番外編 大晦日の日に
この話は、今は亡き和人の母親と父親が関わってくる話です。
1度読んでいただけると幸いです。
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日本は今日、大晦日を迎えていた。
木の枯れ葉は全て落ち、いつもの町並みとはどこか違った感じがある。
どこの町も、どこか忙しいという雰囲気が漂っており、誰も彼も忙しそうである。
そして、柊家も大掃除でとても忙しそうである。
「あぁ〜疲れたー!……ひと休みしよ。」
黒髪の少年、柊和人は家の掃除を1人で行っていた。彼の顔には疲労の色が少しあった。
「ていうかこの広い家を俺1人で掃除すること自体キツイんだよな〜。」
和人は誰に向けてかそんなことを言い放つ。
それもそのはず、和人の家は伝統的な日本家屋であり、かなり広い。
和人が知る限りでは、彼の家は母方のものであり、母の家系は由緒正しいところらしい。
「とりあえず昨日のうちに道場とうちの3分の1は掃除したからあと半分を今日やればいいんだよな。今日の4時間でかなりやったからあとは……あの部屋か…」
和人は清掃状況を確認すると、少し懐かしむような顔になる。
やがて和人は休憩を終えると、まだ掃除の済んでいない部屋に向かった。
その部屋は和人の部屋の2つ奥にある。
その部屋は奇妙で、まるでそこだけ時間が止まっているようだった。
部屋の中は生活感がなく、人が全く出入りしてないことが一目見て分かるほどだった。
部屋にあるものはごく普通のありふれた家具がほとんどで、そのうちの机の上には何も無く、その横にある本棚には難しそうな本がギッシリと綺麗にしまわれていた。
(この部屋に来るのは1年ぶりだな。)
和人が今いる部屋は今は亡き彼の母親が生前に使っていた部屋だ。
(ここに来るといつも母さんのことを思い出すな……)
和人はそう考えながら視線を移した先には、背の低い棚に乗っている写真立てがあった。
そこに写っていたのは3人で、真ん中に幼い和人が、その右には腰辺りまで伸ばした綺麗な黒髪に息をのむような儚げな美貌をもつ女性が、左には黒髪短髪に屈強な体つきと鋭い目つきをもった男性がいた。
和人とその女性は笑顔で、男性の方は笑顔ではなくしかめっ面で写っていた。
和人がその写真を見て思い出すのは幼い頃のまだ楽しかった思い出。
あの頃はまだマシだった……そんな風に思ってしまうほどその後は地獄だった。
和人の顔はだんだん苦々しい顔になってくる。
(…考えないようにしてたのに思い出しちまったな……掃除しなきゃな……)
和人は軽く深呼吸をして気持ちを落ち着けると、部屋の掃除に取り掛かった。
棚の上のホコリを落として掃除機で吸い、その後には押し入れにある荷物の整理をする。
押し入れの中には布団とダンボールがあり、ダンボールの中には書類がたくさん入っていた。
その書類はなんと、生前は科学者であった和人の母が書いた論文や資料だった。
(そういや論文や資料の他に何かないのかな……。遺品整理の時この部屋は整理してなかったんだよな…。)
和人は彼の母が死んだ時にこの部屋の整理を行わなかったのである。
なぜなら、彼は優しかった母の世界を壊したくなかったからだ。整理したら母の空間を壊してしまい、いつか後悔してしまう……そんな気がしたからだ。
だが、和人は分かっていた。このままにしておくのは駄目なのではないのかと。
(そろそろ踏ん切りつけて整理しないと駄目だよな……)
そう考えながらダンボールの中を整理する。
出てくるのは書きかけの論文に、間違えたのであろう論文、何かの実験結果……そんなものばかりであった。
特に何もなさそうと思ったその時、和人は見つけた、3つのダンボールから日記と書かれたノート数十冊とボイスレコーダーを。
(なんだこれ?)
