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16話 私を選んでくれませんか?

 教会が去ったすぐ後、アルスは借家に入り、部屋の中を見渡した。

 いつもの無表情は剥がれ、彼の表情には動揺と焦りが浮き出ていた。


「っ…………」


 特に荒らされたような形跡は見つからず。部屋の中は元のままだった。

 おそらくシャルミィは速やかに気絶させられ、乱暴はされなかったのだろう。


 それだけ確認すると、アルスは後ろを振り向く。

 そして、同じく部屋に入ってきた、ワンピース姿のソフィーを見つめた。


「……話せ……全部、俺に話していないことを……」


 アルスの切羽詰まったような問いに、彼女は落ち着いた様子で口を開く。


「はい。すべて、話します」


 俯き気味だったソフィーはそう言い、頭を上げて彼の顔を見つめた。


「あの人が言った通り――――私は有力貴族、アランスール公爵家の者です」


 アランスール公爵家。大きな権力と、教会との繋がりを持つ、ダークエルフの貴族。


「……だから、誰にも素性を明かさなかったのか」


 ギルドに張り出されていた捜索依頼は、おそらくその家の者が発したものだろう。

 素性を明かしてしまえば、いずれはその依頼のために捕らえられてしまう。

 だから隠していた。だが、公爵家と繋がりを持つ教会にはついに補足された。


「なぜ、俺に近づいた?」


 アルスは訝しむような目でソフィーを見てそう言った。


 こいつは俺を「甘やかしに来た」と言った。だが、それだけでは説明がつかない。

 どうしてこいつは俺に会いに、中央(セントラル)まで来たのか。それが一番不可解だった。


 すると、ソフィーは目線を下ろし、何かを思い出すように笑った。


「……ずっと昔、私はあなたに助けられたんです」


「……何だと?」


 その答えに、アルスは意外そうに声を漏らした。


「東の国――サフィア。そこが私の故郷であり、アランスール家が納めている土地です」


「……サフィア……」


 その名には覚えがあった。中央(セントラル)から馬車で十日はかかる、東の遠国だ。

 話すソフィーの表情が、少しだけ曇る。


「十年前、あなたが魔王を倒す少し前。サフィアは魔物たちの襲撃を受けました。少し前に母を亡くして、生きる意味を見いだせずにいた私は、そこで死ぬつもりでした」


「っっ……」


 淡々と紡がれた彼女の言葉に、アルスは少しだけ狼狽える。

 すると、ソフィーはにこっと笑い、彼の顔を見つめた。


「そんな時、命の危機にあった私と父、そして民を救ってくれたのが、アルスさんです。あなたはそんな私を、優しく言葉をかけて、励ましてくれたんです」


「…………」


「……覚えて、いませんか?」


 呆然とするアルスに、彼女は笑顔のままそう尋ねた。


「…………」


 覚えて、いない。あの頃はいろんなことがあって、記憶に残っているのはほんの一部だ。


 アルスは俯き、ソフィーから目を逸らす。

 その様子を見て、彼女の表情に一瞬寂しさが混じると、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「仕方ありません。もう十年経ちますし、きっとあなたにとっては些細な記憶ですから」


 そう言って、彼女は話を続ける。


「それからしばらくたって、あなたが勇者をやめたと聞きました。きっと何かあったんだって、今度は私が側にいて、励ましてあげようって、私は中央(セントラル)を目指したんです」


