24話 強者と強者
熱い――――痛い――――苦しい。
朦朧とした意識の中で、体を蝕む苦痛だけがはっきりと感じ取れた。
俺はどうなった? やられたのか? 誰に?
朧気だった意識が少しづつ覚醒していき、彼をだんだんと現実に引き戻す。
そうして、アルスはゆっくりと目を開いた。
すると目の前には、涙を浮かべて彼を見つめるソフィーの顔があった。
「……ソフィー……」
目覚めたアルスを見て、彼女は目を見開く。そして、
「アルスさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
涙をこぼしながら、彼の体に思い切り抱きついた。
「よかった、ですっ……! 起きてくれて、ほんとによかったです……」
抱きつきながら、安心したように言うソフィーに、アルスはため息をついた。
「痛えよ、馬鹿。こんぐらいで死ぬか」
やはり体は痛む。胴体を綺麗に切り裂かれているようだ。
重傷ではあるが、彼女が応急措置してくれたのか、出血は止まっている。
そのおかげで、どうにか生き延びることができていた。
「というか、なんで俺は傷を負って……――――っっ」
そこでアルスは全てを思い出すと、バッと体を起こした。
「ぐっ……!」
走る痛みから体を庇いながら、彼は目の前の光景に目を見開いた。
そこは、ジャーマル通り。先程アルスが戦っていた、その場所で。
彼らの前方。キィィィィィィン、と金属音を響かせながら、ガラハルド、そしてアリシアが、互いの剣を激しく打ち合っていた。
「アリシア……!」
そう。先刻、アルスはガラハルドに斬られた。だが、追いついたアリシアがその窮地を救い、彼に代わってガラハルドに対峙していたのだ。
「あっ、アルスさん! 急に動いちゃダメですよ!」
痛みに顔を歪めたアルスに、ソフィーが心配そうに寄り添う。
「――そうだぞーアル。怪我してんだからじっとしてろ?」
そして、ふと聞こえた聞き覚えのある声に、彼は振り返る。
そこには、にこっと笑って彼を見つめ返すシャルミィが立っていた。
「シャルミィ……! 無事だったか……」
「なんとかな~。アルの方は、また派手にやられたみたいだなー」
「…………」
彼女の言葉に、アルスは思わず視線を落とす。
そう。俺はガラハルドに負けた。聖剣を抜く覚悟もできず、無様に負けたんだ。
「――大丈夫かよー! 『失格勇者』ー!」
そこで、シャルミィの後方から聞こえてきた声に、アルスは顔を上げた。
「っっ、お前ら……!」
ぞろぞろとやって来たのは、先程助けてくれた冒険者達だった。
先程よりも人数は少ないが、彼らの中に重傷を追った者はいないようだ。
冒険者達はアルスの近くまでやって来ると、その先の光景にどよめいた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「せやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
彼らの眼前で、アリシアとガラハルドが戦っていた。
ガラハルドの生み出した炎をアリシアが斬り落とし、彼に肉薄する。
ガラハルドは彼女の一振りを受け止めると、いなすように弾き返した。
両者の一振り、一打ちが衝撃と風圧を生み、冒険者達にも伝わってきた。
「ぐうぅ……っ!? ……ありゃあ、『炎帝』!?」
「『戦姫』もいるぞ! 奴ら、ドンパチやってやがる!」
冒険者達の顔は驚愕に変わり、その視線は二人の戦いに釘付けになる。
それも当然。危険種を屠る程の実力者――「特許等級」同士の戦い。
そして、これまで剣を交えることのなかった、中央最強格の二者の勝負だ。
その行方に関心を持たない者など、冒険者の中にはいないだろう。
「アリシア……」
アリシアは言っていた。自分ではガラハルドには勝てないだろうと。
だが今、彼女はこうして俺たちのために立ちはだかっていた。
アルスは彼女の身を案じながら、その戦いの様子を見つめた。
「血迷ったか……お前までも教会に刃向かうとはな! アリシア!」
アリシアが後ろに引くと、ガラハルドが踏み込み、その距離を詰める。
彼が下に剣を一振りすると、えぐり取られた地面から、炎が勢いよく吹き出した。
「誰が相手だろうと関係ないさ。私の仲間を救うためならば!」
向かってくる炎に、アリシアは臆することなく真っ向から対峙する。
彼女の一薙ぎが炎を断つと、炎は弾けるように飛散した。
