22話 冒険者たち
アルスとソフィーは路地裏を抜け、隣の大通りに飛び出した。
「こっちだっ」
アルスはソフィーの手を引き、大通りを外に向かって走って行く。
「あのっ、シャルちゃんはっ!」
「大丈夫だ! あいつならなんとかなる! 逃げ足も速いしな!」
心配そうな顔のソフィーに、アルスは一瞥して言う。
嘘では無い。ああ見えてシャルミィは戦える。全盛期ほどではないだろうが。
獣人特有の身軽さと、引き際を判断する嗅覚もある。きっと無事に戻ってくるはずだ。
「あいつは大丈夫だ! だから今は、俺を信じてついてこい!」
「っっ――、はいっ!」
アルスが言うと、ソフィーは気持ちを切り替えるように大きく返事をした。
そう。今は信じることしかできない。仲間たちが無事に追いついてくることを。無事に身を隠せる場所まで辿り着くことを。そこで打開策を思いつくことを。
だから今は仲間を信じ、身を隠せる場所に早く到着しなければならない。
――ああ、ここは任せた。あの廃屋で待ってる!
アリシアに言った「あの廃屋」。それはこの大通りの路地裏にある、とある空き家。
俺が勇者をやめ、底辺の生活をしていた頃、雨風を凌ぐために使っていた場所。
人もなく、誰かに見つかる危険も無い。一旦身を隠すには最適な場所だ。
シャルミィもその言葉を聞いていた。だから後で追いついてくるはずだ。
だが、そこに辿り着くまでに、一つの障害があった。
「……ベルエスター通り……」
アルス達が今走っている大通りの名は、ベルエスター通り。
そこは、冒険者ギルドに隣接した大通りとしてよく知られている。
「冒険者達に出くわさなきゃいいけどな……」
アルスは目を細め、ギリッと歯を噛みしめた。
ソフィーの捜索及び身柄の確保は、ギルドの依頼とされていたほどだ。
彼女の捕獲に貢献すれば、教会やアランスールから恩賞が出るだろう。
その報酬目当てに、彼女を捕らえようとする冒険者がいてもおかしくない。
願わくば、冒険者に出会わないまま廃屋まで辿り着きたい。
「教会は――」
アルスはバッと後ろを振り向く。
ベルエスター通りには、追いかけてくる教会構成員は見当たらなかった。
「やっぱりいないか。この通りも押さえてくると思ったんだがな……」
アルスが少しほっとしながら、再び前を向こうとすると。
「アルスさん、違います! 上ですっ!」
「……!?」
緊迫感のあるソフィーの声に、アルスは上を見上げた。
「なっ……!?」
大通りの両端には、高層の家屋が連なるように並び立っている。
その屋根の上に、教会構成員たちが構え、こちらを見下ろしていた。
「上、かよっ!」
アルスはソフィーを引っ張り、咄嗟に速度を上げる。
「――かかれ!」
それと同時に、教会が次々と屋根から飛び降りてきた。
着地した教会は勢いそのまま、アルス達へと向かってくる。
「ちぃっ!」
アルスはソフィーと共に、懸命に走る。
しかし無情にも、だんだんとその距離は縮められていく。
構成員たちは腰から剣を抜き、さらに距離をつめる。
そして間合いに入ると、彼らは剣を一斉に剣を構えた。
「くそっ……!」
万事休す――――そう思ったとき。
上空にある家屋の屋根から、何者かの陰が、降り注いできた。
「――助けに来たぜぇ! 『失格勇者』!」
アルスに牙をむいた教会の剣は、着地した彼らによって止められた。
「っっ――!?」
剣を受け止めたのは、剣、槍、戦斧など、さまざまな獲物。
それを持つ彼らは、鎧を纏う者、軽装の者、役職服の者、多種多様で。
そして、人間、エルフ、ドワーフ、獣人など、異種混合だ。
彼らは人呼んで――冒険者。中央に住み着いた戦士達。
その数は、数十。この場にいる教会に、匹敵する人数だった。
「野郎ども! 今日は大仕事だ! 気合い入れろぉ!」
鳥の獣人が言うと、大きな歓声と共に、冒険者達が教会軍を押し返した。
「ぐっ――、冒険者だと!?」
後退した教会の兵士が驚くように声を上げる。
「……お前ら……」
アルスは足を止め、突然現れた冒険者達を呆然と見つめる。
そんな彼の横に、若いオークの男がやって来た。ピギーだ。
「やあ。やっぱり君だったんだ。教会に乗り込んだのって」
にこやかに笑う彼を見て、アルスは困惑する。
「どうして、なんでこんな真似をする……!?」
そして飲み込めない様子のまま、今度は前にいる冒険者達を見た。
「お前ら、わかってるのか!? 教会とアランスールを敵に回すことになるんだぞ! そこまでしてどうして、俺たちを助けるんだよ!」
ソフィーの捕獲を邪魔するなど、教会への反逆だ。中央で暮らせなくなるどころか、下手をすれば牢獄から出られなくなるというのに。
すると、鳥の獣人が振り返り、アルスを見て笑った。
「別にお前さんのためじゃねーよ、『失格勇者』。俺たちはそのお嬢ちゃんのために戦うのさ。お前さんがやってるみたいにな」
「――そうだ! ソフィーちゃんのためだ! お前のためじゃねー!」
「大丈夫だダークエルフちゃん! こんな奴ら、君には近づけさせねぇ!」
それに冒険者達が続き、続き、彼らはまた一段と盛り上がる。
「私の、ために……!?」
彼らの声を聞いて、ソフィーは驚いたように目を見開く。
「そうだよ。みんな、君のために駆けつけたんだ」
隣にいるピギーが、彼女を見てそう言った。
「マリンちゃんが冒険者達に呼びかけたんだ。アルス君たちを助けてあげてほしいって」
「……っ!」
その言葉に、アルスは目を見開いた。
「マリンが……?」
彼は俯き、ふと昨日の光景を思い出す。
――お願いしますよ~っ! またいざって時に助けてあげますから~っ!
