表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/27

11話 中央の情報屋

 昼時には採取任務は完了し、アルスは換金を終えると、ギルド支部から外に出た。

 冒険者の少ない時間帯だからか、大通りに通行人はそこまで見えない。


「――マリンちゃん。お水をちょうだいな」

「――はいっ!」


 通りを挟み、ギルドの向かいにある小さな屋台。獣人の女に明るく接客するのは、十四ほどの海月(くらげ)型の水人族の少女。瑞々しい肌と、触手とも呼べる水色の髪が特徴的だ。


 その少女――マリンは、水入りの桶を運ぶ獣人の背中を見送ると、眩しいほどの明るい笑顔で大きく手を振った。


「ありがとうございました~!」


 大きく丸い水色の瞳は輝き、その小さな身を覆うフリルのついた白い服が揺れる。

 そんな少女の様子を無表情に見ながら、アルスは屋台の前に来る。


「マリン、水をくれ。少しでいい」


 そう言うと、マリンの視線がアルスを捉え、その表情がパッと色づいた。


「ベルストさん! 来てくれたんですね!」


 彼女は屋台から身を乗り出し、大きな身振りでアルスを迎える。


「ベルストさんが来てくれるなんて、珍しいですね! お水ですね、どのくらいにしますか? 今日は少し暖かいですし、少し多めに入れおきましょうか!」


「誰もいねえからいつも通りでいいぞ」


 興味なさげに言うアルスの言葉に、マリンの笑顔がピタッと固まる。


 彼女は突然無表情になり、周りを見回すように視線を右往左往させる。

 そして近くに通行人がいないことがわかると、屋台の台に思い切り肘をついた。



「あい~、何の用でしょうか。ベルストさん」



 先程までの甘さが抜け、声音の一段階下がった気だるげな声がアルスを迎える。

 雰囲気が一変し、屋台の台に頬杖をついたマリンが、ジト目でアルスを見つめていた。


「水だ、水。一杯分でいいから売ってくれ」


 アルスはそんな様子を気にすることなく、彼女に用件を伝える。


「えぇー、そんな少なく? めんどくさいな~。一セット一桶で売ってるんですようちは」


 マリンは眉をひそめて屋台の台に両腕ごとのしかかり、面倒くさそうに言った。


「ベルストさんが貧乏の超貧弱家計なのは知ってますけどぉ~。こちとら中央で大人気の水売り屋ですので。貧乏人に媚びる必要なんてないんですよ~?」


 無表情に見下ろすアルスに、マリンは悪戯っぽく笑った。


「じゃあな、他を当たる」


「……おい待て待て待て、チッ――――しょうがねえな作ってやるよクソが」


 屋台に背を向け、そそくさと歩き出したアルスを、マリンが少し焦った口調で制す。


「……売るならそう言え」


 戻って来たアルスに、マリンは抗議するように睨んだ。


「もう、ほんと意地悪ですねー! 私は中央のアイドル、マリンちゃんですよ! この可愛さで一番の人気者! こんな幼気な女の子に、そんな態度取るとかどうかしてる~!」


「俺はお前がクソガキってことを知ってるからな」


 そう、こいつはこの通りで水売りをしている水人族。名をマリンという。

 中央(セントラル)で一番人気の水売り屋を営む、元気で愛らしい店主の少女。

 

 と、周りからはイメージされているが、実際には違う。

 本当は、店の人気のために猫を被っているだけの、根暗で面倒くさがりなガキだ。

 

