10話 冒険への憧れ
今日もギルド支部は冒険者で賑わい、受付嬢が慌ただしく依頼書を貼り出していた。
アルスは人混みを抜け、依頼書の貼り巡らされた掲示板の前にやってくる。
昨日の騒動で注目されたものの、アルスの登場を特に気に留める者はいない。
冒険者同士の諍いは日常茶飯事。それに昔とは違い、「失格勇者」だからと彼を意識する者も減った。ここで彼に関わってくるのは、彼を疎ましく思う者だけだ。
だが、今日はいつもと少しだけ違った。
「――なあなあ」
「…………」
「なあ、おい。『失格勇者』」
「…………ああ?」
アルスは少し困惑げに、声をかけてきたエルフの青年に振り向いた。
他の奴を呼んでるのかと思ったら、どうやら俺のことだったらしい。
「今日はあの子いないのかよ? 昨日連れてた、ダークエルフの女の子!」
「……ああ――」
活き活きとした口調のエルフに、アルスは納得げに口を開く。
「今日は来ていない」
「まじか~! 今日こそは話しかけようと思ってたのにな~」
エルフは落胆するように俯くと、すぐさま顔を上げる。
「あの子すっげぇ可愛いじゃんか! だからお近づきになりたいんだよね~」
「……はぁ」
「……あのさ、『失格勇者』。もしかしてあの子と付き合ってたりする?」
神妙な様子で尋ねるエルフに、アルスはため息をついた。
「なわけないだろ。あいつとは成り行きで組んでただけだ」
「なんだそうだったのかぁ。いやあ、よかったよかった」
それを聞いたエルフ安心したように、明るく笑った。すると、
「――なんだよおい、あのお嬢ちゃんの話か?」
「ああうん、そうだよ。あの子可愛いよなって話」
「――ああ、昨日のダークエルフの子か? たしかにいいよな。おしとやかって感じで」
「――あの子の話? おいおい、俺も混ぜてくれよ」
ソフィーの話と聞くやいなや、エルフの周りに男たちが集まり、話し出した。
「……やれやれ」
アルスは愉快に話す男たちに呆れ顔を浮かべ、巻き込まれまいと移動した。
好みの女を見つけては、男同士で語り出す。冒険者ギルドではよくある色恋話だ。
今回の話の種は、ソフィーだったらしい。たしかに昨日のあいつは冒険者に囲まれ、人気だった。そういう話が出てもおかしくないだろう。
おしとやか? あいつの図々しさを知っていればそうは言えまい。
「………」
思えばここで、厄介ごと以外で話しかけられたのは、かなり久しぶりかもしれないな。
そんなことを考えながら、アルスは依頼を探して掲示板を見つめた。
依頼書一つ一つ見ては、次の依頼書へと目を向ける。
――西の荒野に発生した喰種の討伐、東の洞窟に蔓延るゴブリンの群れの討伐、行方不明のアランスール公爵家令嬢の捜索。
やはりアリシアの向かったワイバーン討伐の依頼書は消えていた。
討伐依頼はいくつもあるが、無論一人で受注することはできない。
そして、昨日も見かけた捜索依頼はまだ残っていた。
「まだ受注すらされてねえとは、どっかの貴族さんも大変だな」
まあ、こんな面倒そうな依頼、誰も受けたがらないのも頷ける。
引き受けるとしたら、馬鹿真面目なアリシアぐらいだろう。
アルスはその依頼書から目を離し、一人で受注できる依頼を探す。
すると、その目線がある一点で止まった。
「……『貴重資源の採取』。……まあ、こんなところか」
そう呟いたアルスの肩が、気落ちするように下がったのは気のせいか。
彼は依頼書を剥ぎ取ると、その場を立ち去った。
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ケアトル洞窟。中央近くを流れる小川の上流に隣接した、小規模の洞穴。
かつて人間によって開拓され、古代人の築いた地下迷宮のである可能性を諮詢された。しかしその深さはわずか三階層までしか見つからず、その説は有力ではなくなった。
だが、ここでは貴重な自然資源が取れるため、時々採取依頼が貼り出されるのだ。
苔の絡んだ石の上を歩き、アルスはその洞窟の前までやって来た。
洞窟の入り口付近は天井の岩が大きく抉れており、開けた空間になっている。
そこは茂った雑草、黄色い土や砂が日光で照らされ、比較的明るい。
アルスはその日だまりまで進むと、しゃがんで地面を見渡す。
暗い洞窟の中に入らなくても、そこで資源の採取は可能なのだ。
「大量だな。しばらく採取されてなかったのか」
アルスは雑草の合間に生えている、木の芽のような緑の植物を見て言った。
ネアンステイル。薬草として重宝され、採取量制限もされた貴重な植物だ。
その治療効果は応急処置程度だが、回復魔法のないこの世界では時に生死を分ける。
アルスは腰のナイフを抜き放つと、その根を切り、手に拾った。
他の場所も歩き、拾って回ると、携帯した鞄の中に詰め込んでいく。
「……お」
ある程度集め終わったところで、地面に黒く鋭利な石が埋まっているのを見つけた。
アルスは地面を掘り、その石を取り出すと、ナイフを構える。
「丁度いい、使わせてもらうか。少しくらいなら問題ないだろ」
