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15話 強襲

 目的地に着く頃には日が傾き、中央(セントラル)はオレンジの光に包まれていた。

 ソフィーに連れられてきたのは、とある通りの外れにある、小さな一軒家。

 彼女は玄関の扉を叩く。しかし、しばらくしても返事はない。


「あれれ? 留守ですかね?」


「……おい、どうすんだよ」


「うーん…………」


 考え込むようにソフィーが唸っていると。


 カランっと、後ろで空の桶が地面に落ちるような音がした。


 アルスが振り返ると、後方にいたのは、彼を見て呆然とする人間の女性の姿。

 その隣には、十歳くらいの少女がきょとんとした顔で立っていた。


「ああ……?」


 その様子に、アルスが状況を飲み込めずに声を漏らしていると、


「……あの、もしかして、あなたは勇者様ですか……?」


 彼に向かって、女性が歩み寄りながらそう訪ねた。


「……勇者というか、今は元勇者だが……。そうだ、俺はアルス・ベルストだ」


「……! やっぱり……!」


 女性はそう言うと、アルスに向かってずいずいと近づいてくる。

 彼はそれを見て、ため息をつくと、力なく目を瞑った。


 「失格勇者」である自分に対し、恨み言を言ってくるのだと、そう確信した。


 女性はアルスの手を両手で掴むと、大きく口を開いた。




「私っ! あなたにずっと、お礼を言いたかったんですっ!」




「………………、えっ……?」


 目を開いたアルスは、意外そうに思わず声を漏らした。


 お礼? 恨み言ではなく、お礼だって?


 女性は彼の手を離すと、改まるように一歩下がって礼をした。


「申し遅れました。私は元々西の国の者で、後から中央(セントラル)に越してきたんです。この子を生んでから、快適な暮らしをさせてあげたいと思って」

 

女性が穏やかな顔で、歩み寄ってきた少女の頭を撫でながら言う。


「十年前、私はまだ妊婦でした。そんな時、魔王の遣いが西の国を襲って、私の住んでいた村も魔物に脅かされました」


 女性はそう言った後、アルスの顔を見て笑った。


「もう駄目だと思ったそんな時に、勇者様、あなたが来てくださいました。魔物を撃ち払い、窮地を救ってくれたあなたは、村の英雄として、今も讃えられていますよ」


「…………」


 意外な言葉の数々に、アルスは言葉を失い、呆然とする。


「もしあなたが助けてくださらなかったら、この子も生まれていなかったでしょう。クイラ、あなたが生きているのは、この人のおかげなのよ」


 女性がそう言うと、少女が恥ずかしがりながら、アルスの顔を見る。

 女性はそれを見て優しく笑うと、アルスに向かって深々と頭を下げた。


「あの時助けてくださって、本当にありがとうございました。この恩は、一生忘れません」


「お兄さん、ありがとうっ!」


 それと一緒に、少女も彼にお礼を言った。


「…………」


 アルスはそれを見て、呆然としながらも、確かに思った。


 ああ、俺は誰かを救えていたのか。勇者として、人の幸せのために戦えていたのか。

 今まで、奪ったという感覚しかなかった。勇者らしいことなど一つもできなかったと。

 だが、完璧とはかけ離れていたとしても、少なからず、誰かの英雄にはなれていたのだ。


 ただそれだけで、少し、救われたような気がした。


 女性は頭を上げると、アルスを見て穏やかに笑う。


「今は、あなたのことを非難する人もいるでしょう。でも、きっといつか分かってくれるはずです。あなたは人々のために、精一杯戦ったと。あなたが、英雄と呼ばれるに値する人だということを」


「…………」


 アルスはその言葉を聞くと、


「……俺は、そんなたいそうな人間じゃねえよ」


 そう言って、その場からさっとと歩き出した。


「アルスさんっ」


 ソフィーが慌ててその後ろに続くと、アルスは振り返ることなく道を歩いて行った。

 女性はそんな彼の後ろ姿を、礼をしながら見送っていた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 借家への帰路。アルスたちは、言葉も交わさずにただただ歩いていた。

