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1話 出会い

 ある日の朝。ここはとある冒険者ギルド支部。

 木造と石造の混じるその内装は、酒場と武具屋、そして役所を合体したようなものだ。

 そこでは、さまざまな冒険者が依頼を求め、また会話を求め、はたまた酒を求めて、がやがやと(たむろ)している。


「……」


 その奥、依頼書が貼り巡らされた掲示板を、黒髪の少年が眺めていた。

 細身な体格。黒を基調とした厚布の服に、軽装の鎧、足には革の靴を身に付ける。

 どこにでもいそうな若手の冒険者。しかし、掲示板を見渡す目つきの悪さと、堅物な印象を抱かせる無表情な顔は、やや普通とはかけ離れている。

 

 彼の名はアルス・ベルスト。このギルドに所属する、十八歳の冒険者だ。

 彼は依頼な書かれた紙を一つ一つ見渡し、機嫌が悪そうに目を細める。


「……『ベルグ山峡にいりびたるワイバーンの討伐』、『ウタヤ雪原の資源調査』、『行方不明のアランスール公爵家令嬢の捜索』……、ちっ、マシなもんが残ってねえな」

 

 危険種指定されている怪物となど戦いたくはない。あんな極寒の大地で調査なんてしてたら凍え死ぬ。だからといって捜索依頼など何日かかるかわからない。

 もっと楽に報酬の手に入る依頼を探していたが、どうやらすでに受注されたらしい。

 

 悩むまでもなく、アルスは掲示板から目を離し、その場から立ち去った。

 ギルドにいる冒険者たちの間を抜け、出口へと向かう。


「そもそも、討伐依頼なんて一人じゃ受けられねえじゃねえか」

 

 そう。討伐依頼は、必ず複数人でなければ受けられない。

 仲間が傷を負った際に、ただちに治療ができる仲間がいなければならないのだ。

 なぜそこまで負傷に敏感なルールが作られたかというと、答えは一つだ。


 この世界には――――()()()()()()()()()()から。


 より正確に言うと、およそ千年前に誕生した魔王の呪いによって消失したのだ。

 だからこの世界には、食物や薬草を使った応急処置的な治療方法しか存在しない。

 よって討伐依頼は多大な危険を伴う。だから一人での受注は認められないのだ。


「……」

 

 アルスは周りを見回す。ギルドの各所では、冒険者たちが集まって話している。

 どのパーティも例外なく複数人おり、一人でいるのはアルスだけだ。

 アルスは興味も無さそうに視線を戻すと、出口の前まで来る。すると、ふと――――、


「――――『失格勇者(しっかくゆうしゃ)』」


 後ろから微かに、その言葉と、嘲るような小さな笑い声が聞こえた。


「……フン」


 アルスは聞き飽きたとばかりに、特に気にする様子もなくそのままギルドを出た。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 石畳の地面。大通りを挟むように立ち並ぶ高層の家屋。聞こえてくる大きな喧騒、談笑。

 ギルドを出たアルスを迎えたのは、とても賑やかな風景だった。

 通りを縦横に歩く多くの人々。その容姿や体の大きさはさまざまで、人間だけではない。


「――マリンちゃん、お水くれ!」


 ギルドの向かいで開かれた屋台の娘に話しかけるのは、豚のような頭と狼のような鋭い耳と牙を持つ人型の種族。オークだ。


「はい、百オールになりますねっ」

 

一方、笑顔で樽に入った水を用意する娘の方は、瑞々しい肌色の肌に、水色の髪と同化した海月(くらげ)のような触手を持つ人型の種族。水人族だ。


「――さあ、見にこんかい! どの代物もちっとやそっとじゃ壊れやしねえぞ!」

 

 別の場所で広げた絨毯に、短剣や鎧など手製の金属製品を並べ、景気よく通行人に声がけしているのは、小柄でずんぐりとした体つきで豪快に髭を伸ばした種族。ドワーフだ。


「――急ぐだ、急ぐだ、遅刻したらてえへんだ」

 

 その前を素早く走り抜けた巨体。体毛がなく軽装で、人間の二倍以上ある図体が、二人がかりで大きな丸太を運搬している。トロールだ。

 

 そこは、人間や亜人、さまざまな種族な共存する街。

 この世界を走る大地の中心部に位置し、世界統治の出発点となる大都市「中央(セントラル)」だ。


「相変わらず、騒がしい場所だ」

 

