12話 デートに行きましょう、勇者様!
マリンの言った広場とは、中央内に点在する、開けた円状の空間のことだ。
中央は円状に築かれた城壁に取り囲まれており、中心部にある教会本部からは四方八方に大通りが伸びている。各通りの途中にいくつか儲けられているのが、その広場だ。
広場は憩いの場である噴水や、商人たちの催す市場などがあるのが特徴だ。
アウリューゲル広場というのも、その広場の中の一つなのである。
アルスは通りを歩き、目的のアウリューゲル広場に辿り着いた。
その広場に着いた途端、活気のある声が彼の耳に届く。
広場では市場が開かれており、屋台や出店が家屋の前に並列していた。
「お水~! マリンちゃんの美味しいお水はいかがですか~!?」
広場の端に構えられた屋台。その前で、声を飛ばすように口の前に手を添え、澄んだ声を響かせる少女がいた。
肩まで伸びた白い髪に、褐色の肌。透き通る赤い瞳と、異種族を思わせる長い耳。
「……バイトって、お前のことかよ……」
アルスは拍子抜けするように目を細め、頭を掻いた。
彼の目線の先で呼び込みをしている少女。それはソフィーだった。
マリンの言っていた俺を探している人物とは、ソフィーのことだったらしい。
「おいしいお水はいかがですか~! ――――――あっ」
ソフィーは彼女に向かって歩いて来るアルスに気づくと、その瞳を輝かせた。
「アルスさ~~~~んっ!!」
彼女はパッと笑顔になると、アルスに向かって大きく手を振った。
「……はぁ……目立つからやめろ」
周りの目も気にせず大声を出すソフィーに、アルスは呆れるようにため息をつく。
市場の喧騒のおかげか、それほど目立ってはいないようだが。
アルスはそのまま歩くと、ソフィーの方からとことこと目の前にやって来た。
「アルスさん、クエストの帰りですか? お疲れ様ですっ」
「お前……こんなとこで何してるんだ?」
嬉しそうにアルスを労るソフィーに、彼は問いかけた。
クエストについて来れず、てっきり家で過ごしていると思っていたのだが。
「水売り屋さんのお手伝いです! 人手が足りないみたいなので、やってみようかなと」
困惑気味なアルスに対し、なぜか活き活きとした様子でソフィーが答えた。
「それは見ればわかるが、なんでまたそんな面倒くさそうなことを……?」
今が働かなくていい状況だったなら、俺もわざわざ働きなどしないだろうに。
その言葉を聞いて、ソフィーはきょとんとした後、優しく微笑んだ。
「急に押しかけた手前、アルスさんたちのお世話になってばかりではいられませんから。ちょっとでも生活の助けになったらと思って」
「……」
アルスはそれを聞いて呆然としながら、そのの言葉の意味を理解した。
貧乏な彼らのために駄賃を稼ごうとして、彼女はマリンの手伝いをしていたようだ。
「……お前、そういう気遣いできる奴だったんだな」
「え!?」
アルスがそう言うと、ソフィーが驚き顔で心外そうに声を上げる。
「もっと自分勝手な奴だと思ってた」
「し、心外ですよ!」
「図々しいし、俺のこと脅迫するし」
「そっ、それには事情が……」
ソフィーが焦り顔になって両手をパタパタと振る。
「どういう事情だ? 言ってみろよ」
「そっ、それは~~~~、……うう、アルスさんはイジワルです……」
ソフィーは口をパクパクさせた後、拗ねたように小さく呟いた。
「ま、なんでもいいが」
そんな様子を見かね、アルスはどうでもよさそうにそう言った。
食べる分の金を自分で稼ぐというのなら、願ってもない話だ。
こいつが自分勝手な奴ではないことも、本当はこれまでの言動でわかっていた。
それに、本当に自分勝手な奴ならば、昨日の夜のようなことはしなかっただろう。
「っっ……」
昨日の夜のことを思い出した途端、アルスは少し恥じるように狼狽えた。
「? どうしました?」
「……なんでもねぇよ」
不思議そうな顔で問うソフィーに、アルスは誤魔化すように目を逸らして答えた。
あの夜、泣きながら彼女に抱きしめられたこと。
一度思い出してしまうと、彼女と面と向かって話すのが気まずくなってしまう。
「そういやっ――」
アルスは話題を変えようと、勢いに任せるように声を出す。
「マリンからの伝言だ。今日はもう上がっていいとさ」
「……え、もう終わり、ですか?」
ソフィーはきょとんとした顔で、拍子抜けするようにそう言った。
「……そっか。じゃあアルスさん、マリンちゃんに言われてここに来たんですね」
「まあ、そんなところだ。いるのがお前だとは思わなかったがな」
ようやく気まずさも薄れ、アルスはいつもの様子でそう答えた。
「えへへ……。じゃあ私、今日はもう上がりますって伝えてきますねっ」
