11話 中央の情報屋
昼時には採取任務は完了し、アルスは換金を終えると、ギルド支部から外に出た。
冒険者の少ない時間帯だからか、大通りに通行人はそこまで見えない。
「――マリンちゃん。お水をちょうだいな」
「――はいっ!」
通りを挟み、ギルドの向かいにある小さな屋台。獣人の女に明るく接客するのは、十四ほどの海月型の水人族の少女。瑞々しい肌と、触手とも呼べる水色の髪が特徴的だ。
その少女――マリンは、水入りの桶を運ぶ獣人の背中を見送ると、眩しいほどの明るい笑顔で大きく手を振った。
「ありがとうございました~!」
大きく丸い水色の瞳は輝き、その小さな身を覆うフリルのついた白い服が揺れる。
そんな少女の様子を無表情に見ながら、アルスは屋台の前に来る。
「マリン、水をくれ。少しでいい」
そう言うと、マリンの視線がアルスを捉え、その表情がパッと色づいた。
「ベルストさん! 来てくれたんですね!」
彼女は屋台から身を乗り出し、大きな身振りでアルスを迎える。
「ベルストさんが来てくれるなんて、珍しいですね! お水ですね、どのくらいにしますか? 今日は少し暖かいですし、少し多めに入れおきましょうか!」
「誰もいねえからいつも通りでいいぞ」
興味なさげに言うアルスの言葉に、マリンの笑顔がピタッと固まる。
彼女は突然無表情になり、周りを見回すように視線を右往左往させる。
そして近くに通行人がいないことがわかると、屋台の台に思い切り肘をついた。
「あい~、何の用でしょうか。ベルストさん」
先程までの甘さが抜け、声音の一段階下がった気だるげな声がアルスを迎える。
雰囲気が一変し、屋台の台に頬杖をついたマリンが、ジト目でアルスを見つめていた。
「水だ、水。一杯分でいいから売ってくれ」
アルスはそんな様子を気にすることなく、彼女に用件を伝える。
「えぇー、そんな少なく? めんどくさいな~。一セット一桶で売ってるんですようちは」
マリンは眉をひそめて屋台の台に両腕ごとのしかかり、面倒くさそうに言った。
「ベルストさんが貧乏の超貧弱家計なのは知ってますけどぉ~。こちとら中央で大人気の水売り屋ですので。貧乏人に媚びる必要なんてないんですよ~?」
無表情に見下ろすアルスに、マリンは悪戯っぽく笑った。
「じゃあな、他を当たる」
「……おい待て待て待て、チッ――――しょうがねえな作ってやるよクソが」
屋台に背を向け、そそくさと歩き出したアルスを、マリンが少し焦った口調で制す。
「……売るならそう言え」
戻って来たアルスに、マリンは抗議するように睨んだ。
「もう、ほんと意地悪ですねー! 私は中央のアイドル、マリンちゃんですよ! この可愛さで一番の人気者! こんな幼気な女の子に、そんな態度取るとかどうかしてる~!」
「俺はお前がクソガキってことを知ってるからな」
そう、こいつはこの通りで水売りをしている水人族。名をマリンという。
中央で一番人気の水売り屋を営む、元気で愛らしい店主の少女。
と、周りからはイメージされているが、実際には違う。
本当は、店の人気のために猫を被っているだけの、根暗で面倒くさがりなガキだ。
皆がこいつの演技に騙され、度々会いに来ようと訪れる常連客も多いが。
訳あってその本性を知った俺にだけは、こいつは素のまま接してくるのだ。
「失格勇者」のことを知りながら、俺にも分け隔て無く接してくる珍しい奴でもある。
「もう、ほんとに面倒くさいですね~」
マリンは文句を言いつつも、裏方から小さな木の容器を取り出し、台の上に置く。
その中に入っていたのは、水。何の変哲も無い、ただの透明な水だ。
「〈アクア・ピュリフィル〉」
マリンがそう唱えた途端、容器の中から青い光が溢れ出し、水が渦を巻き始める。
