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18話 勇者の願い


「……」


 朝日の差し込む部屋の中。ベッドの上で、アルスは目覚めた。

 

 体を起こし、ふと、何かを思い出したように隣を見る。

 

 ベッドの上には、アルス以外誰もいなかった。

 少し前までそこにあった存在が、最初からなかったように消えていた。

 

 アルスは呆然としながら、ベッドから起き上がり、床に足をつく。

 すると、部屋の隅、理由もなく置かれた箪笥(たんす)の上に何かを見つける。

 

 そこに、彼女の着ていた寝間着が、丁寧に畳まれて置かれていた。


「……」

 

 ――――朝になったら、ちゃんとあなたが突き放してくださいね。

 

 アルスは、彼女の言葉を思い出すと、ぎゅっと拳に力を込める。


「何が、突き放せ、だ……。お前の方こそ、天邪鬼だよ……」


 アルスは悔しそうに、歯を食いしばった。


 あいつはわかっていた。俺が自分を突き放せないって。捨てられないって。

 だから、一人で、俺に黙って、ここから出て行ったんだ。


「く……そ……」


 アルスは手で顔を覆い、無力感に包まれながら、床に腰を下ろした。


 俺がしなければならない選択を、あいつに押しつけてしまった。

 どれだけ責められても仕方ない。俺は見捨てた。そしてあいつの強さに助けられた。


 それでも、仕方なかったんだ。最初から、こっちの選択肢しか残されていなかった。


 俺に、彼女を救う力は無いんだから。


「……くっ、そぉぉぉっ…………」


 見捨てたのは俺自身なのに、まだそんな声を上げる自分がいた。

 

 割り切るしかない。傷ついた心もいずれは癒える。そうすればまた日常に戻る。

 どれだけ人を見殺しにしても、平気になっていた、勇者の頃のように。


 そう、仕方なかった。勇者の頃でさえ、全てを救うことなどできなかったのだから。

 

 そうして、アルスは諦めたように、がっくりと頭を下ろした。



「――随分のんきに寝ていたものだな。アルス」



 突然聞こえた声に、アルスは目を見開いた。

 そして、バッと顔を上げると、部屋の入り口に、金髪の少女が立っていた。


「……アリシア」


 アリシアが、神妙な顔でアルスを見ていた。


「依頼を受けに行ったはずだろ……? なんでいるんだよ……」


 彼女は今、危険種の討伐に向かっており、中央(セントラル)にいるはずがないのだが。


「バハムートなら、もう倒した。倒して帰ってきたんだ」


「……っ」


 顔色も変えずそう言い切ったアリシアに、アルスは息を飲み、目を逸らした。


「そう、かよ……」


「そうして中央(セントラル)に帰って来れば、何やらが騒がしくてな」


 アリシアはそう言い、少し目を細める。


「ソフィーが――アランスール公爵家の令嬢が、とうとう捕まった、とな」


「…………」


 その言葉に、アルスは視線を落とした。


 行方不明の令嬢がソフィーだったということは、すでに広まっているらしい。


「……助けに行かないのか? 君は」


「…………ああ」


 もう、助けないと決めた。これは俺の、俺たちの日常を守るためだ。


「そうか」


 アリシアは目を閉じてそう言うと、くるっと後ろを向く。


「それじゃあ、アルスは留守番をしていてくれ」


 そして後ろ目に、アルスに向けてにこっと笑った。


「っっ――、教会に、殴り込むつもりか……!?」


 その言葉に驚愕したアルスが、彼女の顔を見る。


「ああ。シャルミィの姿が見えないのは、教会の仕業なのだろう?」


「……シャルミィは、人質に取られたんだ。だからあいつが……自ら教会に捕まりに行った。何もしなくたって、じきにシャルミィは助かる……」


 歯切れ悪く言うアルスに、アリシアは首を横に振り、おかしそうに笑う。


「それでは駄目だ。ソフィーを助けられないじゃないか」


「……っ、どうしてそこまであいつを庇う? 一昨日会ったばかりの奴だぞ」


 いきなり現れて、俺たちを危険に巻き込んで、この日常を脅かした奴だ。


 アリシアは、ふと真剣な表情を浮かべると、アルスを真っ直ぐに見た。



「ソフィーは、私たちの仲間だ」



 何の躊躇もなく発されたその言葉に、アルスは目を見開いた。


「だから、助けに行く。シャルミィも、ソフィーも。それだけの話だ」


「っっ――――」


 淡々と紡がれる言葉に、アルスは息を飲む。


 眩しい。俺ではなく、彼女が勇者に選ばれればよかったのに。


「駄目だ」


 その眩しさに気圧されそうになりながらも、アルスは立ち上がった。


「アランスールは、教会と繋がってる。邪魔をすれば、教会はいよいよ俺たちにも目を付ける。あいつらがどんだけ大きな組織か、お前だってわかってるだろっ!」


 教会は世界を統治し、そのための軍事力を持ち合わせた、支配者たる機関だ。

 そして中央(セントラル)はその本拠地。その上で奴らを相手にするなど、馬鹿げている。

 