 アルスはその喧騒を煙たがるように、帰路についた足を僅かに速める。

 彼の歩く道の各所にも、異なる種族同士で交流する人々の姿がよく見える。

 この街では種族間の争いごともなく、各々が平和で、交流的な暮らしを営んでいるのだ。

 ゆえに多文化が入り交じり、家の屋根の色や、街の各所の様子までバラバラなのである。

 

 元々、人間とその他の種族は交友的な関係でなく、種族間で敵対することが多かった。

 それを変えるきっかけとなったのは、約千年前に起きた魔王の復活だ。

 魔王はこの世界に呪いをかけ、主な医療手段であった「回復魔法」を消し去った。

 魔王は先代の勇者によって倒されたが、「回復魔法」がこの世に戻ることはなかった。

 それでは、勝敗に関係なく争いによって多くの命が失われてしまう。

 それを懸念した各種族は同盟を結び、互いに手を取り合って暮らすようになった。

 その同盟の出発点として築かれたのがこの「中央(セントラル)」だ。もちろん中央(セントラル)の外でも種族間の交流はある。だが、この街が世界で最も交流が盛んで、治安も良い場所なのだ。

 

 そして、その治安を守っているのが――――。


「――――おっ。お前ら、教会(きょうかい)さんがきなすったぞ。ちゃんとしとけよ」

 

 出店を構えた狼男の獣人が、下っ端の獣人たちに呼びかける。

 その目線の先には、通りの奥から列をなして歩いてくる、白装束の集団がいた。

 全員がフードのような修道服を羽織り、荘厳な雰囲気で街の様子を観察している。

 アルスはその姿を見て、嫌なものを見たように顔をしかめる。


「……教会か」


 教会。それが中央(セントラル)、そしてこの世界を統治している組織の名前だ。

 もともと教会という言葉は、「秩序」の象徴となる神を信仰する宗教団体を表していた。

 だが着実に力をつけた教会は人間界の司法権を獲得し、人間界の秩序と治安の管理、さらには勇者を選定し養育する権威的な存在まで成り上がった。

 そして異種族の共生が始まってからは、教会は世界の管理者として中央(セントラル)と各国に配属され、その地の政治、そして治安維持を行っている。

 つまり教会は、この世界の絶対権力機関。言い方を変えれば支配者とも言える。

 

 通りを闊歩(かっぽ)し、教会は街の様子を見回しながら進んでいく。

 誰かが規定に反した行いや商業活動を行っていないか、見回りに来たのだ。

 中には一回り図体の大きな構成員がいる。教会は人間の組織だが、共生が始まってから異種族の構成員も取り入れるようになったのだ。

 そして、一通り見回りを終えた教会は、通りの先へ歩き、やがて見えなくなった。

 教会がいなくなってから、若干張り詰めていた空気が和み、喧騒が帰ってきた。


「……ふう」

 

 それと同時に、アルスは大きく息をつく。

 もう自分と教会の間に繋がりがないことは分かっている。しかし遭遇する度に、何かをけしかけてはきまいかと、少し警戒もしてしまうのである。

 

 ()()()()()()彼に、教会が近づく理由などもうないのだが。


「帰るか。シャルミィの奴、怒らねえといいがな」

 

 アルスは再び家に向けて歩き始めた。

 何も依頼をこなさず帰ったことを仲間に咎められないか――――、そんなことを思いながらアルスが通りの上を歩いていた、その時。


「すみませんっ!」


「っっ――!?」


 突然、アルスは後ろから何者かに腕を取られた。

 その何者かは、アルスの腕を取りながら思い切り通りを走る。


「おいこらっ! 何だお前、放せっ!」


 アルスは引っ張られながら慌てて声を上げ、その人物の姿を凝視する。

 その人物は、アルスと同い年くらいの、華奢な少女だった。

 ただ、肩まで伸びたその髪は白い。それと対比される褐色の肌。そして耳は鋭く、長い。

 彼と同じ人間ではない。彼女は、ダークエルフの少女だった。

 その少女が、アルスの声に反応して、彼の方を向く。


「ごめんなさい! 申し訳ないのですが、私に道を教えてくれませんか!?」


 澄んだ赤い瞳。頭に赤い薔薇を携えた少女は、必死そうな困り顔でそう言った。

 よく見ると、その顔つきは人形のように整い、大きな瞳はまるで宝石のように映る。

 黒いローブの下は、へそと腕の出た白い上衣。茶のホットパンツからはすらりと健康的な脚が伸び、丈の長いブーツを履いている。

 それはまるで、アルスと同じ冒険者のような格好だった。


「はぁ……!? 道案内……?」


 わけもわからず、アルスがそのまま引っ張られていると、


「待てぃ!」


 後ろから何者かのただならぬ大声と、大きな足音が聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、通りの奥から、白い修道服を来た複数人が走ってきていた。