その光は屋台の中まで漏れ出すと、彼女の髪が風に吹かれるようにそよいだ。
しばらくすると光は止み、渦を巻いていた水も少しずつ落ち着きを取り戻した。
その水は先程までと違い、海のように青く、一切の濁り無く澄み切っていた。
「はい、どうぞ~」
マリンが勧めると、アルスは容器を持ち上げ、その水を一気に飲み干した。
喉の奥が潤いで満たされると共に、体の疲労が緩和し、気分も落ち着いてくる。
「……悪くない」
アルスは空の容器を台に置くと、そう呟いた。
これがこの水売り屋の人気の理由の一つ。マリンは水を売るが、普通の水売りが扱うものとは少し違う。彼女は普通の水を水属性魔法によって浄化し、販売しているのだ。
水人族特有の繊細な水属性魔法によって浄化された水は、鮮度はもちろん、その味までも引き上げ、疲労の回復や気分の良化をも促すという。
「でしょう? これでも水売りとしてのプライドはありますので」
アルスの反応を見て、マリンは嬉しそうに胸を張る。
そしてふと、彼女は我に帰ったように真顔に戻った。
「でもほんとに珍しいですね、ベルストさんがうちに来るなんて」
その言葉に、アルスは本題に入るように彼女を見つめる。
「実はもう一つ頼みたいことがある。情報を売ってくれ」
「情報?」
「俺とパーティを組んでくれそうな冒険者の情報がほしい」
その言葉にマリンはきょとんとした後、ニヤッと笑った。
「なるほど、そうきましたか……」
「いつも冒険者の相手をしてるお前なら、あいつらの仕事話だって聞いてるはずだ」
そう、これがマリンの元を訪れた本当の目的だ。
人気の水売り屋を営み、その上人を寄せ付けるマリンは多くの人と話す。
そうして人々から多くの情報を入手する彼女は、情報屋としての顔もあるのだ。
すぐ向かいがギルドのため、特に冒険者との交流が厚く、その情報にも期待できる。
「情報屋としての技量、見せてもらうぞ。さあ、俺の仲間になってくれそうな奴の名前を――――教えてくれ」
「いませんね」
「即答か」
真顔で軽く言い放つマリンに、アルスは顔を曇らせた。
「いませんよそんな人。あなたは立場的にもみんなの目の敵にされてますし、ついでにレディーの扱い方もなってないし目つき悪いしクールぶってるのも痛いし――」
「クソガキが」
「あいやいやいや~! 冗談ですって! 半分以上本音ですけどぉ!」
胸ぐらを掴んで凄むアルスに、マリンはぱたぱた手と足を動かして必死に抵抗する。
「チッ」
アルスが手を離すと、マリンは涙目になって咎めるようにアルスを見る。
「そんなんだから誰にも誘われないんですよ~。ちなみに情報を踏まえて真面目に考えた上での答えですからね」
「そうかよ」
もともとそれほど期待はしていなかった。すんなりと仲間候補が見つかるようであれば、今こうしてソロクエストなどしてはいないからだ。
少しだけ落胆するように下を向くアルスを、マリンはにやけ顔で見た。
「アリシアさんとクエストできなくなって、寂しくなっちゃいましたか~?」
「そんなんじゃねえよ。討伐依頼も受けられないんじゃ、金が入らねえだろ」
アルスは顔を上げ、すぐに否定した。
そう、そのはずだ。「寂しい」とか、そんな感情などあるはずがない。
「いやあ、貧乏人は大変ですねぇ。貧乏なのに、ろくに稼ぐこともできませんか~」
マリンは屋台の台に両手で頬杖をつき、にまにまと笑ってアルスを見つめた。
その馬鹿にするような態度に腹を立てたのか、アルスは「ハッ」と笑い返す。
「そう言う割には、お前の店にも客が入らないみたいだが?」
アルスは周りを見渡しながら嫌みっぽく言う。
今はこの通りに人の影も無く、マリンの店が繁盛しているとは思えなかった。
そもそも周りに人がいては、マリンがこうして素を見せることもできないのだが。
