13話 白装束の淑女
日差しは強まり、透き通るような青空と白い雲が中央の上を流れていた。
とある大通りでは、照らされた石畳の上で多くの人々が活動している。
友人と話すもの、走り回る子供、出店や屋台を構えるものなど、さまざまだ。
その通りの隅で、一人無表情で建物の壁にすがるのは、アルスだった。
彼は手持ち無沙汰にため息をつくと、向かいにある家屋の方を見つめた。
「ったく……誘っておいて人を待たせるとか、どういうつもりだよ」
ソフィーに誘われ、アルスは彼女とデートをすることになった。
だがソフィーは、先に行く場所があると、その家屋の中に入っていってしまったのだ。
それから十数分たった今、アルスは一つあくびをすると、静かに目を閉じた。
目を閉じると、通りを抜ける風の音や、人々の喧騒が一際よく聞こえてくる。
この騒がしさも聞き慣れると意外と良いもので、日常の落ち着きを感じさせてくれる。
そうして、いつもと変わらない音に安らぎを覚えているアルスの耳に、
「—―お待たせしました、アルスさん」
凛とした、落ち着きのある声が届いた。
目を開くと、彼の目の前には一人の少女が立っていた。
その華奢な体を包むのは、ドレス風に飾られた白いワンピース。その肩口からは褐色の肌が伸び、少し長めに設けられたスカートは、どこか清楚な印象を抱かせる。
落ち着いた、余裕を感じる仕草に、小さな手で押さえられた、リボンのついた白いつば広帽子も相まって、その少女は、まるで育ちの良い淑女のように見えた。
肩まで伸びた白髪と、長く尖った耳、そして透き通った赤い瞳を携えたその姿。
目の前に現れたその少女は、ソフィーだった。
その美麗な姿と、いつもと違うその雰囲気に、アルスは思わず呆然とした。
いや、下手をすると、見とれてしまっていたのかもしれない。
ソフィーはそんな彼の様子を見ると、おかしそうにくすっと優しく笑う。
「どうしたんですか? もしかして、見とれちゃいましたか?」
「っ…………ちっげえよ。自惚れんな」
アルスは我に帰ると、慌てて否定した。
「……どうしたんだよだよ、その衣装」
アルスがそう聞くと、ソフィーは嬉しそうに笑った。
「水売りをしていた時に、服屋の店主さんに声をかけられたんです。『きっと似合うから、後で店に来て』って。その後店主さんの厚意で、無償で譲っていただいたんです」
「マジかよ……」
アルスは言いながら、ソフィーの入っていた家屋に目を向ける。
すると、その玄関からは人間が一人顔を覘かせ、ソフィーを見て納得げに頷いていた。
どうやらあの家屋は服屋で、あの人物がその店主らしい。
この服は彼女にこそ着てほしいと、思わず無償で譲ってしまったというところか。
「…………」
そう思った後、アルスはふとソフィーの姿を眺めて思いにふける。
たしかにこいつは顔立ちも整っているし、しなやかな細身で、美人とは言える。
思わず服を譲ってしまうというのも、頷ける。
――――って、何を考えているんだ、俺は。
アルスは思考を遮るように、ぶんぶんと頭を横に振った。
「アルスさん?」
「っっ――――」
気がつくと、目の前に不思議そうな彼女の顔があった。
その頬はほんのり赤く、口には薄く紅も見える。軽く化粧もしているようだ。
彼女はにこっと微笑むと、明るく口を開いた。
「行きましょう、アルスさんっ」
そう言うと、ソフィーは眩しいほどの満面の笑みを浮かべた。
「私の知らないところ、たくさん連れていってくださいっ」
アルスはその表情に少し呆然とした後、力を抜くようにため息をついた。
「はぁ……全部俺が考えんのかよ」
「はい♪ 私は中央のこと、何も知りませんから」
歩き出したアルスの背中を、ソフィーが追いかける。
しょうがねえな、と彼は心中で呟くと、晴れ晴れとした空を見上げた。
彼女とのデートが始まった。
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大通りの上を、アルスとソフィーが歩いて行く。
「…………」
アルスは浮かない顔で、周りにいる人々に視線を向ける。
すると、アルスたちの方に目を向ける者の姿をちらほらと発見した。
それを見て、ソフィーがくすっと笑う。
「なんだか注目されてますね。恋人だと思われてるんでしょうか?」