彼女の大剣――〈ツヴァイ・ヘンダー〉はあらゆるものを粉砕する。
それは魔法であっても同じ。ガラハルドの操る炎でさえも破壊しうる。
「ガラハルド、たとえお前が相手でも、私は踏み留まらない!」
アリシアは一歩踏み出し、勢いのままガラハルドに大剣を振り下ろす。
「っっ……」
ガラハルドは咄嗟に剣を振り上げ、間一髪でその一撃を受け止めた。
甲高い音が響き、彼の立つ地面が揺れる。強い風圧に、赤いマントがなびいた。
だが、その深紅の剣はしっかりと、アリシアの大剣を受け止めていた。
「っっ」
「……ふっ」
微かに狼狽えるアリシアに、ガラハルドが余裕を表すように笑む。
力を込めた一撃。だが、〈天より授かりし紅蓮の炎〉には、傷一つ付いていなかった。
「――おい、『戦姫』の剣は何でも砕くんじゃなかったか? どうなってる……?」
それを見た冒険者の一人が、飲み込めない様子で言う。
「……多分あの剣――『炎帝』の剣は、普通の代物じゃないんだ」
それに答えたのは、神妙な表情を浮かべたシャルミィだった。
「ただの剣とは違う、何か特別な強度を持ってる。だからシアの力でも簡単には砕けない」
彼女は顔に汗を伝わらせながら、アリシアの背中を見つめた。
その向こう、ガラハルドが剣を交わらせながら口を開く。
「アリシアよ。俺たちは互いに上位冒険者として讃えられてきた。だが勘違いするな。俺とお前には、決定的な力の差がある」
すると、不意に彼の口元が、ニッと上がった。
「無論、俺はお前より――――はるかに強い」
「っっ――?」
アリシアは何かに感づいたように、背後に視線を向ける。
メラメラと、何かが燃えるような音が、微かに聞こえたのだ。
彼女の後方。先程切り伏せたはずの炎が蘇り、どんどん燃え広がっていた。
「なにっ……!?」
「その程度の力では、俺の剣も、炎も、切り伏せることはできない」
蘇る炎。いくら散ろうとも、その残り火は魔力によって猛火にまで復活する。
アリシアの力を持ってしても、ガラハルドの炎を掻き消すことは、できない。
「くっ――――」
危機感を覚えたアリシアは、咄嗟にガラハルドの剣を弾き、横に脱出する。
「もう遅い。俺の炎からは、何人も逃れられん!」
だが次の瞬間、その炎が激しい音を立てて一気に膨らむと、巨大な炎となってアリシアへと急接近した。
「アリシアーっ!」
叫ぶアルスの声に振り向き、アリシアがその炎と対峙する。
目を見開く彼女の目の前には、その体より遥かに大きな炎が迫ってきていた。
「はぁぁぁ!」
アリシアの薙いだ剣が炎を抉る。しかし、その勢いが止まることはなく。
その巨大な炎が、彼女を包み込んだ。
「っっ、ぐうううううううぅっ!」
膨大な熱に身を焼かれ、その表情が苦痛に歪む。
だがその目は死なない。痛みを堪えながら、アリシアはゆっくりと大剣を構える。
「あああああっ!!」
そして、風を切るような彼女の一薙ぎが、瞬く間に炎を掻き消した。
「……ほう……!」
その光景に、ガラハルドは少しだけ驚いたように声を出す。
そしてアリシアの姿を見ると、その顔に再び余裕の笑みが浮かんた。
「だが、もう限界のようだな。アリシアよ」
「……はぁ……、はぁ…………」
アリシアは大剣を構えながら、必死そうに肩で息をしていた。
身につけた鎧は焦げ付き、青のスカートは破れ、その白い肌は赤く傷ついている。
何とか立ってはいるが、その身には隠しきれないほどのダメージを抱えていた。
巨大な炎をまともに食らい、身を焼かれた彼女は、追い詰められていた。
その光景に、冒険者達は息を飲み、騒然としていた。
中央最強格同士の戦いが、ここまで一方的なものになるとは。
『炎帝』と『戦姫』の間に、ここまで大きな力の差があるとは、と。
ガラハルドはアリシアの方に歩み寄り、哀れみを含んだ視線で彼女を見つめた。
「これが俺とお前の差だ。おとなしくしていれば、痛い目を見ずに済んだものを」
傷だらけのアリシアは俯くと、構えていた大剣を、下に下げた。
「……やはりお前は強いな、ガラハルド。昔からお前は、私の遥か先を行っていた」
そして、顔を上げた彼女は、にっと笑ってガラハルドの顔を見た。
「だが、想像したことはあるか? 強大なお前が、いつか私に超えられることを」
「何だと……?」
その言葉に、ガラハルドが不服げに目を細める。
「後ろに仲間がいるんだ。仲間がいる限り、私は負けられないんだよ」