「……それで……中央(セントラル)に……?」


 彼女の言葉に、アルスは呆気にとられる。


 彼女が中央(セントラル)を訪れ、彼に会った理由。それはあまりにも素朴で、些細なものだった。


 ソフィーは「はい」と答えると、そのまま続ける。


「父は私の門出(かどで)を許してはくれなくて。でも、諦められませんでした。計画を練って、その目を盗んで家を出る頃には、十年も経ってしまっていましたが」


 彼女はそう言い、照れ隠しするように笑った。


「十年も……、ただ、それだけのために……?」


 人々に非難され、心を閉ざした俺を励ますため。それだけのために。

 たった一人で、危険を冒してまで、長い道のりを経てここまで会いに来たというのか。


「いつかは連れ戻されると、分かっていました。でも、ちゃんとあなたに会えました」


「っっ……!」


 一切の憂いのない笑顔で紡がれたその言葉に、アルスは息を飲んだ。


「あなたの顔を見られました。だから満足です」


 ソフィーはそう言いながら、満面の笑みを浮かべた。


「…………」


 アルスはそんな彼女を見て、呆然とした。


 すぐに連れ戻されるのも覚悟の上で、この数日間のために十年も費やして。

 それでもこいつは俺に会いに来て、励ましてくれていたのか。


「っっ…………」


 そう思うアルスの体が、微かに震えだした。


 明日の朝には答えを出さねばならない。ソフィーとシャルミィ、どちらを捨てるか。

 どちらを選ぶべきか、とっくに答えは出ているはずだ。だが、まだ心の整理ができていなかった。それほどまでに、彼女を失うことを恐れている自分がいた。

 もう誰も、見捨てたくはなかった。あの頃のように、見殺しにはしたくなかった。


「はぁ……、はぁ……っ」


 震えが強まり、動悸が高まる。

 そんなアルスの様子を見ながら、ソフィーは小さく口を開く。


「……と、思っていたのですが」


 彼女はそう呟くと、おもむろに、ずいっと彼に接近する。


「っっ――――」


 アルスは狼狽え、彼女の前進に合わせて、おぼつかない足取りで後退していく。

 ソフィーが近づけば、アルスが離れる。それでも彼女は構わず、彼に近づく。

 そして気づけば、アルスは寝室のベッドに背後を取られ、逃げ場をなくしていた。


「アルスさん……」


 ソフィーは帽子を脱ぎ捨てると、艶っぽい表情で彼の顔を見つめる。

 そして、彼女はアルスを、ベッドに押し倒した。


「っ……」


 上体を起こしたアルスの上に、ソフィーは跨がり、その身動きを封じる。

 そして、切なげに目を細め、意を決したように口を開いた。


「好きです。あなたのことが、ずっと好きでした」


「っっ――」


 その言葉に、目を見開いたアルスの思考は固まった。


 ソフィーは彼の頬に優しく手を添えると、その顔を見つめる。


「すごく身勝手なことだと思います。だけど――――どうか、私を選んでくれませんか?」


「…………」


 呆然とするアルスに、ソフィーは目を細め、ゆっくりと顔を近づけていく。

 彼の口元へ目がけ、ゆっくりながらも真っ直ぐに、近づく。

 心の中を見透かすようなその赤い瞳に、覗き込まれる。


「…………っ」


 その目を見て、だんだんと、アルスの思考の枷が綻ぶ。


 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。

 これ以上されたら、捨てられなくなる。失うのが、怖くなってしまう。

 やめてくれ。もうこれ以上、俺の大切な物を増やさないでくれ。


「…………離、せっ……!」


 彼女の唇が、あと少しで触れてしまいそうなところで、ようやくその言葉が口をついた。

 そして、アルスは少し乱暴に、ソフィーの手を引き剥がす。

 彼は彼女に目を合わせないように、俯きながら口を開いた。


「……仲間は、捨てられない。もうお前を助けてはやれない」


 そう、これでいい。これが今、俺が取るべき一番の選択だ。


 彼女を見捨てなければ、シャルミィを助けられない。彼女を助けても、教会が彼女を見逃す保証はない。その上、教会とアランスール、どちらも敵に回すことになる。

 どっちも助けるなんてことはできない。それができるなら、俺は勇者として全ての人を救えていただろう。だが、俺にはそれができなかった。

 だからこそ俺は「失格勇者」なのだ。こんな俺に、助けなんて求めないでくれ。


「…………」


 彼女の反応が、怖かった。どんな非難をされても、仕方ないと思った。


「わかりました」


 だがソフィーは、すんなりとその言葉を承諾した。

 まるで、彼がそう答えると、最初から分かっていたかのように、穏やかに笑っていた。


「……その代わり――――、今日は、一緒に寝ていただけませんか?」


「っ…………」


 少しだけ切なげな、苦笑いで発せられた言葉に、アルスは首を横に振れなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 夜が更け、真っ暗な寝室のベッドの上に、二人。

 背を向け、隣で横になっているアルスの背中を、ソフィーは愛おしそうに見つめ。

 彼の体が、微かに震えているのに気がついた。


「……やっぱりあなたは、優しい人ですね」


 彼女は微笑ましげに笑い、優しくそう言った。


「ほぼ赤の他人である私を、そんなに気遣ってくださるんですか」


「…………」


 その言葉に、アルスは返事もすることなく、黙り込んだ。


 怖かった。面と向かって人を見捨てるのが。

 勇者だった頃にはできていたことに、今はとてつもなく抵抗を感じた。


「っっ」


 いくら抑えても、震えが止まらなかった。これから起こることに、恐怖していた。


 そんな彼の首元に、腕が回される。


「っ……」


 気づけば、ソフィーに後ろから抱きしめられていた。

 彼女は穏やかな微笑みを浮かべ、目を瞑っていた。


「そうですね。あなたはそうやって、誰にでも優しくしてくれますから。その優しさに、私も救われたんです」


 そう言うと、彼女は目を開き、物憂げに顔を曇らせる。


「だからこそ、心配していました。そんなあなただから、自分を責めて、一人で抱え込んでいるんじゃないかって」


 そう言う彼女の表情が、再び明るくなる。


「だけど、あなたには素晴らしい仲間がいました。シャルちゃんに、アリシアさん。あの二人がいてくれるなら、あなたはもう大丈夫なんだって、とても安心できました」


「…………」


「だから、もうこれ以上、私を想ってくれなくて大丈夫です。最後に素敵な思い出を、いただきましたから。だから、シャルちゃんを助けてあげてください」


 彼女はそこまで言うと、少し切なげに眉をひそめる。


「だけど、私も身勝手で、ワガママなダークエルフですから。離れようと思っても、あなたから離れられないかもしれません。だから――――」


 彼女はアルスを真っ直ぐに見て、口を開く。


「朝になったら、ちゃんとあなたが突き放してくださいね。私の、諦めがつくように」


「…………」


 その言葉に、彼はしばらく黙り込むと、


「……当たり、前だ……っ。俺は、お前を見捨てる……そうして、シャルミィを助ける」


 背中を向けながら、そう答える。

 その声は、震えていた。


「はい。お願いしますね」


 そんなアルスに、ソフィーは優しく笑い、彼から手を離した。


「今日も、振り回しちゃいましたから。疲れていますよね。ゆっくり、休んでください」


 彼女の言葉が頭を巡ると、不思議と、強ばっていた体の力が抜けていく。


 そして、アルスの目が細まっていくと共に、その意識は朦朧としてくる。


 やがて、その目が閉じられると、彼は穏やかに眠りについた。


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