 しばらく歩くと、アルスが無表情に、後ろにいるソフィーを振り返った。


「お前は、知ってたのか? あの親子のこと」


 その問いに、ソフィーは少し控えめに笑った。


「……はい。知っていましたよ」


「お前は外から来たんだろ? なのになぜ、中央(セントラル)にいる人のことを知っている」

 中央(セントラル)で暮らすアルスさえ知らなかった親子の存在を、なぜ彼女は知っていたのか。


「……給料の、前払いです」


「は……?」


 飲み込めない様子のアルスの前で、ソフィーは切なげに微笑んだ。


「アルスさん、すごく悲しそうでしたから。元気づけてあげたくて」


 ソフィーは、だから、と呟き、アルスの顔を見つめた。


「マリンちゃんにお願いしたんです。『アルスさんに恩を感じている人のことを教えて』って。そしたら、手伝いをすることを条件にその情報を売ってもらえたんです」


「っっ――」


 それを聞いて、アルスは全てを理解した。

 ソフィーがあの親子を知っていたのは、マリンにその情報を教えてもらったから。

 水売りの手伝いをしたのは、駄賃を稼ぐためではなく、情報屋であるマリンから情報を買い取るための手段だった、ということだ。


「知ってほしかったんです。あなたに感謝している人は確かにいるって」


「…………」


 ソフィーの言葉に、アルスは呆然と思いを巡らす。



 たしかに、いた。俺が自信を持って救えたと言える人が、確かにいたんだ。



 そんな彼を見て、ソフィーは優しく笑った。


「あなたは世界を救った。人々も救いました。だから、その自覚をしっかり持ってください。あなたは恥ずべきことはない、立派な勇者だったと、私は知っていますから」


「…………」


 アルスは黙り込み、ゆっくりと、ソフィーに背を向ける。


「…………俺は、そんな立派な奴じゃない」


 そう言い、かすかに上を見上げた彼の頬に、一筋の涙が伝った。


「……でも…………ありがとう。少し…………救われた」


 その言葉に、ソフィーは目を見開く。

 そして、しばらくすると、彼女はとても嬉しそうに、柔らかく微笑んだ。


「……はい……っ!」


 アルスは涙を乱暴に拭うと、再び歩き出す。

 その後ろを、謙虚な足取りでソフィーがついてきた。

 そうして道の上を歩きながら、アルスはオレンジに染まる空を見上げた。


 ――俺はかつて、正義のために戦った。その結果、人々には疎まれ、虐げられた。

 それから俺は、他人との間に壁を作り、一人で生きることを選んだ。

 皆、俺を嫌う者ばかりだと思っていたから。だが、そうではなかった。

 クレープ屋の店主のように、気さくに接してくれる人もいた。

 あの女性のように、俺に感謝してくれる人もいた。

 他人から目を背けてばかりで、この十年間、そんなことにも気づかなかった。

 このダークエルフがやって来なければ、知ることはできなかった。


「…………」


 アルスは視線を下ろし、後ろ目にソフィーを見る。


 どうしてこいつは、俺のためにここまでにしてくれるのだろう。

 俺はこいつのことをほとんど知らない。昨日出会って、今まで過ごしただけだ。


 だけどこいつは言った。「あなたを甘やかしに来た」と。


 俺を探して、教会に追われるほどのタブーを犯してまで、ここにやって来た。

 なぜ? 分からない。一体こいつは、俺とどういう関係なんだ?


