20話 約束
外に出た四人は、すぐさま教会の本部から離れるように走る。
まだ昼にも満たない中央は、日が照り、青々とした空に包まれていた。
大剣を納めたアリシア、自由の身となり意気揚々なシャルミィ、無表情なアルス、彼に手を取られて今だ朱の色が抜けないソフィー。
「なんだか、久しぶりに会った気がするな! みんな!」
嬉しそうに笑いながら、シャルミィが言う。
「……まあ、たしかにそうかもしれないな」
彼女の言葉に、ほのかに笑いながらアルスが答える。
シャルミィにも、アリシアにも、ソフィーにも、久しぶりに会った心地がする。
これから教会を相手にするというのに、あまり恐怖は感じていなかった。
仲間が側にいるだけで、こんなにも心強いのか。
「さて、これからどうする? アルス」
隣を走るアリシアが、彼に尋ねる。と、
「考えてねえ」
無表情に、淡々とそう答えたアルスに、一同はきょとんと静まる。
そして、彼がふざけているのではないと理解すると、アリシアはおかしそうに笑った。
「なるほど。それは君らしくないな」
「にひひっ。たしかに、アルらしくないっ」
彼女に釣られて、シャルミィも愉快そうに笑った。
「教会はどこにでもいる。奴らを相手にする以上、中央から出ても意味はねえ。とにかく身を隠せる所まで逃げるぞ」
「……はいっ!」
アルスの言葉に、今度はソフィーが答え、二人も相づちを打った。
今アルスたちがいるのは、中央の中心。教会本部の建つ大広場だ。そこから外側に向かって幾本もの大通りが放射状に伸びている。
彼らは広場の端まで辿り着き、そのうち一本の大通りに逃げ込もうとした、が。
「ちぃっ、早い……!」
アルスは後ろを確認すると、顔を曇らせる。
教会の本部から、すでに構成員たちが顔を出し、彼らを追い始めていた。
まだ距離はあるものの、厄介なのはその数。追っ手は何十、いずれ何百にも増える。
一度追いつかれてしまえば、撒くのは困難になってくるだろう。
予想より早い追っ手の襲来に、アルスが歯噛みしていると、
「なるほど、やはり一筋縄ではいかないようだ」
突然、そう言ったアリシアが反転し、その場に立ち止まる。
「アリシア……っ!?」
戸惑うアルスに、彼女は振り向かず、左腕を横に伸ばした。
「先に行け。ここは私が引き受ける」
「っっ」
アルスは思わず立ち止まり、じっと彼女の背中を見つめる。
そんな中、教会の追っ手はどんどん距離を縮めてくる。
アリシアはそんなアルスに、後ろ目にニッと微笑んだ。
「行け。君は、ソフィーを助けるんだろう?」
「……」
アルスはそれを見ると、決心したように頷き、再び走り出した。
「ああ、ここは任せた。あの廃屋で待ってる!」
大通りに抜けていく彼らを見て、アリシアは安心したように目を瞑る。
「ああ」
そして今度は、すぐ近くまで迫っている、教会の追っ手に目を向けた。
その数は、八十、九十、あっという間に百を超え、彼らはアリシアの前まで来ると、隊列を成して立ち止まった。
「――『粉砕の戦姫』! 我らの邪魔をして、ただで済むと思うか!」
先頭に立つ一人が、大きな声でアリシアを威圧する。
「女であっても容赦はできぬぞ! 身を案ずるならばそこをどけ!」
「……それは、できないな」
アリシアは笑うと、腰に帯びた大剣に手をかけ、抜き放つ。
そしておもむろに、黒と青の刀身を背後の地面に勢いよく突き刺した。
「ここは通せない。私の仲間に、任せると言われたからな」
そう言った彼女の後方、アルスたちのいる大通りへと続く、開けた道。
その石畳の地面が突然、ドゴゴゴゴゴ――――と、大きな地響きを立てる。
「なっ……!?」
構成員が驚愕するのもつかの間、その地面が大きく裂け、音を立てて砕け始める。
道は次々と崩落し、広がっていく穴に、瓦礫が飲み込まれていく。
「これは……!」
構成員が目を見開く頃には、大通りへと続く道は、深く陥没した大穴と化していた。
そうして、アリシアの後方――――大通りへの進入口は完全に断たれた。
「……おのれっ、『粉砕の戦姫』っ!」
苛立たしく言う構成員に、アリシアは少しだけ、表情を渋くする。
「……悪いが、その名を何度も呼ばないでくれないか」
そして、意思の通った目で彼らを射抜くと、右手に携えた大剣――〈ツヴァイ・ヘンダー〉を真っ直ぐに差し向けた。
「その名で呼ばれるのは、苦手なんだ」
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そこは中央にある、とある大通り。名をベルエスター通り。
教会本部が建つ中心部の広場から伸びる大通りの一つであり、冒険者ギルド支部に隣接している通りとしてよく知られている。
そのベルエスター通り。冒険者ギルド支部の向かい側に建つ屋台の中で、一人悩ましげに眉をひそめている少女がいた。
瑞々しい肌、青色の髪と触手を持つ、水人族の水売り屋。マリンだ。
「……」
そんな彼女の悩みの種は、今朝教会から発せられた広報。
ソフィーが、行方不明だったアランスール公爵家の令嬢であるというニュースだった。