「……いや、多分違うだろ」
白く華やかな衣装に身を包んだソフィーの姿は、周囲の目を引きつけるほどに優美だ。
なぜ失格勇者が女を連れているのか、という視線もあるのだろうが、それよりもよっぽど大きな要因だろう。本人は気づいていないようだが。
なるべく注目などされたくないが、これではそれもかないそうになかった。
「……私は、あなたと恋人だと思われても構いませんよ……?」
「…………」
少し小さめに呟かれたその言葉に、アルスは目を向けぬまま、黙り込んだ。
……どういうことだよ。
無表情な彼の顔には、少しだけ動揺が見え隠れしていた。
「着いたぞ」
そうしてアルスたちは、一軒の屋台の前に辿り着いた。
そこでは羊型の獣人――羊人の男が、鉄板の上で卵を溶かした生地を焼いていた。
「二つくれ」
店主がアルスたちに気づくと、景気の良い笑顔を浮かべた。
「勇者様じゃないか。こりゃまた、べっぴんな恋人さんを連れて来たもんだ」
「恋人じゃねえよ…………同じのでいい」
アルスが素早く否定し、代金を置くと、店主は意外そうに口をすぼめた。
「あら、そうかい。すまないねぇ」
店主は優しげに笑ってそう言うと、次々と生地を焼いていく。
「ったく……」
アルスは面倒くさがるようにそう言った。
その後ろではソフィーが「べっぴんさん?」「恋人?」と静かにニコニコしていた。
「はいよ。お待ちどうさん」
アルスは店主から商品を二つ受け取ると、片方をソフィーに差し出した。
「ほらよ」
ソフィーはそれを受け取ると、興味深げに包み紙の中を覗き見た。
薄く黄色い生地に、果物や木の実、牛乳を加工したクリームが、たっぷり包まれていた。
「わあ……! これは……クレープ、ですか……?」
「じゃなかったら何だよ」
目を輝かせて言うソフィーに、アルスは素っ気なく答えた。
昼時には腹ごしらえが必要だ。だから、まずは食べ物を食べられる場所を選んだ。
クレープを選んだのに大きな理由はない。ここが近かったからだ。
「じゃあ……いただきますっ!」
そういってクレープを頬張るソフィーと共に、アルスも口に運んだ。
クリームの強い甘さが果物や木の実の酸味で和らぎ、柔らかい生地を味付けている。
「ん~っ! おいしいです~!」
クレープを食べたソフィーが、美味しそうに顔をとろけさせる。
「甘ったる過ぎるな。砂糖でも食ってるみてえだ」
「ええっ、そうですか? 私は美味しく感じるんだけどなぁ……」
ソフィーは少し不安げに顔を曇らせた後、気にした様子もなく嬉しそうに笑った。
「でも、嬉しいです。クレープを食べるの、初めてでしたから」
「ああ?」
彼女の言葉に、アルスは意外そうに声を上げた。
クレープなんてどこでも売っている。食べる機会などいくらでもありそうだが。
「アルスさんは、ここにはよく来られるんですか?」
「いや。そもそもクレープなんて食べたことなかったしな」
昔から貧乏だったため、無駄な出費を避け、俺もクレープなど食べたことはなかった。
「……じゃあ、おそろいですねっ」
彼の言葉に、ソフィーは一層嬉しそうに微笑んだ。
「それが、どうしたんだよ……」
アルスは目を瞑り、まだ残っているクレープを頬張った。
「あっ、アルスさん、クリームがついてますよ?」
「は?」
そうアルスが声を上げる頃には、ソフィーの手はすでに彼の口元に伸び。
その口についたクリームを指でなぞると、彼女はそれを自分の口に運んだ。
「もったいないですよ? ちゃんと全部食べないと」
呆然とするアルスに、彼女は可愛らしくウインクをした。
「なっっっ――――」
不意打ち。動揺するアルスの顔は一気に紅潮し、その口がパクパクと動く。
それを見た屋台の店主が顎に手を当てて、愉快そうに微笑む。
「ひゅぅー。勇者様もいいお妃さんをもらったもんだねぇー」
「っっ……! だから違えって言ってんだろっ!」
「はいはい、分かったから。また作ってやるからさ、また来てくれよ~」
店主は宥めるようにそう言うと、気さくにアルスたちに手を振った。
「チッ……」
アルスが不服げに振り返ると、そこには彼を見て微笑むソフィーの姿があった。
「それじゃあ、次に行きましょうっ」
明るく微笑む彼女に、彼はただため息をついた。