 道の途中で、アルスはふと、ソフィーに振り返る。


「……なあ、お前は一体――――――」


 ――――何者なんだ。と、言おうとしたところで、




「――いたぞ!」




「っっ――!?」


 後方から聞こえたただならぬ声に、彼はバッと後ろを振り返った。

 すると、道の向こうから、白装束の人間が四人、走ってくるのが見えた。

 

 左腕に帯びた白い腕章は、彼らが教会の刺客であることを意味していた。


「教会……っ!」


 アルスは瞬時にソフィーの手を取り、走り出す。


「きゃっ――」


「ボサッとするな! 逃げるぞ!」


 アルスはそう言いながら、追いかけてくる教会を見て舌打ちをする。


 なぜ教会が追ってくるのか、はっきりとしたことはわからない。

 だが、どうにしろ捕まれば厄介なことになる。それは確かだった。


「――逃がすなっ! 目標はダークエルフだ! 邪魔するようなら男も始末しろ!」


 どうやら、教会の狙いはソフィーのようだった。

 教会は彼女へと狙い定めて、だんだんとその距離を縮めてくる。


「……アルス、さん……」


 聞こえた声の方を向くと、ソフィーが何か悟ったような笑みで彼を見ていた。

 その顔はまるで、この瞬間が来ることを知っていたような表情で。


「私を、置いていってください」


「ああ……!?」


 その言葉に、アルスは驚くように声を漏らした。


「このままじゃ、アルスさんまで傷ついちゃいます。だから――――」


 ――――だから、私を見捨てろ、と?


「……ハッ」


 アルスは前を向きながら、強がるように笑った。


「ここまで巻き込んでおいて、何も話さずにいなくなるとか、都合が良すぎるんだよ。言っただろ。お前が何者なのか、いつかは聞かせてもらうって」


 彼は汗を伝わらせながら、大きく口を開いた。


「だから今は、全力で走れ! 話はそれから聞いてやる!」


 その言葉に、ソフィーの目が見開かれる。

 そして、その表情が切なげに揺れると、彼女は俯きながら、静かに頷いた。


「こっちだ!」


 アルスはそう言うと、ソフィーと共に路地裏に逃げ込んだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 アルスたちの足取りが緩む頃には、中央(セントラル)の空はすでに夜の黒みを帯びていた。


「……なんとか撒いたか」


 暗さの増した路地裏の中で、アルスはそう言いながら足を止めた。

 その後ろでは、息を切らしたソフィーが苦しそうな表情で肩を揺らす。


「……おい、大丈夫か?」


「…………はい、なんとか……」


 ソフィーは息を整えながら返事をする。どうやら体の方は平気なようだ。

 だが、その表情からは安堵は見えず、まだ不安感のようなものが読み取れる。


「……ここを抜ければ、すぐに家だ。とりあえずは追っ手もしのげるだろ」


 安心させる気があってかなくてか、アルスは彼女にそう言った。


 事実、借家はすぐそこにある。入ってしまえば、そうそう見つかることはないだろう。


「ほら、行くぞ」


 アルスはさっとソフィーの手を取り、再び歩き出した。

 そして暗い路地裏を抜け、彼らは街灯の灯った通りへと飛び出した。


「っっ――!?」


 だが、そこで目に入った光景に、アルスは驚愕するように目を見開いた。

 路地裏を抜けたすぐ先に、彼らの借家は確かにあった。


 しかし、その前を取り囲むように、教会の構成員たちが待ち構えていた。


「補足、されていたのか……!?」


 ソフィーの逃げ帰るであろう場所。アルスたちの借家は、教会につきとめられていた。


 さらに、驚くべきはそれだけではなかった。

 トロールほどの巨体を持つ構成員の一人が、一人の少女を担いでいる。

 赤い髪と大きな猫耳を持つ小さな少女が、気絶したように目を瞑っていた。


「っっ、シャルミィっ!!」


 アルスが動揺し、彼女に向かって駆け出そうとしたところで、




「――――なんだ、随分と遅かったではないか。『失格勇者(フェイル・ヒーロー)』」




 妙に気取った、聞き覚えのある声が彼の耳に届いた。

 