「ソフィーさん……」
マリンは胸に手を置き、心配そうに彼女の名を呼んだ。
アランスールほどの高等な家柄が、大切な血筋を野放しにしておくとは考えにくい。
依頼にも貼り出されていたことからしても、彼女はすぐに連れ戻されてしまうだろう。
「もう、お別れなのかな……?」
彼女を手伝いとして雇ったのはたった昨日だが、とても気の合う人だと感じた。
これから一緒に仕事をする中で、もっと仲良くなりたいと思っていた。
だが、事態が事態だ。その望みは、叶いそうもなかった。
「…………?」
そう思いを巡らせるマリンは、ふと大通りの喧騒に我に帰り、顔を上げた。
ベルエスター通り。特にギルド周辺では、多くの冒険者たちが屯し、話し込んでいる。
いつもなら皆、すでに任務のため中央外に出ている時間帯だ。だが、見慣れた手練れの冒険者たちでさえ、今も出発せずに残っていた。
何かあったのだろうか。いや、何かあったからこそ、彼らはまだここにいるのだ。
「――マリンちゃーん、おはよー」
ふと聞こえた声に、マリンはその方を向く。
屋台の前に来ていたのは、若い冒険者のオーク。彼女の店の常連客だった。
それを見て、マリンは咄嗟にいつもの営業スマイルを浮かべた。
「あっ、おはようございます! ペギーさん!」
「マリンちゃんは聞いた? アランスールのお嬢さんのこと」
「ああ……、はい。いや~、良かったですね! 無事に連れ戻されるみたいで」
マリンは複雑な心境を悟られないように、意気揚々と話す。
「そうだね。でもちょっと残念でもあるかなー。あの子すごく綺麗だったし、もう少しギルドでも見たかったなって思って」
「もう、マリンという者がありながら、またそうやって~」
マリンは笑いながら、気になっていたことに話題を転換する。
「ところで、みなさん出発しないみたいですが、何かあったのですか?」
「ああ、それはね。その一件で、中央からの交通路が一時的に封鎖されたみたいなんだ。今は門も閉められて、僕たちは外に出れないんだよ」
「へえ……、そういう、ことなんですね……」
それを聞いて、マリンは考えを巡らせた。
ソフィーさんの身柄を確実に確保するため、脱出路を塞いだということなのでしょう。
しかし、中央の景気を潤すものとして、冒険者の活動は大きく貢献しているはず。
それだけでなく、商人らの渡航や物資の流通も、この都市を動かす大きな要因です。
その流れを一度せき止めてまで、たった一人を追い詰めるのには違和感を覚えます。
教会がそれほど彼女を確実に捕らえたいのには、何か理由があるのでしょうか。
「ソフィーさんには、一体何が……」
「マリンちゃん?」
「あっ、いえっ! 何でもないです!」
我に帰ったマリンは、慌てて取り繕うように笑った。
「そう? まあでも、仕方ないけど残念だなー。ソフィーちゃんのことは」
「――ん? おい、あのダークエルフちゃんの話か?」
ペギーの言葉を聞きつけ、近くにいた鳥の獣人の冒険者が寄ってくる。
「そうだよ。あの子の話」
「たしかにべっぴんだとは思ったがよ、まさかアランスールのお嬢さんだったとはな」
「ほんとだよねー」
「――何だ、今朝教会さんが言ってた話か?」
その会話に、どんどんと他の冒険者たちも加わり、屋台の前で談合が始まる。
「もう、みなさん営業妨害ですよ~」
マリンは苦笑いしながらも、その会話を止めに入ることは無かった。
彼女の取り扱う情報の多くは、こうして冒険者を介して入手しているのだ。
「――だよなぁ? 俺もあの子のこと、良いって思ってたんだよ」
だが始まったのは、ソフィーのことを良く言う話ばかり。
彼女は冒険者たちの間でとても好かれているらしい。
まあ、マリンも彼女を気に入っているため、何の疑問も抱かないのだが。
「――そういや今朝、お嬢ちゃんを助けようとしてか、教会さんの本拠地に忍び込んだ奴がいたらしいぞ」
「えっ……?」
話の途中、ふと聞こえたその言葉に、マリンは目を見開いた。
「――げっ、まじかよ。命知らずか……?」
「――根性ある野郎がいたもんだな。いや、ただの馬鹿なのか?」
……まさか、ベルストさん?
「……いえ、そんなはず、ありませんよね」
マリンはあり得ないと、笑いながら首を横に振った。
ベルストさんは、そんなことをするほど愚かな人ではありません。
いつも慎重で、驚くほど冷めていて、大きなリスクは絶対に取らない人です。
「……」
でも、昨日会ったベルストさんは、いつもと少しだけ違っていた。
いつもよりほんの少し、心を開いてくれているように感じた。
それが彼女の影響ならば、ありえない話でもないかもしれない。
「……あのっ!」
突然大きく呼びかけたマリンを、冒険者たちが話を止め、呆け顔で見る。
マリンは真剣な表情を浮かべ、彼らを見つめた。
「皆さんを見込んで、お願いがあります」
本当は面倒くさいことなんて、やりたくないんですけど。
手伝いがいなくなるのは困りますし、それに少し、寂しいですし。
ベルストさん。あなたとの約束も、守らなければいけませんから。