だが、その言葉を待っていたと言わんばかりに、マリンの口角が上がった。
「違います~、マリンちゃんは今休憩中です。実はバイトを雇ったんですよ、バイト」
「バイト?」
「そうそう。私の代わりに広場で水売りをしてくれる人を雇ったわけですよ。一日中私一人で仕事するのも面倒くさいですし、思い切って新しい経営戦略を取ったのです」
マリンは体を起こし、そう言って誇らしげに胸を張る。
「市場を広げるためには思い切りも大事ですよ。まあ、お金もあることですし~?」
マリンはアルスを見て、嫌みったらしく笑顔を浮かべた。
「そうかよ、せいぜい頑張るんだな」
アルスは相手にしないように、銀貨を一枚置くと、さっと彼女に背中を向けた。
すると、マリンは何かを思い出したように目を見開くと、慌てて口を開ける
「あっ、待ってくださいベルストさん!」
「……、なんだよ?」
アルスは足を止めると、億劫そうに振り返った。
「実は、ベルストさんを探してらっしゃる人がいるんです」
「あぁ……?」
意外な言葉に、アルスは面食らってそんな声を漏らした。
「その人に、あなたが冒険から帰ったら教えてほしいと言われたのですが」
「ほう」
「生憎マリンちゃんは休憩中なので、ここから動きたくありません」
「ああ」
「だから手っ取り早い話、ベルストさんがその人に会いに行ってあげてくれません?」
マリンは満面の笑顔で人差し指を上げてそう提案した。
「断る」
「なんでぇ!」
屋台の台をバンバン叩いて抗議するマリンに、アルスは困り顔で頭を掻く。
「お前がサボりたいだけじゃねえか。だいたいそいつは今、どこで何してんだよ」
「アウリューゲル広場で、私の代わりに水を売ってます」
「いやお前のバイトじゃねえかっ!」
そそくさとそう言うマリンに、アルスは思いっきりツッコんだ。
彼に会いたがっている人物は、マリンに水売りを任された人物なのであった。
「お願いしますよ~っ! またいざって時に助けてあげますから~っ!」
「…………」
駄々をこねるように言うマリンを前に、アルスは少し考えてから口を開いた。
「その言葉、嘘にするなよ」
「…………え、行ってくれるんですか? ほんとに?」
「ああ。仕方がねえな」
心底意外そうにきょとんとするマリンに、アルスはそう答えた。
性格に難ありだが、こいつは金銭的にも情報的にも頼りにはなる。
いざという時に助ける、その言質を取っておくだけで、こちらとしては儲けものだ。
「なんか嫌に素直なような……。ま、いっか。それじゃあお願いします」
マリンは一瞬訝しむが、特に気にする様子もなくそう言った。
「あともう一つ、その人に会ったら、今日はもう上がりでいいって伝えてあげてください。その人、朝からずっと頑張ってくれてますから」
「わかったよ。それじゃあな」
マリンの言葉を聞き入れ、アルスは出発しようと後ろを向いた。
「ベルストさん」
「あ? ――――っと」
振り返ったアルスはとっさに顔の横で何かをキャッチする。
手を開くと、それは先程アルスが払った一枚の銀貨だった。
驚く彼の顔を見て、したり顔のマリンが手を振った。
「サービスしておきますよ。ベルストさんも貧乏でなかなか大変そうなので」
「……マリン……」
アルスは彼女の顔を見て、呆然とする。
「言ったでしょう? これでも水売りとしてのプライドはあるんですよ。貧乏人からお金を巻き上げるようなことはしたくありませんから」
「…………すまん。恩に着る」
しばらくして、彼は銀貨を懐にしまうと、そう言って店を立ち去った。
通りを歩きながら、アルスは思いを馳せる。
あいつの店、また顔を出してやっても、いいかもしれないな。
「あ、これで『いざって時』助けたんで、さっきのは無しですね!」
…………やっぱりこんな店、二度と来ねえ。




