14話 異種族交流
通りを歩きながら、アルスたちはいろんな風景を見て回っていた。
アンバランスに並び立つ、ちんまりとしたホビットの家と、大きなトロールの家。
口から火を吐き、焼き魚を提供する蜥蜴人。それを見て腰を抜かすドワーフの老婆。
人間の吟遊詩人が優美な歌を披露し、種族を問わず客を引きつける。
そんな光景を、ソフィーはどれも面白そうに眺めていた。
それもそのはず。こんな風景は、外ではなかなか見ることができない。
ここは世界で最も異種族の交流が盛んな場所。外からやって来たソフィーにとって、いろんな文化や風景が入り乱れる中央は物珍しく、また面白いものであった。
活き活きと周りを見渡すソフィーは、遠くの方に何かを発見する。
「あっ、アルスさん! あっちに行ってみましょう!」
「ああ? ――――って、うおっ」
反応したアルスは、ソフィーに手を取られ、引っ張られる。
「おい、どこに行くんだよっ」
アルスの問いかけも耳に入らないのか、ソフィーは笑ってぱたぱたと走る。
見た目は淑女だが、はしゃいでいるのか、行動は淑女のそれとはかけ離れていた。
ソフィーに連れられてきたのは、通りの中のとある人だかりだった。
その人だかりの先では、黒装束に身を包んだ女が一人、立っていた。
腰まで伸びた緑髪に、長く尖った耳。どうやらエルフのようだ。
そのエルフの掲げた左手に、ボッと小さな炎が灯る。右手がその炎が包み隠し、そして再び離れると、今度はその左手から小鳥の姿をとった炎が数羽、飛び出した。
宙に煌めく炎は美しく、その小鳥たちは遊び回るように集まり、散りを繰り返す。
その光景に、周りにいる観客たちは感嘆の声を上げ、拍手を送った。
「……魔法を使った、手品師ってところか」
アルスはエルフの姿を見て、無表情に言った。
エルフは魔法の才に長け、その細かな操作や造形を可能とする技術者が多いのだ。
このエルフは三角帽を被り、魔女のような格好をしているが、衣装であって本物ではないだろう。魔女は千年以上前に弾圧され、その存在はすでに絶えている。
「すごいですね……っ! アルスさん、もっと前に行きましょうっ」
ソフィーは興味津々な様子で、もっと近くで見ようと観客を掻い潜り、前に出る。
アルスは仕方ないといった様子でそれに続き、彼女のいる最前列までやって来た。
「……」
それを見た手品師が、突然ソフィーに向かってひょいひょいと手招きをした。
「……えっ、私ですか……!?」
当惑するソフィーに、手品師はただ笑ってコクンと頷いた。
それに勘付いた観客が、わいわいと面白そうにソフィーの背中を押す。
「きゃっ――」
押し出されたソフィーは前によろめくと、エルフの手品師に受け止められる。
気づくと、彼女は手品師と同じ、手品の舞台に立っていた。
手品師がソフィーに微笑み、彼女を離すと、右手を掲げた。
その手から、今度は藍色の水が放たれ、宙を大きく駆け巡る。
手品師がソフィーに目配せすると、彼女は戸惑いながらも、左手を掲げた。
その手から空色の水が放たれ、宙を舞う。
二つの水流は入り乱れ、ぶつかると、その色を次々と変える。
飛び散った飛沫が煌めき、観客へと心地よい小さな雨が降り注ぐ。
まるで昼と夜の空が戯れるような光景に、観客は歓声を上げた。
手品師は笑い、ソフィーの手を取ると、その手を高く掲げる。
すると、混じり合った水流が一体の竜の形を型取り、甲高く鳴いた。
それを見たソフィーは、とても楽しそうに表情を輝かせた。
観客からは驚きと、賞賛の拍手が飛び交い。
「ほう……」
アルスまでもが、その光景に感嘆し、小さく笑った。
エルフとダークエルフは、異種族交流が始まるまで熾烈に敵対していた。だが元々その親は同じであり、ソフィーもエルフと同じく、魔法の才に長けているようだった。
エルフの手品師とソフィーは手を取り、微笑み合うと、観客に向けて礼をした。
エルフとダークエルフの親しげな交流に、観客からの賛辞の拍手はしばらく続いた。
ソフィーは、少し恥ずかしそうに、そして、とても楽しそうに笑っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それからしばらく経ち、アルスは通りを歩き、次の目的地へと向かっていた。