 皆がこいつの演技に騙され、度々会いに来ようと訪れる常連客も多いが。

 訳あってその本性を知った俺にだけは、こいつは素のまま接してくるのだ。

「失格勇者」のことを知りながら、俺にも分け隔て無く接してくる珍しい奴でもある。


「もう、ほんとに面倒くさいですね~」


 マリンは文句を言いつつも、裏方から小さな木の容器を取り出し、台の上に置く。

 その中に入っていたのは、水。何の変哲も無い、ただの透明な水だ。


「〈アクア・ピュリフィル〉」


 マリンがそう唱えた途端、容器の中から青い光が溢れ出し、水が渦を巻き始める。

 その光は屋台の中まで漏れ出すと、彼女の髪が風に吹かれるようにそよいだ。


 しばらくすると光は止み、渦を巻いていた水も少しずつ落ち着きを取り戻した。

 その水は先程までと違い、海のように青く、一切の濁り無く澄み切っていた。


「はい、どうぞ~」


 マリンが勧めると、アルスは容器を持ち上げ、その水を一気に飲み干した。

 喉の奥が潤いで満たされると共に、体の疲労が緩和し、気分も落ち着いてくる。


「……悪くない」


 アルスは空の容器を台に置くと、そう呟いた。


 これがこの水売り屋の人気の理由の一つ。マリンは水を売るが、普通の水売りが扱うものとは少し違う。彼女は普通の水を水属性魔法によって浄化し、販売しているのだ。

 水人族特有の繊細な水属性魔法によって浄化された水は、鮮度はもちろん、その味までも引き上げ、疲労の回復や気分の良化をも促すという。


「でしょう? これでも水売りとしてのプライドはありますので」


 アルスの反応を見て、マリンは嬉しそうに胸を張る。

 そしてふと、彼女は我に帰ったように真顔に戻った。


「でもほんとに珍しいですね、ベルストさんがうちに来るなんて」


 その言葉に、アルスは本題に入るように彼女を見つめる。


「実はもう一つ頼みたいことがある。情報を売ってくれ」


「情報?」


「俺とパーティを組んでくれそうな冒険者の情報がほしい」


 その言葉にマリンはきょとんとした後、ニヤッと笑った。


「なるほど、そうきましたか……」


「いつも冒険者の相手をしてるお前なら、あいつらの仕事話だって聞いてるはずだ」


 そう、これがマリンの元を訪れた本当の目的だ。

 