 構成員の奥から出てきたのは、全身に赤い鎧を纏った、長身の金髪の男。

 大きな赤いマントを帯びたその背中には、一振りの大剣を背負っている。

 色香を醸す端正な顔が、アルスを見てにたりと笑った。


「ガラハルド……っ!」


 アルスはその男――ガラハルドを思い切り睨んだ。

 ガラハルドはその敵意を気にも留めないように、人差し指をちっちと振る。


「まあ待て、今宵は貴様に用はないのだ。用があるのはそちらの御仁よ」


 そう言い、ガラハルドはアルスの後ろに立つ、ソフィーの顔を見る。

 そして笑みを浮かべながら目を瞑り、彼女に向けておもむろに頭を垂れた。



「……アランスール公爵家令嬢、ソフィー・アランスール様。お迎えに上がりました」



「…………は?」


 その言葉に、呆然と間抜けな声を漏らしたのは、アルスだった。

 その様子を見て、ガラハルドが頭を上げ、愉快そうに笑った。


「知らなかったのか? そちらにおわすは、かの有力貴族のご令嬢。ソフィー様だ」


「っっ」


 それを聞いて、アルスはバッとソフィーの方を振り返る。


 すると、彼女は黙り込み、気まずそうに俯いていた。


「本当……なのか……?」


 アルスは彼女に尋ねた。嘘であってくれと、心の奥底で願いながら。

 すると、ソフィーは覚悟を決めたように青を上げ、彼を見つめ返した。


「はい。あの人の言うとおり、私がソフィー・アランスールです」


「っっ――!」


 彼女の答えに、アルスは目を見開いた。


 「行方不明のアランスール公爵家令嬢の捜索」。ギルドで捜索依頼が出されていたように、現在行方不明とされている貴族の令嬢。それが、ソフィーだったのだ。


 この世界の統治は王政ではない。基本的には、各国に配備された教会が管理者となり、その地を治める。しかしまれに、功績を挙げた貴族が教会の代わってその地を統治することがある。アランスール公爵家は、まさにその一国を統治する有力貴族なのだ。

 そのため、アランスール公爵家は教会と親密な関係を持ち、教会に次ぐほどの権力を持つ存在として周知されている。


 そのことは当然、アルスも知っていた。だからこそ、彼は一瞬で理解した。


 だから中央(セントラル)の入国審査をふいにしたのか。審査を受けてしまえば、素性がバレるから。

 だからクレープを食べたことがなかったのか。庶民の食べ物を食べる機会がないから。


 動揺するアルスを見て、ガラハルドが笑いながら頭を掻く。


「正直、この俺も驚いた。昨日ギルドで見かけた女が、まさか貴族の令嬢だったとは」


 ガラハルドは、アルスとその後ろにいるソフィーを交互に見る。


「指令を受け、すぐにでもその身柄を預かろうと思ったが、少し面白いことを思いついた」


 そう言ったガラハルドの口元が邪悪に歪んだかと思えば、彼は指をパチンと弾く。

 すると、トロールの構成員がシャルミィを下ろし、ガラハルドの肩に乗せる。

 ガラハルドは彼女の体を担ぐと、くるっと後ろを向き、視線をアルスに向けた。


「この猫人の身柄は預かる。明日の朝までに答えを出せ。この女かご令嬢、どちらを助け、どちらを見捨てるのか。どちらを選んだとて、貴様は悪者だがな」


 愉快そうに笑うガラハルドに、アルスは敵意をむき出しにして駆け出した。


「勝手なこと言ってんじゃねえぞっ!」


 その距離が縮まる。だが。


 突如、アルスの前に大きな炎の壁がそびえ立つ。


「っっ――」


 立ち止まったアルスの前で、その炎は広がり、ガラハルドの姿を覆い隠す。


「貴様がどんな答えを出すのか、楽しみにしているぞ。『失格勇者(フェイル・ヒーロー)』」


 炎の向こうから聞こえた声に、アルスはキッと歯を食いしばる。


 そして、炎が静まり、一気にかき消えると、そこにガラハルドたちの姿はなかった。

 アルスはその光景を見て、拳を握りしめ、俯いた。


 そんな彼の後ろで、ソフィーが、切なげな表情で口を開いた。


「……()()()が、来てしまいましたね」

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