 叫ぶように話すアルスを前に、アリシアは穏やかに笑った。


「ああ。たしかに奴らは強大だ。それに、ガラハルドもいる。私が本気を出したところで、奴には勝てないだろうな」


「じゃあ……なんで……」


 ガラハルド。中央最強格の実力者。奴を倒さない限り、ソフィーは救えない。

 勝てないとわかっていて、なぜ戦おうとするんだ。


 呆然と言うアルスに、アリシアはバッと振り返り、彼の目を見た。


「私にはまだ、最強の勇者が後ろについていてくれるからだよ」


「な…………?」


「なあアルス。君は、どうしたい?」


「……ああ……?」


 言葉の意味を飲み込めないアルスに、アリシアは続ける。


「君は優しい。人一倍仲間想いで、それ故に臆病だ。教会に逆らって、仲間を、私たちを危険に晒すのが怖いんだろう?」


「…………ちげぇよ。俺の日常を壊されんのが嫌なだけだ」


 アルスの答えを気にも留めず、アリシアは続ける。


「君の言うとおり、教会に目を付けられるのは最悪だよ。邪魔な存在だと判断すれば、奴らは私たちにも牙をむくだろう。そして今、シャルミィは捕われている」


「…………」


 正義を語りながらも、俺に反教会勢力の男を暗殺させた。教会はそういう組織だ。

 目的のためなら手段を問わない、非情な集団。逆らえば、捕われているシャルミィもどんな目に遭うかわからない。


「本当は、ソフィーを助けたいのに。君は私たちの身を案じて、そう言えないんじゃないのか?」


「っっ――――」


 アリシアの言葉にアルスは握った拳に力を込める。


「違う! あいつはいきなり現れただけの、ただの他人だ! あいつを差し出すことに、俺はこれっぽっちも不満なんてねぇ!」



「じゃあ、どうして君は、そんなに辛そうな顔をしているんだ?」



「っ……」


 そう指摘されたアルスは、今にも崩れてしまいそうな、悲哀に満ちた表情をしていた。


 それとは対照的に、アリシアは穏やかに笑う。


「昨日の朝。騒ぎながら、君の顔を見て思ったよ。これまで見たことがないくらい、安らかな顔だって。ソフィーに出会うまでは一度も見せなかった顔をしていた」


「……!」


「それを彼女が引き起こしたなら、君にはまだ彼女が必要だ。私にもシャルミィにも癒やせない君の傷を、唯一癒やすことができるのが彼女だ」


 その言葉に、アルスは視線を落とすと、思いを巡らせた。


 あの夜。あいつは俺の叫びを聞いてくれた。その上で、肯定してくれた。

 俺はあの時、どんな感情を抱いていた?

 嬉しかったんだ。俺の本心を、包み隠さず話せる人を見つけたから。


「君はいつも、自分の気持ちを包み隠す。自分の身も顧みず、君は他者に手を差し伸べてくれる。そうして君はかつて、私のことも助けてくれた」


 昔を思い出すように遠くを見た後、アリシアはアルスの顔を見て笑う。


「だから今は、自分の気持ちに応えてやってくれ。他でもない、君自身のために。それが今私にできる、君への精一杯の恩返しなんだ」


「…………」


 その言葉を聞いたアルスは、俯くと、黙り込んだ。


 勇者だった頃でさえ、全てを救うことはできなかった。

 そんな俺でも、全てを救うために、戦ってもいいのだろうか。

 自分の心に従って、ただ思うままに、救いたい誰かのために、身勝手に剣を取ってもいいのだろうか。

 

 アリシアは、いいと言ってくれた。俺は、どう思っている?

 最初から、心の隅ではわかっていたんだ。俺が今、やりたいことなんて。

 

 あいつを、ソフィーを救いたい。そしてもっと、あいつと一緒にいたい。

 

 アルスはバッと顔を上げると、アリシアの顔を見る。


「アリシア……。すまん、俺に力を貸してくれ」


 その言葉に、アリシアは少し驚いたように目を見開くと、明るく笑った。


「ああ、もちろんだよ。アルス」


 彼女はそう言い、迷いの消えたアルスの顔を見る。


 意思に満ち溢れたその表情は、アリシアが初めて目にするものだった。


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