「…………あれは、無しだって言ってたのに。面倒くさがりな、奴のくせに」
静かにそう言うと、アルスはほのかに笑った。
「ちゃんと、助けてくれんのかよ。俺のこと」
また助けられちまったな。あいつに。
「――ブモオオオオオっ!!」
冒険者のトロールが繰り出した棍棒に、構成員たちがなぎ払われる。
「早く行け! 『失格勇者』! ここは俺たちで食い止める!」
「ソフィーちゃんのこと助けられなかったら、承知しねえからなー!」
冒険者達が教会を食い止めながら、アルスに進むよう促す。
アルスはソフィーの手を取り、意を決したように走り出した。
「礼を言う!」
彼に連れられながら、ソフィーは冒険者達を振り返る。
「みなさん、ありがとうございます! 私、このご恩は忘れませんからっ!」
その言葉に、冒険者達は大きな歓声で応えた。
「行くぞ!」
「はい!」
アルスに手を引かれ、ソフィーは再び前を向く。
そうして二人は、戦う教会と冒険者達を後ろに、大通りを走る。
もう目的の廃屋まではそう遠くない。これ以上教会に見つからなければ、無事にそこに身を隠し、アリシア達の到着を待つことができる。
もう少し――とアルスが心中で呟いた、その時。
後方――――風が蠢くような感覚に、彼はふと振り返った。
「…………!?」
それを見たアルスは、目の前の光景を疑った。
戦う冒険者達の遥か先、その上空に漂う、巨大な陰。
真っ黒な体表に張り付いた、白金の鎧のような鱗。出張った顎に並ぶ牙。巨大な図体には、鋭い爪を携えた四つの足と、一本の長い尾を生やしている。
大きな翼が音を立てながら空気を揺らし、その頭についた赤眼が光った。
「あれは、ファフニール……!?」
アルスはその巨大な竜――ファフニールを、呆然としながら見上げた。
前方の冒険者達も、その異様な光景に、立ち尽くしている。
遅れて振り返ったソフィーも、その姿に驚愕していた。
「危険種が、どうしてこんなところに……!?」
そう、ファフニールは危険種であり、人里を離れた山脈に生息するとされている。
過去に誰も討伐した記録の無い、幻の竜種と伝えられ、アルス自身も見たことがない。
だからこそ中央に、こんな街中に突然現れるなど、あまりにも不自然なのだ。
ファフニールは翼をはためかせ、街を散策するようにゆっくりと浮遊している。
特に暴れる様子もなく、ただ静かに宙を漂っていた。
「なぜ暴れない……? 危険種に指定されている竜種が……」
そこまで言って、アルスは感づいたように目を開いた。
「……まさか……教会がファフニールを従えている……のか……!?」
「えっ……!?」
暴れる様子のない危険種。そして、俺たちの逃亡中の出現。
「明らかに訳アリだ! 間違いねえ、ファフニールを出現させたのは奴らだ!」
「……っ!」
アルスはファフニールを、教会が仕向けたものだと確信した。
教会が竜種を抱えているなど、聞いたことがない。中央の民でさえ知らないだろう。
教会はファフニールを捕らえ、機密に軍事力としていた。だからこそファフニールは幻の竜種とされたんだ。人が目にすることなど、なくて当たり前なんだから。
その秘密をここまで堂々と明かし、街中に危険種を放ったからには、後に民からそれ相応の問答を迫られる。それでも教会は、その苦肉の策を実行した。つまり――――。
「そこまでして、こいつを捕まえたいってことかよ……!」
相応のリスクを背負ってまで、教会はソフィーの身柄を求めている。
なぜ、そこまでこいつにこだわる?
アランスールの令嬢――――そのことの他に、こいつには何かがあるのか?
「アルスさんっ! ファフニールが!」
「っっ――」
緊迫したソフィーの声に我に帰ると、アルスは空を見上げる。
すると、ファフニールが向きを変え、今度は彼らのいる方に向かってきていた。
赤い瞳を光らせ、何かを探すように街の中を見下ろしている。
「ちっ……! 奴らの意図は、上空からの探索か!」
ファフニールが教会と繋がってるなら、その目に映るものは、きっと教会にも伝わる。
はるか上空からの広い視野を頼りにして、俺たちの居場所を割り出すつもりなのだ。
「こっちだ!」
アルスはソフィーの手を引き、咄嗟に方向転換する。
そしてそのまま、二人は大通りから繋がる裏路地へと姿を消した。