「なっ!?」


 教会が、アルスに向かって走ってきていた。

 いや、アルスではない。教会が追っているのは、その隣にいる少女の方だ。

 視線を戻すと、こっちを見ていた少女と目が合った。

 彼女は眉をひそめ、申し訳なさそうな、そして不安そうな表情でアルスを見つめる。


「おい、何だこの状況は……!」


「すみません……私、追われていて……」


「見りゃあ分かる! なぜ俺を巻き込む!」


「逃げるのに協力してほしいんです」


「断る」


「あなたの腕は、離しませんっ」


「申し訳なさそうな顔して全然図々しいなお前っ!」


 走りながら、アルスは頭を働かせた。

 この少女は道案内を求めている。中央(セントラル)の道や構造を知らないのだ。

 つまり、中央(セントラル)で暮らしている人物ではない。そして、教会に追われている。

 この二つから導き出される推論は。


「不法侵入者……?」


 アルスは少女に聞こえないくらいの声で呟いた。

 中央(セントラル)は世界秩序の中核部のため、入国審査は厳正に行われる。

 この少女はその入国審査を、何らかの理由でふいにした可能性が高い。

 彼女といては、この平穏が壊される。それは何が何でも阻止だ。


「離せ……っ!」

 

 アルスは少女の腕を、無理やり引き剥がそうとする。が、


「お願いしますっ! どうか私を……、助けてくださいっ!」


「っっ……!」

 

 必死。弱々しくも、必死で強い意志の籠もった表情に、アルスは思わず力を緩める。

 助けを求める彼女の姿から、アルスはさっと目を逸らした。


「…………ちぃっ」


 代わりに、アルスは走る脚に力を込めた。


「路地裏に逃げ込む! 転ぶなよ!」


「……っ! はいっ!」


 その言葉に少女は目を輝かせると、パッと笑った。


「……ああくそ、なんでこうなるんだ……俺は……」


 もう、誰彼構わず助けていた、あの頃の俺とは違うのに。

 そんな顔で助けを求められたら、逃げられなくなるだろ。


 アルスは少女の手を取り、通りの脇にある細い路地裏に走り込んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…………撒いたか?」


 薄暗く細い道の上で足を止めたアルスは、後ろを振り返ってそう呟いた。

 そこは、高い家々に挟まれた路地裏。その中を五分近くも駆け巡っていた。

 アルスは生まれてからずっと中央(セントラル)で暮らしてきた。ここはとてつもなく広い大都市ではあるが、彼にとって庭のようなものでもある。ゆえに、地の利は彼にあった。