和人は気になって『日記No.1』と書かれたノートを手に取り中を見る。
その中には、
『11月27日、穏やかな天気の中無事に男の子が生まれました。とっても可愛くて、元気な赤ちゃんです。私の指を握ってくれた時は嬉しくて泣きそうでした。お父さんもいつものしかめっ面が和らいでいたから嬉しそうなのかな〜って思っちゃった♪
まぁなにはともあれ、生まれてきてくれてありがとう、私達の赤ちゃん♪
P.S.この子の灼眼カッコイイ』
ということが書いてあった。
(これって……俺が生まれた時からつけた日記だよな。てか母さんかなり浮かれてないか?)
和人は日記を見て気恥ずかしくなった。
なんというか、見てはいけない何かを見てしまった気分だ。
和人は若干の躊躇いを見せながらも母が遺した日記を読み進めていく。
『12月3日、退院してから数日、愛しの赤ちゃんの名前を決めたいと思ってお父さんに名前の候補を伝えて話し合いました。お父さんも名前を何個か考えてくれてたみたいで、私の考えていた名前の候補とお父さん考えていた名前の候補が一致した和人に決定しました〜(*ˊᗜˋ)。
これからよろしくね♪和人。』
『1月1日、年が明けましたー(`・∀・)ノイェ-イ!今年もよろしくね和人、お父さん。まぁ私は元旦から体調崩しちゃったんだけどね。お父さんに看病されながら年初めを過ごしました。
うぅ〜情けないお母さんでごめんね。
和人には元気に育ってほしいな。』
『6月2日、和人が初めて言葉を話してくれた。「ママ」って話してくれて我が子の成長の早さにびっくりしちゃった。最初に聞いた時はもう泣いちゃった。
将来がとっても楽しみだな〜。』
『9月14日、最近和人が乳離れしてきてて少し寂しい(笑)。成長するのはいいんだけどなんか寂しいな〜。もっと甘えてくれていいんだけど。
……なんだろう、将来私が子離れ出来るのかが心配になってきた。』
『11月27日、和人もついに1歳!誕生日なのでちょっといい離乳食を持っていったら和人はハイハイしていた。見た瞬間嬉しくて泣きそうになったけどすぐにビデオカメラを持ってきて記録に残しました。後でお父さんと一緒に見よ。』
(…なんかすごいな……書いてあるのはほぼポジティブなことと俺のことだ。なんか、すっごい大事にされてきたのが分かる。)
和人は日記を読んでいくうちに無意識に顔が綻んでいた。
1冊、2冊、3冊……と和人は時間を忘れて日記達を読み進めていく。
母の日記に書かれていたのは和人の成長の記録がほとんどで、たまに自分の体のことや彼の父親のことなどが書かれていた。
だが、
『2月15日、最近お父さんが和人にすっごい厳しい気がする。いくら護身術を覚えさせるためとはいえやりすぎだと思った。和人はいつもボロボロで見ているだけで辛い。こういう時に私の力のなさを痛感する。
和人は他の子と違うのはわかるけど……こういうことを強いるのは違うと思う。
私がもっと強い母親ならよかったのに。』
時折このような自分の力のなさを嘆く日記もあり、和人は胸が締め付けられるような思いをした。
(……あいつは母さんまで悲しませたのかよ。)
和人が思い出すのは痛く辛い、モノクロの思い出。
毎日が地獄だったが、病弱な母を心配させまいと明るく振舞っていた記憶。
(母さんが元気でいてくれれば俺はあんな生活でもよかった。でも母さんは俺が9歳の時に死んでしまった。)
和人の母は元々体が弱く、病死してしまった。
それに関してはいいのだが、
(母さんが大変な時にあいつは……俺に面会をさせてくれなかったばかりか、母さんのことを……)
和人の顔はだんだん何かを憎む表情になっていき、その瞳は闇をおびていた。
(「あいつが生きようが死のうが俺達には関係ない。そんなことよりもお前は稽古に集中しろ」、なんて平然と吐き捨てやがった!
……関係ないわけないだろ!俺にとって母さんは辛かった時も楽しかった時も傍にいてくれた人だ。
そんな大切な人を侮辱されたからこそ俺は、あいつを絶対許さない!!)