アルスはその石をナイフに添えると、シュッシュッと何度も擦り始める。
しばらく続けた後、彼は石をどけると、片目を閉じてナイフを見つめた。
「よし、いい具合だ」
黒いナイフの光沢はきめ細かくなり、その形は鋭さを増した。
彼はそのナイフを研いでいたのだ。その鉱物を使って。
ダイナフルト。砥石、武器素材、装飾品と幅広く使える、貴重な鉱物だ。
ナイフは消耗の激しい武器。昨日の戦闘もあり、その刃が少し鈍っていたのだ。
アルスはネアンステイルと共に、ダイナフルトも集めて回っていく。
主にこの二種の貴重資源を採取すること、それが今回の任務だった。
失敗した昨日とは違い、アルスは順調に採取を進めていった。
「…………」
順調にもかかわらず、アルスの表情は浮かないままだった。
「……ワイバーン、か」
アリシアは今頃、ワイバーンとの戦闘の準備を進めている頃だろうか。
アルスと彼女は仲間であるが、今では共に討伐依頼に向かうことはない。
「今の俺とあいつに同行したところで、足手まといにしかならねえよ」
アルスは自嘲気味に笑った。
六年前、俺はアリシアに手を引かれ、冒険者の道を歩み始めた。
最初の頃は、二人で下級の魔物を討伐して回っていた。だが、その才能を開花させたアリシアは『特許等級』に昇格し、俺とは別行動で危険種の討伐に向かうようになった。
そのアリシアと、ただの冒険者である俺では、実力が不釣り合いだとは理解している。
やむなく俺は単独で依頼を受けることになった。同行する者はいない。わざわざ「失格勇者」とパーティを組もうとする者など、あいつの他にはいない。
それから、俺が受けるのは安全で敵のいない採取依頼などに変わったのだ。
この依頼には魔物のような敵も、危険も無い。だがその分、刺激も無かった。
「…………」
何度も想像ことがある。もし、勇者として成功していたのなら、今では高位の冒険者として、竜種を初めとする危険種と、熱く激しい戦いを繰り広げていたのだろうか、と。
アリシアを死にたがりだと言ったが、俺の方がよっぽどその気質だ。
この手の依頼を受け続けてから、俺の心はずっとくすぶっていた。
「……考えても無駄なことだろ、馬鹿が」
そう、これは他でもない自分が悪い。勇者として失敗してしまった、俺が。
アルスは首を横に振り、切り替えるように採取を再開した。
すると、洞窟の奥――暗がりの方からふと、カランと石の弾む音が聞こえてきた。
「っっ――?」
アルスは目を見開き、先の見えないその暗がりへと目を向ける。
洞窟の中は調査された結果、呼吸に必要な空気の不足により、動物が生息することはできないことがわかっている。動物など、出てくるはずもないのだが。
洞窟の中から、何かの影がこちらに向かってきていることに気づいた。
「何だ……?」
まさか、洞窟内の環境に適応した、新種の魔物?
アルスは二本のナイフを素早く抜き放ち、構える。
心なしか、その口角は上がり、表情は活き活きとしたものに変わった。
その影が、どんどんと近づいてくる。
「……来いよ、その顔見せてみろ」
そう呟くアルスの動悸が、だんだんと速くなってくる。
思いがけない展開に、彼の心は高揚していた。
そして、その影はだんだんと明るみを増し、ついにその姿を現す――――。
「――チュー」
「…………」
日の差し込む明るみまで出てきたそれは、小さな、ただのネズミだった。
それを見たアルスの表情は沈み、高鳴っていた動悸は一瞬にして静まった。
「…………はぁ」
アルスは大きくため息をつくと、足下にあった小石を蹴飛ばした。
その石がネズミの前まで飛んでいくと、驚いたネズミは小川の方に逃げて行った。
おおかた、偶然洞窟に入りこんだネズミが、しばらくして出てきたのだろう。
「魔物でも出てきてくれれば、楽しかったんだがな」
依頼遂行は作業でなければならない。だがその信条とは裏腹に、戦いを望んでしまう。
だから、本音を言うと昨日は楽しかった。久々の討伐依頼にありつけたからだ。失敗はしたものの、ノモレギウスたちを仕留めたこの手には、確かな充実感があった。
それも、あのダークエルフがいたおかげ、ではある。
「まあ、もうあいつと依頼を受けることもない」
彼女を拒絶したのは俺自身だ。その判断が、間違っていたとも思わない。
アルスは静かに目を瞑ると、構えたナイフを腰にしまった。
鋭く研いだナイフも、身を守る鎧もある。それなのに、戦うべき敵はいない。
彼は再び、強い空虚感に襲われる。
しかしその感覚は、いつもと少しだけ違った。退屈さの隣に、何か別の感情が混じっているような、そんな気がした。
――――――寂しい?
「――――っっ」
心の中で呟かれたその感情に、アルスはバッと目を見開く。
「…………なわけ、あるか……」
そしてすぐに、その感情を否定した。
らしくない、気のせいだ、と、アルスは心の中で呟き、自分で納得した。
だが、頭の中に一瞬、ソフィーの姿が浮かんだことに、彼は戸惑いを隠せなかった。




