が疑念を解き、人々を諫めるまでには、もう少し時間を要するだろう。
「シャルミィと、アリシアはどうした?」
そういえば、あの二人の姿が見えない。家の中にも気配を感じなかった。
「お二人は、外の様子を見てくると、少し前に出かけていきました」
「……そうか」
昨日傷を負ったものの、もう外を出歩けるほどにアリシアは回復したようだ。
アルスはホッと息をつくと、おもむろにソフィーの顔を見つめた。
「なら丁度いい。少し、話をしないか?」
「話……?」
彼の言葉に、ソフィーはきょとんとしてそう言った。
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アルスとソフィーは、部屋のベランダに並び、外を見つめる。
青々とした空から明るい日差しの降り注ぐ中央は、いつもより少し騒がしく思えた。
「少し、騒がしいな」
外を見ながら言うアルスに、ソフィーは彼の顔を見て笑った。
「それはそうですよ。勇者様が復活したんですから」
「…………」
そう。俺は〈白き方舟〉を呼び出し、失ったはずの勇者の力を振るった。
教会や冒険者達にも見られた。他にも見た者はいるかもしれない。
すでに中央じゅうに伝わっているはずだ。俺が勇者の力を隠し持っていたのだ、と。
勇者はこの世界において特別な存在だ。それだけで大騒ぎだろう。だが。
「…………それだけじゃ、ないだろ」
アルスは横目にソフィーの顔を見ながら、そう言った。
「喪失魔法。お前が使った、あの回復魔法」
彼の言葉に、ソフィーの顔から笑みが消えた。
ガラハルドに追い詰められたあの時、彼女の唱えた魔法により、アルスの傷は癒えた。
それはまさしく、先代の魔王によって封印された「喪失魔法」――回復魔法だった。
使える者など聞いたことはない。間違いなく、彼女が世界で唯一の使い手だ。
勇者の復活と同等、もしくはそれ以上に騒ぎの種となるはずだ。
「千年前に失われた魔法――――どうしてお前は、それを使える?」
アルスの問いかけに、ソフィーは外を見ると、口を開く。
「……わかりません。どうして私だけが、この魔法を使うことができるのか」
そう言うと、彼女は再びアルスの顔を見た。
「昔、あなたに会いに行くために、魔法の修練に励みました。その中で習得したのがこの魔法です。このことは、父にも話していません」
「…………」
呆然とするアルスに、ソフィーは苦笑した。
「…………やっぱり、こんなことでは信じて頂けませんよね……」
「……いや、信じるよ。別にな」
「えっ……?」
アルスの言葉に、ソフィーは意外そうに声を漏らした。
「真相にそこまで興味があるわけじゃねえしな。お前言うならそうなんだろ」
「あ、あはは……。それでいいんですね……」
あっけらかんと言う彼に、ソフィーは拍子抜けしたように苦笑した。
「……んじゃまあ、こっからが本題だ」
「……?」
きょとんとするソフィーを、アルスは真っ直ぐに見つめた。
俺の秘密と、ソフィーの秘密。それはどちらも明かされてしまった。
これから、俺たちを取り巻く環境は大きく変わる――――その上で。
「お前はこれから先、どうする?」
「えっ……?」
「俺はお前を助けた。そうしたいと、俺が思ったからだ。俺の都合で、本来やるべきじゃねえことをした。すぐに家に帰るべきお前を、俺の意思で引き留めた」
アルスは憂いを帯びた目を細める。
「だから、これから先どうするかはお前が決めてくれ。お前の意思で」
そう。これからの彼女の行く先は、俺には決められない。「喪失魔法」のことが周知された今、これから彼女が辿る道が安全だとは限らない。
アランスール家のあるサフィアとは違い、ここでは彼女の身の安全は保証できない。
だから、彼女が故郷に帰る道を選んだとしても、それは仕方がないことだった。
「…………」
それを聞いたソフィーは、少しだけ呆然とした後、
「…………アルスさんは本当に、困った人ですねっ」
おかしそうにに笑ってそう言った。
面食らうアルスを見て、彼女は穏やかに微笑む。
「それなら、私も自分の意思でここにいます。ずっとあなたに会いたくて、やっと会って、一緒に過ごして、それでもまだ一緒にいたいと思うんです」
そう言って、ソフィーはアルスの顔を真っ直ぐに見つめた。
「だから、たとえどんなことが待ち受けていようと、私はあなたの側にいます。もう私はあなたの、あなた達の仲間ですから」
「…………」
彼女の言葉に、アルスは呆然とした後、ゆっくりと外の方を向いた。
「……これまで通りにはいかないぞ。俺もお前も、秘密を明かしたんだ」
「はい、分かっています」
「これからもっと忙しくなるぞ。教会やアランスールにも、また狙われるかもしれない」
「大丈夫です。あなたと一緒なら、乗り越えます」
どんな言葉にも笑って応えるソフィーに、アルスは、
「そうか」