和人はその時から、実の父親に対して明確な殺意を持ち始めた。
父から護身術などを学んでいる時も、和人は父を殺すために格闘術などの技術をみがいてきたし、彼の父もその殺意が彼の戦闘技術を向上させるものだと思ったのか何も言わなかったし、殺意を高めるためなのか彼のことを全力で叩き潰した。
だが、そんな父も去年、中東の紛争地域で傭兵として戦場に行き、そこで戦死している。
戦死した父に対して和人は特に何も思うことはなかった。
地獄のような生活から解放された嬉しさだとか、恨みの対象が死んだことによる爽快感だとかはなく、ただその現実を受け入れ普通の生活に戻ろうということだけだった。
(あいつは最後まで勝手だった。急に紛争地域に行くとかいって家を出ていって勝手に死んで、遺した遺書にはこの家も土地も遺産も全部やるからあとは勝手に生きろって書いてあって流石に呆れたよ。)
和人は一通り昔の苦い記憶を思い出すと視線をボイスレコーダーに向ける。
(母さんが遺したこのボイスレコーダーには何がのこされてるんだろう?)
和人は興味本位からかボイスレコーダーのスイッチを入れた。
すると、
「あ、あー、テステス、これちゃんと声入ってるかな?……入ってるか。
えっと、とりあえず和人、あなたがこれを聞くのは私が死んだ後なのは間違いないけど……いつ頃かな?
友達はたくさんできた?好きな人は?恋人は?もしかしたらもう結婚して子供ができちゃってたりして………まぁそれはそれでお母さん嬉しいんだけど。
えっと、本題に入ろうか。簡潔に言うとね、私はもう長くない。あと少ししか生きられないんだ。直感で分かっちゃう。
……もっと和人と一緒に生きたかったな……。
凄い悲しいけど、最後まで笑って生きようと思うんだ。
だって最後まで笑ってた方が楽しいし、それに最後を後悔で終わりたくないしね。
ここからちょっと上手く言えないかもしれないんだけどごめんね?
私がいなくなってからの和人の生活が心配だな。お父さんは和人に自分の身を守るための力を与える為とはいえ、とっても厳しいから和人が体を壊さないか心配だな。
お父さんはあなたを陸軍に入れたいみたいだけど、私はあなたにまずは幸せに生きてほしいって思う。
だってあなたが将来どんな職につこうがどんな友達と一緒にいようが、幸せな気持ちで満たされてなかったら人生損してるって思うから。
人の一生って長いようで短いんだから、ちゃんと楽しんで、ときには辛いことや、泣きたくなることもあるかもだけど、ゴホッゴホッ、ごめんね……吐血しちゃった。
…続けようか。色んなことがあっても最後には幸せになってね。
うぅ〜ごめん、内容薄かったよね?最後なのに全然話せないや……。
あと、最後に一つだけ……これだけは忘れないで……私はいつだってあなたのことを愛していたし………これからもその気持ちは変わらないよ…。
あの世に天国って言うものがあるのなら、私はそこでいつもあなたのことを見守っているからね……。
はぁ……はぁ………頑張れ…………和人…………」
生前の病気に侵されていた母親からの最後の肉声が聞こえた。
弱く儚いが、それでも頑張って元気な母親を演じている。
気づくと和人はいつの間にか涙を流していた。
和人は改めて思い知ったのだ、自分の母親がどれだけ強くて優しい人だったのかと。
和人は涙を流しながらも、気持ちを切り替えて掃除しようとするが涙は止まらず、前が見えない。
これでは掃除などできるはずもなく、しばらくの間和人は時間を忘れるようにして泣いていた。
何分たっただろうか?ようやく泣き止んだ和人は改めて部屋の掃除にとりかかった。
念入りにやったあとは夕飯の支度にとりかかる。
大晦日なので年越しそばを作る予定だ。
(母さんってほんとにすごく強くて優しい人なんだな……。死ぬ間際まで俺の心配って……すごいお人好しな母さんだな。)
和人は母のことを考えながらそばを作っていく。
(それにしても、「幸せになって」か…………今はどうしたら幸せになれるのかなんてさっぱり分からないけど……ゆっくり探してみるか。)
和人はそばが茹で上がるのと同時に決心をかためると、そばを盛り付けてテーブルに持っていく。
「いただきます。」
座布団に座った和人は優しい声でそう言い、今年最後の食事をし始めた。