その隣では、ソフィーが先程の体験を思い出すように、にこにこと笑っていた。
「ずいぶん嬉しそうだな」
「はいっ、魔法をあんな風に心置きなく使えたのは、久しぶりでしたからっ」
ソフィーはアルスを見て、子どもが親に言うように、明るく話す。
「あのエルフさんにも、これから一緒に芸をやろうって誘われちゃいました」
「へえ。引き受けたのか?」
「いいえ。ありがたいお誘いですが、水売りの手伝いもありますから。えへへ」
「そうか」
照れくさそうに笑うソフィーに、アルスもつられてほのかに笑った。
そのまま通りを進み、その終着点まで歩き続けると、
「着いたぞ」
アルスは前を向いたまま、そう言った。
「悪いが、俺に思いつくのはこんな場所くらいだ」
彼の言葉を聞きながら、ソフィーが目の前の光景を眺める。
そこは、アウリューゲル広場より格段に広い、円形の広場。
広場の中央には、樹齢数百年を思わせるほどの、巨大な木がそびえ立つ。
そしてその木を取り囲むように、色とりどりの花々が、広場じゅうに咲き誇っていた。
それぞれの花が、自らの存在を主張するように、日の光にその花弁を輝かせている。
「……綺麗…………」
その美しさに、ソフィーは思わずそんな言葉を漏らした。
そこは、視界を覆い尽くすほどに開けた、大きな花畑だった。
呆然とするソフィーを横目に、アルスは口を開く。
「……異種族交流が始まったのが、今から千年くらい前だ。この木はその成功と、平和を祈願してその時に植えられた――――と、誰かから聞いた」
そして千年、交流の象徴であるこの木は生き続け、こうして立派な大樹となった。
「それから度々花が植えられ、気づいてみればこんな花畑になった、ってわけだ」
「そうなんですね……。中央に、こんな場所が……」
ソフィーはそう言って、花畑の周りに設けられた小さな道を歩き始める。
アルスは黙って、彼女の後についていく。
「本当に綺麗……。どの花も違うのに、みんな目立ちながら、共存してる……」
それはまるで、中央の様子を表しているかのようで、ソフィーには感慨深く映った。
「……花、好きなのか?」
「はい。雨に打たれても、風に吹かれても、諦めずに咲こうとする姿は、憧れます」
花々を見ながら答える彼女の目には、少しだけ切なさが感じられた。
ソフィーは花々を眺め、しばらく歩いた後、おもむろにアルスの方を向いた。
「アルスさんがこんな場所に連れてきてくださるなんて、少しだけ意外でした」
少し悪戯っぽく笑う彼女の表情に、アルスは照れくさくなって目を逸らす。
「あまり良い所を知らないだけだ。退屈な場所で悪かったな」
花畑を取り囲む道に人は多くないが、その代わり男女のペアがいくらか見える。
仮にも「デート」だから、少しだけそういう場所に寄せて選んだのだが。
そう言うアルスの前で、ソフィーは素朴に、柔らかく笑った。
「いいえ。とても素敵な所です。あなたと、ここに来られてよかった」
その笑顔に、アルスは思わず見とれるように釘付けになった。
「いろんな場所に連れてきてくれて、ありがとうございましたっ」
そう言い、ソフィーはおもむろにアルスの手を取った。
「なっ――、おい!」
動揺するアルスにも構わず、彼女は指を絡め、恋人繋ぎにした。
「…………」
そのまま動かなくなるソフィーに、アルスはむずがゆそうに声を漏らす。
今まで彼女の手を取ることはあったが、こうして純粋に手を繋ぐのは慣れていない。
「……やめろ、気色悪い」
「そう言って解こうとしないのが、あなたの優しいところですよね」
ソフィーはにこっと笑ってアルスの顔を見る。
「それと、素直じゃないところでもあります。いや、やっぱり素直なところかな?」
「…………うるせえな。勝手に言ってろ」
アルスは手を解くと、ソフィーを置いて一歩前に出る。
その頬が少しだけ赤く染まっていることに、当の本人は気づかない。
「……デートのお礼と言っては何ですが」
聞こえた声に、アルスは後ろを振り返ると、
「あなたを連れて行きたい場所があります。少しだけ、付き合ってくれますか?」
スカートをつまんでお辞儀をしながら、ソフィーは彼に向かってウインクした。