そう言って、無表情な顔を少しだけほころばせた。
「ふふっ」
ソフィーは彼の笑みにつられるように笑うと、
「これから、よろしくお願いしますね、アルスさんっ」
この中央で最初で出会ったときのように、両手で彼の手を取った。
アルスはそんな彼女を見て、穏やかに微笑んだ。
「ああ、よろしく頼む」
――こうして、失格勇者と喪失癒手は改めて仲間となった。
「……そういえば、なんですけど」
「ああ?」
何かを思い出した様子で、ソフィーが続ける。
「アルスさんって、私と会ったときのこと、覚えてるんですよね?」
「ああ。それがどうかしたか?」
彼がそう答えた途端、ソフィーは悪戯な笑みを浮かべた。
「じゃあ覚えますよね? 私に――――『お嫁さんになってよ』って言ったこと♪」
「っっっっ」
その言葉に、アルスはギクッと体を強ばらせた。
「……さ、さあ……、そんなこと、言ったか…………?」
彼は目を逸らし、汗をダラダラと流しながら誤魔化す。
「ええー、ひどいです~。言いましたよ~」
ソフィーは眉をひそめると、上目遣いにアルスを見る。
「……私と結婚するの、そんなに嫌ですか?」
「っっ――」
その赤い瞳に見つめられ、アルスは思わず狼狽える。
「くっ…………」
心の中を見透かされるようなこそばゆさに、彼は耐えかね、
「~~~~~~っっ」
やがて我慢を切らしたように、ソフィーの手を振りほどいた。
「ああ嫌だね! お前みたいな図々しい女は! 出直せ!」
ソフィーは驚いた顔をした後、アルスの様子に「くすっ」と笑った。
「そうですかっ。それは残念です」
彼女は腕を後ろで組むと、口を開く。
「でも、いいです。いつか、自力であなたを振り向かせて見せますからっ」
ソフィーはそう言いながら、アルスに向けて満面の笑みを浮かべた。
その笑顔はとても眩しくて、彼は少しだけ見とれてしまっていた。
「…………フン。そうかよ」
アルスは我に帰ると、誤魔化すように外の方を向いた。
ソフィーも外をむくと、微笑ましげに口を開く。
「……本当に、素直じゃない人です」
小さく聞こえた声に、アルスは聞こえていないフリをした。
「…………はぁ」
自分の中にあるこの感情には、まだ、素直にはなれないみたいだ。
しばらくすると、外を見ていたアルスは、前方に見慣れた姿を見つけた。
一人は、赤髪に猫耳と尻尾を携えた、小柄な猫人の少女。
もう一人は、鎧の下に青のロングスカートを身につけた、金髪の騎士の少女。
「――あ! アルだー! 起きたんだな~!」
「――アルス! なるほど、今日はお祝いかな」
アルスの姿を見た途端、走って駆けつけてくるのは、彼の仲間達だった。
そして、もう一人。
彼の隣で、新しく仲間に加わったダークエルフの少女が笑っていた。
「ご馳走、今日は食べてあげてくださいね」
その言葉を聞くと、アルスは嬉しそうに笑った。
「ああ」
俺は隠していた勇者の力を、ソフィーは隠していた「喪失魔法」のことを明かした。
俺は事実上勇者として復活し、彼女は回復魔法を使える唯一の存在として知れ渡る。
これからきっと、俺たちを取り巻く環境は大きく変わるだろう。
教会やアランスール、その他の勢力が、また接触してくるかも知れない。
場合によっては、ずっと暮らしてきたこの中央を離れることになるかも知れない。
でも、大丈夫だ。
もう、一人だったあの頃とは違う。
今の俺には、頼りになる仲間達がいるから。
アルスは目を瞑り、ほのかに笑った。
――END
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
数ある作品の中からこの作品を選んでくださったこと、それなりの文量を最後まで読み切ってくださったことに感謝です。更新中も、いただいた評価やブックマークからやる気をいただきました。
改めて、ありがとうございました。
作品についてですが、一旦これにて完結となります。
一旦というのは、
まだ露出していない設定や、頭の中でやんわりと考えているこれからの展開があるため、要望によってはこの続きの執筆を優先する可能性があるからです。
私自身、今は度々ラノベ新人賞に応募しており、この作品も新人賞に応募しようと執筆しています。
ですので、基本的には新作の執筆を優先します。
上記のような場合もございますが、ひとまずその点をご了承ください。
最後に、
これまで自分の小説を多くの人にお見せすることがなかったため、自分の小説が面白いのか、面白くないのか分からず、不安に苛まれながら執筆しております(笑)
ですのでもしよろしければ、最後までお読みいただいた後に、一言でも感想をいただければ幸いです。
率直なもので構いません。ばっちこいです。
以上です。
改めに改めまして、この作品をお読みいただき、本当にありがとうございました。
20/6/1 おん