 人気の水売り屋を営み、その上人を寄せ付けるマリンは多くの人と話す。

 そうして人々から多くの情報を入手する彼女は、情報屋としての顔もあるのだ。

 すぐ向かいがギルドのため、特に冒険者との交流が厚く、その情報にも期待できる。


「情報屋としての技量、見せてもらうぞ。さあ、俺の仲間になってくれそうな奴の名前を――――教えてくれ」


「いませんね」


「即答か」


 真顔で軽く言い放つマリンに、アルスは顔を曇らせた。


「いませんよそんな人。あなたは立場的にもみんなの目の敵にされてますし、ついでにレディーの扱い方もなってないし目つき悪いしクールぶってるのも痛いし――」


「クソガキが」


「あいやいやいや~! 冗談ですって! 半分以上本音ですけどぉ!」


 胸ぐらを掴んで凄むアルスに、マリンはぱたぱた手と足を動かして必死に抵抗する。


「チッ」


 アルスが手を離すと、マリンは涙目になって咎めるようにアルスを見る。


「そんなんだから誰にも誘われないんですよ~。ちなみに情報を踏まえて真面目に考えた上での答えですからね」


「そうかよ」


 もともとそれほど期待はしていなかった。すんなりと仲間候補が見つかるようであれば、今こうしてソロクエストなどしてはいないからだ。


 少しだけ落胆するように下を向くアルスを、マリンはにやけ顔で見た。


「アリシアさんとクエストできなくなって、寂しくなっちゃいましたか~?」


「そんなんじゃねえよ。討伐依頼も受けられないんじゃ、金が入らねえだろ」


 アルスは顔を上げ、すぐに否定した。


 そう、そのはずだ。「寂しい」とか、そんな感情などあるはずがない。


「いやあ、貧乏人は大変ですねぇ。貧乏なのに、ろくに稼ぐこともできませんか~」


 マリンは屋台の台に両手で頬杖をつき、にまにまと笑ってアルスを見つめた。


 その馬鹿にするような態度に腹を立てたのか、アルスは「ハッ」と笑い返す。


「そう言う割には、お前の店にも客が入らないみたいだが?」


 アルスは周りを見渡しながら嫌みっぽく言う。


 今はこの通りに人の影も無く、マリンの店が繁盛しているとは思えなかった。

 そもそも周りに人がいては、マリンがこうして素を見せることもできないのだが。

 だが、その言葉を待っていたと言わんばかりに、マリンの口角が上がった。


「違います~、マリンちゃんは今休憩中です。実はバイトを雇ったんですよ、バイト」


「バイト?」


「そうそう。私の代わりに広場で水売りをしてくれる人を雇ったわけですよ。一日中私一人で仕事するのも面倒くさいですし、思い切って新しい経営戦略を取ったのです」


 マリンは体を起こし、そう言って誇らしげに胸を張る。


「市場を広げるためには思い切りも大事ですよ。まあ、お金もあることですし~?」


 マリンはアルスを見て、嫌みったらしく笑顔を浮かべた。


「そうかよ、せいぜい頑張るんだな」


 アルスは相手にしないように、銀貨を一枚置くと、さっと彼女に背中を向けた。

 すると、マリンは何かを思い出したように目を見開くと、慌てて口を開ける


「あっ、待ってくださいベルストさん!」


「……、なんだよ?」


 アルスは足を止めると、億劫そうに振り返った。


「実は、ベルストさんを探してらっしゃる人がいるんです」


「あぁ……?」


 意外な言葉に、アルスは面食らってそんな声を漏らした。


「その人に、あなたが冒険から帰ったら教えてほしいと言われたのですが」


「ほう」


「生憎マリンちゃんは休憩中なので、ここから動きたくありません」


「ああ」


「だから手っ取り早い話、ベルストさんがその人に会いに行ってあげてくれません?」


 マリンは満面の笑顔で人差し指を上げてそう提案した。


「断る」


「なんでぇ!」


 屋台の台をバンバン叩いて抗議するマリンに、アルスは困り顔で頭を掻く。


「お前がサボりたいだけじゃねえか。だいたいそいつは今、どこで何してんだよ」


「アウリューゲル広場で、私の代わりに水を売ってます」


「いやお前のバイトじゃねえかっ!」


 そそくさとそう言うマリンに、アルスは思いっきりツッコんだ。

 彼に会いたがっている人物は、マリンに水売りを任された人物なのであった。


「お願いしますよ~っ! またいざって時に助けてあげますから~っ!」


「…………」


 駄々をこねるように言うマリンを前に、アルスは少し考えてから口を開いた。


「その言葉、嘘にするなよ」


「…………え、行ってくれるんですか? ほんとに?」


「ああ。仕方がねえな」


 心底意外そうにきょとんとするマリンに、アルスはそう答えた。


 性格に難ありだが、こいつは金銭的にも情報的にも頼りにはなる。

 いざという時に助ける、その言質を取っておくだけで、こちらとしては儲けものだ。


「なんか嫌に素直なような……。ま、いっか。それじゃあお願いします」


 マリンは一瞬訝しむが、特に気にする様子もなくそう言った。


「あともう一つ、その人に会ったら、今日はもう上がりでいいって伝えてあげてください。その人、朝からずっと頑張ってくれてますから」


「わかったよ。それじゃあな」


 マリンの言葉を聞き入れ、アルスは出発しようと後ろを向いた。


「ベルストさん」


「あ? ――――っと」


 振り返ったアルスはとっさに顔の横で何かをキャッチする。


 手を開くと、それは先程アルスが払った一枚の銀貨だった。

 驚く彼の顔を見て、したり顔のマリンが手を振った。


「サービスしておきますよ。ベルストさんも貧乏でなかなか大変そうなので」


「……マリン……」


 アルスは彼女の顔を見て、呆然とする。


「言ったでしょう? これでも水売りとしてのプライドはあるんですよ。貧乏人からお金を巻き上げるようなことはしたくありませんから」


「…………すまん。恩に着る」


 しばらくして、彼は銀貨を懐にしまうと、そう言って店を立ち去った。

 通りを歩きながら、アルスは思いを馳せる。


 あいつの店、また顔を出してやっても、いいかもしれないな。


「あ、これで『いざって時』助けたんで、さっきのは無しですね!」


 …………やっぱりこんな店、二度と来ねえ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