ソフィーは笑ってそう言った後、水売りの屋台に向かって小走りで駆けていった。
そして彼女は、屋台の中にいる水人族の男に話しかけると、しばらくして戻ってくる。
どうやらマリンの雇ったバイトはもう一人いたようだ。
その水人族の男は、駆けていくソフィーと、その先にいるアルスの姿を交互に見る。
そして、納得したように微笑むと、アルスに向かって親指を立てた。
……いや、なに勝手に納得してんだ。意味ありげなニヤけ顔してんじゃねえ。
アルスは不服そうに眉をひそめた後、帰ってきたソフィーの方を見た。
すると、彼女は後ろで手を組み、上目遣いで微笑みながら彼を見つめた。
「アルスさん! この後、ご予定はありますか?」
「予定? いや、特にはないが」
「ふふっ」
「……何だよ……」
やけに嬉しそうに笑うソフィーに、アルスは困惑気味に言う。
すると、彼女はアルスの手を両手で掴むと、胸の前に持ち上げた。
「私と、デートしませんかっ?」
「…………は……?」
明るい口調で言うソフィーに、アルスは呆然とそんな声を漏らした。
「この街のこと、もっと知りたいんです。私をいろんな場所に連れて行ってください」
困惑する彼の様子も気にせず、ソフィーは笑って言う。
「……いや、なんで俺がお前とデートなんてしなきゃならん」
デートなんて恋人同士がするものだ。周りに勘違いされる真似などしたくないのだが。
「街のことを知るなら、アルスさんと一緒の方が楽しいに決まってますから」
そう言って、ソフィーはえっへんと誇らしげに胸を張った。
「なぜお前が胸を張るのかはわからないが……、断る。そんなの面倒くせえ」
アルスは呆れたような顔で手を振りほどき、くるっと後ろを向いた。
「勇者の力のこと、バラしちゃってもいいんですか?」
「うぐっっ」
その言葉に彼はビクッと反応すると、ゆっくりとソフィーの方を向いた。
すると、彼女はアルスに向かって満面の笑みを浮かべていた。
「てめぇ…………」
顔に汗を伝わせ睨むアルスに、ソフィーはウインクする。
「ね? デートに行きましょう、アルスさん」
「…………チッ」
内心を見透かすようなその笑顔から、舌打ちして目を逸らす。
忘れていた。この脅しがある限り、こいつには逆らえないのだった。
「…………はぁ……仕方がねえな」
アルスはため息をつくと、吹っ切れたようにそう言った。
吐き出すように紡いだその言葉に、不思議と嫌悪感は感じなかった。
「……?」
彼は自分の感情に違和感を感じ、その正体を探る。そして。
断れなかったことに、一瞬安堵した自分がいたということに、気づいた。
心の片隅で少し、思っていたのだ。彼女と一緒に歩くのもいいかもしれない、と。
「っっ」
それに気づいたアルスは動揺し、慌ててその感情に蓋をしようとする。
「――冗談です」
だが彼女は、その隙を見逃してはくれなかった。
「この手は、もう使わないことになりましたから」
ソフィーが、先程と違う、少し寂しそうな笑顔で彼を見つめていた。
「断ってくれても構いません。あなたが、そうしたいのなら」
「…………っ」
その笑顔に見つめられたアルスは、狼狽えるように引き下がった。
全てを見透かすような、透き通った赤い瞳に、彼は射抜かれる。
――どうしてお前はいつも、俺の心の中を覘こうとしてくるんだよ。
「……私と一緒にいるの、嫌ですか?」
穏やかな表情で紡がれたその言葉に、アルスの心は揺さぶられる。
「~~~~~~っっ」
そして、目を瞑って唸る彼は、我慢を切らしたように目を開いた。
「わかったよ! 一緒に行ってやる! 不服だが、めちゃくちゃ不服だが! お前が言いふらさないとも限らねえし、デートでもなんでもしてやるよ!」
アルスは広場に響くような大声で、意地になるように言った。
素直にはなれなかった。彼自身、その感情が何か、はっきりとはわからなかったから。
そんな彼を、ソフィーはきょとんとして見つめた後、柔らかく笑った。
「ありがとうございます、アルスさんっ」
嬉しそうなその笑顔に、アルスは照れくさくなって目を逸らす。
すると、広場にいる人々が、ザワザワとざわめいていることに彼は気づいた。
「……!?」
周りを見渡すと、広場にいる商人や通行人が、彼らを見て話をしていた。
先程の大声で、注目されてしまったらしい。
「チッ……、さっさと行くぞっ……!」
アルスは人目を避けるように、さっとその場から歩き出してしまう。
「あっ、アルスさん」
ソフィーは慌ててその背中を追いかけながら、おかしそうに小さく笑う。
「……本当に、素直じゃない人ですね」
そうして二人は、アウリューゲル広場から立ち去った。