彼女は右手に持つ〈ツヴァイ・ヘンダー〉を、今度は両手に構えた。
「っっ――!?」
瞬間、アリシアから吹き上がった圧力に、ガラハルドは後ろに飛び退く。
「どうした、ガラハルド。自分が負ける姿でも見えたか?」
アリシアは大剣を横に構え、ガラハルドに向けて踏み込んだ。
「アリシア……!」
アルスは神妙な表情で、アリシアの姿を見つめる。
大剣を片手から両手に持ち替えたとき。それが、彼女が本気を見せる瞬間だ。
両手を解放した彼女が負けたところを、アルスは一度たりとも見たことがない。
「調子に乗るな! アリシア!」
ガラハルドの薙いだ剣から、膨大な炎が吹き出し、アリシアを襲う。
だが、彼女はその炎を防ごうともせず、真っ正面からその中に突っ込んだ。
「なに……っ!?」
そして、風を切るように、アリシアはその炎を突破した。
身を焦がしながらも、全力の一撃をガラハルドに叩き込むために。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
アリシアは飛び、両手に構えた大剣を、思い切り振り下ろした。
「くぅっ――!」
ガラハルドが剣をあげ、ガキィィィィンという音と共に、二本の剣が交錯する。
地面が揺れ、風が吹き荒れ、衝撃が空気を揺らす。
その中で、アリシアの大剣が、徐々にガラハルドの剣を押し込んでいた。
通常時、彼女は大剣を片手で操る。威力と機動力、両方を兼ね備えるためだ。
だが、〈ツヴァイ・ヘンダー〉は本来、片手剣ではなく、両手剣である。
彼女が両手を使ったとき、破壊に特化した彼女の力は、何倍にも引き上がる。
「ああああああああああっ!!」
アリシアは勇ましく咆え、押し込む力にもう一押し、全力を注ぎ込む。
「ぐうううううっ!」
ガラハルドは耐え凌ぐように、懸命にその一振りにを押し返す。
「はああああっ!!」
そして、アリシアはガラハルドを、その剣ごと弾き飛ばした。
「ぐっ――――」
ガラハルドはなんとか体勢を立て直し、地面に足を滑らせながら着地する。
勢いをなくし、地面に踏み留まる。彼の体には、傷一つなかった。
だが、アリシアが狙っていたのは彼ではなく、最初からその剣の方だった。
バキッ――と、深紅の剣にヒビが入ったかと思うと、次の瞬間。
〈天より授かりし紅蓮の炎〉の刀身が、粉々に砕け散った。
「っっ――――」
それを見たガラハルドの目が見開かれた。
そしてその光景に、皆が音馬を失い、ジャーマル広場は静まり返る。
しばらくして、その静寂の中、冒険者達が一気に騒ぎ出した。
「――うおおおおおおおっ! 『戦姫』が、『炎帝』の剣を砕きやがったぁーっ!」
「……アリシア……さん……っ!」
「シアーっ!」
ソフィー、そしてシャルミィまでもが、その光景に歓喜した。
中央最強格――ガラハルド。その剣を、アリシアは打ち砕いた。
彼女は勝ったのだ。教会の兵士長、最強の敵に。
アリシアは大剣を下ろし、安心したように笑ってガラハルドを見る。
「私の勝ちだ。ガラハルド」
「…………」
それに対し、ガラハルドは無表情に、彼女を見つめ返した。
「…………見事だ、アリシア…………。お前がここまでやるとは、予想外だった……」
そして、刀身の無い〈天より授かりし紅蓮の炎〉を前に構えた。
「相手が俺でなければ、今ので勝負は決していただろう」
「――――っっ!?」
瞬間、体を駆け抜けた熱に、アリシアは目を見開いた。
「〈不死鳥の刃〉」
ガラハルドが唱えた瞬間、彼の剣から、勢いよく炎が溢れ出す。
そして、その炎は剣の形をかたどると、その刀身となる。
それはまさしく、風に揺らめき、豪快に燃え盛る――――炎の剣だった。
「俺の剣は、剣ではない。俺の生み出した炎だ」
「な……に……!?」
アリシアはその光景と、彼の言葉に戦慄する。
「そして俺の炎は、不死鳥のように蘇る。もっと強く――――敵を食らうために」
そして、ガラハルドの目が、鋭くアリシアを射抜いた。
「っっ、アリシア!」
その視線に、危機感を覚えたアルスが叫ぶも、もう遅い。
ガラハルドが、〈天より授かりし紅蓮の炎〉をアリシアに向けて振り抜いた。
瞬間、溢れ出した膨大な炎から、アリシアは大剣を構え、身を守る。
だが、先程よりも熱を帯び、勢いを増したその炎に、彼女は包み込まれた。
「くっ――、うああああああっ!」
アリシアは吹き飛ばされ、勢いよく地面を跳ねる。
そして、勢いが弱まると、彼女は力なくその場に倒れた。