「…………っと」


 追っ手が来ていないことを確認すると、アルスは繋いでいた手を慌てて離す。


「おい、平気か?」


 そして、隣で膝に手を着き、息を切らしているダークエルフの少女に呼びかけた。


「はぁ……はぁ……、へいき……ですぅ……」


 彼女は顔を上げて返事をするが、涙目になり、かなり無理をしているようだ。

 冒険者のような格好をしているが、意外と体力はないらしい。

 少女が息を整えてから、アルスはじっと彼女の顔を睨んだ。


「ったく、面倒ごとに巻き込みやがって」


「すみません……」


 彼女は謝りながらも、苦笑いをしてアルスの顔を見つめ返す。


「でもお優しいんですね。見ず知らずの私を助けてくださるなんて」


 心の内を見透かすようなその赤い瞳に、アルスはむずがゆくなって目を逸らす。


「……勘違いすんな。お前が全然離さないから、仕方なくついてきただけだ」


 そう、ただそれだけだ。それ以外の動機なんて微塵もない、はずだ。


 そんなアルスの様子を見て、少女は微笑ましげににこっと笑った。


「そうですかっ。ありがとうございます」


「なんで嬉しそうなんだお前……。……とにかくそういうわけで、俺はお前を助けたんじゃない。だからこれから先は付き合わねえ。一人でどうにかしろ」


「ええっ! 助けてくれないんですか!?」


「教会に追われてる奴なんて庇えるか! お前が何やらかしたのかも知らないしな! そういうことは、せめて自分の素性を明かしてから言え!」


 アルスがそう言うと、少女は痛いところを突かれたように黙り込む。


「それは……」


 少女が気まずそうな表情で俯いていると、


「――いたぞ! こっちだ!」


 ただならぬ声と共に、背後から足音が近づいてきた。


「っっ!?」


 アルスと少女が振り向くと、後方から二人の教会構成員が走ってきていた。


「見つかったか! 走れっ!」


「きゃあっ!?」


 アルスが強引に少女の手を取って走り出すと、彼女は驚いたように声を出す。


「待て! 逃げるな!」


 同じ道の上を、声を上げながら教会が追いかけてくる。

 そして、その距離は徐々に、徐々に、縮まってくる。


「ちっ!」


 さすがに、少女を連れながら追っ手から逃げ切るのは無理がある。

 焦るアルスだったが、その時、前方にある家の裏手に、あるものを発見した。

 それは、巨大な卵のような形の、赤黒く光る鉱物のような物体。


「あれは……魔竜石(まりゅうせき)か……!」

 

 魔竜石とは、竜の特徴を持つ人型の種族、竜人族が、自身の魔力を具現化し練り込んだものだ。それを媒体に魔法を使うことで、魔法の効力を何段階も引き上げることができる。

 前方の家は、炉の火力を上げるための炎属性魔法の媒体として使っているようだ。

 アルスは魔竜石を見て何かをひらめき、少女を見た。


「おいお前っ、魔法は使えるか!」


「えっ……はい、使えますが……」


「じゃあ、あの魔竜石で風属性魔法を使って、足を速くしろ! そうすりゃ逃げれる!」


「なるほど、身体強化ですね! って、あれって人のものですよね? 勝手に使っちゃってもいいんですか!?」


「今さらなに善人ぶってやがる! いいからやれ!」


 そうして、アルス達が魔竜石との距離を縮めた時。


「止まらぬなら、もう容赦はせんぞ! 〈ブレイズ・ダンス〉!」


 教会構成員の掲げた手の前に赤い魔方陣が現れ、そこから幾本もの炎の渦が放たれる。

 炎の渦で相手を捕らえ、炙る。非常に殺傷力の高い魔法だ。

 それを見て、アルスの血の気が一気に引く。


「高位の炎属性魔法……!? バカ野郎、そんなのをこんなところで使ったら――――」


 炎の渦は、アルス達の進路を塞ぐように前方に降り注ぐ。

 そしてその炎は、その落下点――――魔竜石に燃え移った。


「っっ――!」


 その瞬間、アルスは少女を庇うように前方へと飛び出す。

 刹那、魔竜石から何倍もの豪猛な炎が溢れ出し、細い路地裏を一気に埋める。

 その炎はアルス達を、そして教会構成員もを一瞬で包み込んだ。

 視界が赤く染まり、強烈な熱が降り注いでくる。

 炎の渦の中、膨大な炎が襲ってくる直前、アルスは大きく口を開いた。


「魔を滅する聖剣よ! 英雄の成れ果ての元にて、再び光を灯せ! 〈白き方舟(ヴァイス・アルヒェ)〉!」

 

 その瞬間、掲げたアルスの右手に、光の粒子が集まる。

 その光が一定の形をかたどると、アルスの手に収まる。

 それは、白く眩い光を放つ、一振りの剣だった。


「はああああああああっ!」


 アルスはその剣を真っ直ぐに薙ぐ。

 すると、まるで炎が剣を避けていくように、上空に向かって吹き荒れる。

 そして、舞い上がった炎の渦は、空気に溶けていくように姿を消した。

 まるで魔法が起こったように、膨大な炎は一瞬にして消失した。


「……ふう…………。――――っっ!」


アルスは安堵し、そしてその後、何かを思い出したようにバッと後ろを向く。

そこには口を開け、驚いた顔をしたダークエルフの少女の姿があった。

彼女の体には火傷もなく、全くの無傷だ。だが、問題はそこではない。


「その……剣って……。まさか、あなたは……」


 歩み寄ってくる少女に、アルスは焦った顔で後ろに引き下がる。

 この少女に見られてしまった。彼自身の抱える、大きな秘密を。


「十年前に魔王を倒した勇者様――――アルス・ベルスト様ですか……?」


 少女がそう言った瞬間、アルスの持つ剣が光となり、虚空に消える。

 その剣――――〈白き方舟(ヴァイス・アルヒェ)〉は、十年前に勇者が失ったとされる聖剣だった。

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