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08 「符牒と天使と妖精と」

俺たちが現場に戻るとすでにオコロは逮捕され、連行された後であった。6課と所轄とマトリ合同での現場検証の真っ最中である。


6課の古川が俺たちを見つけると勝ち誇ったような笑顔を見せる。

「すみませんねえ。ウチの独壇場になっちゃいましてぇ。」

 オコロの身柄は6課が持っていったのだろう。あの「悪魔」に遭ってしまった衝撃の方が強く、手柄についてはどうでもよかった。それよりも俺はパトカーの後部座席に座っているさきほどの「魔法少女」の方が気になる。彼女は軽食を摂っていた。


 時塚は課長に現場を離脱した理由の報告をしている。「鳶に油揚げをさらわれた」課長は当然「おかんむり」である。俺は「魔法少女」に近づいた。隣の席には2課の妖精憑き、小野寺も一緒にいて、女性同士での食事の割に無言で口をもごもごと動かしている。


 「あれ、エノさん、いたんですか?」

小野寺が尋ねる。これは女性の食事風景を眺めてんじゃないよと、対人獣戦でどこに行っていたんだ、という二つの抗議(ダブルミーニング)が含まれているのだろう。

「いや、女の子が無心にものを食べてる様子って見てると癒されるな、って思ってね。ほら、小動物がエサをやってる感じかな。」

「エノさん、それおっさん臭いです。」

小野寺に一刀両断されてしまう。無言で食べていた少女がそれを聞きながらかすかな笑みを浮かべる。30歳という響きにいつも打ちのめされている俺にとってはきついのよ。


「メイちゃん、このおじさんは天使憑きなのよ。さっきはさぼってどっか行ってたけど。」

小野寺は手厳しい。

「ども。」

「メイちゃん」は愛想のない挨拶をしてからこちらを一瞥するとすぐ食事に戻る。

「おじさんはやめてよ、圭ちゃん。俺は榎本、よろしくね、メイちゃん。」

メイちゃんはこくりとうなずいた。


仙崎芽依(せんざきめい)。18歳。「妖精憑き」である。妖精というのはいわゆる「多神教」で崇められている神格を指す。契約主は可仙姑(かせんこ)。道教系では最強の八仙と呼ばれる仙女である。現在は高校に通いながら「ボランティア」で6課で働いているのだという。


あの、と突然芽依ちゃんが俺を見る。

告死鳥(ザ・ラプター)さんですよね。覚えてないですか?私のこと。」

唐突に聞かれる。芽依ちゃんほどの美少女と会ったら、普通忘れないと思うけど、初めてじゃないんだっけ?

「多分、私が小さい頃だったから、覚えてないと思います。それほど大したことではなかったので気にしないでください。」

そういうとスマホをいじりだした。なんか、凄え気になる。もう少し詳しく聞きたかったがここで時塚が戻って来た。相当叱られたらしく、少し元気がなかった。

「イガロの件でもう少し捜査を進めていくことになりました。」


翌日、訪れたのは警視庁組織犯罪対策部4課である。広域暴力団の犯罪に詳しい。もちろん、うちの課長を通してアポを取っているので班長さんが対応してくれた。

「綾介君!」

長谷川さんという刑事さんはいかにも刑事さんという見事な角刈り頭であった。

「ご無沙汰しております。」

慇懃に頭を下げる時塚。


「びっくりしたよ。てっきり東大の医局に行ったとばかり思ってたから。」

話がまったくもって見えない俺に長谷川さんが簡単に説明してくれた。


時塚の父、時塚玲司がこの組対4課の課長だったのだ。時塚玲司は4年前、殉職した。それはエンジェル・クライを服用した犯罪者に殺害されたのだ。

「じゃあ、キミは親父さんの無念を晴らすためにわざわざマトリに?」


時塚は頷いた。東大の医局に進むことが内定していたので家族に猛反対された。エリート中のエリートの椅子を蹴ってでもそうしたかったのだ。

「気持ちは分からんでもないが、6課に行けばよかったんじゃないの?ウチと違って人員もノウハウも豊富じゃないか。」

俺の問いに時塚は首を横に振る。

「でも、希望の部署に行けるとは限らないからね。警視庁は組織が大きいから。」


今日は、「情報の交換」に来たのだ。マトリは暴力団についての詳細な情報が欲しい。一方で警視庁は自分たちが「合法的に」入手できない情報が欲しいのだ。


イガロがトップに君臨する「ブラックパンサー」はもともとはアフリカ系移民の集まった「半グレ」だったそうだ。半グレとは広域暴力団と繋がりのない暴力組織だ。このブラックパンサーの資金源となったのがエンジェル・クライ、通称「カンロ」だ。インド神話の有翼の怪物、ガルーダの好物「甘露《アムリタ》」から取られてだいるという。麻法を行使すると有翼の人獣に変化することからいつしかそう呼ばれるようになったのだ。


その資金力に目をつけたのが広域暴力団「山王寺会」。ブラックパンサーを親戚団体に組み入れ、歌舞伎町界隈や六本木界隈の利権(シマ)と引き換えに金を上納させているのだ。


「イガロは組の舎弟扱いになっている。もう、ヤクザではヤツラに手は出せんよ。」

こちらはブラックパンサーの構成員の詳細、出入りする店、ボディガードや客引きを派遣している店などの情報をもらう。


そして4課には術師の小野寺が放った式神による山王寺会の内部の様子や幹部会の盗聴記録などを渡す。小野寺圭は「陰陽師系(ディバイナー)」の妖精憑きなのだ。もちろん警察には出来ない芸当だ。現代では魔法による透視盗聴も禁止されている。


「ライ(ブラックパンサーの符牒)には妖精憑きはどれくらいいますかね?」

「ライ?」

俺が聞き返す。

「ああ。ブラックパンサーを黒パンと最初は略していたんですよ。黒パンってライ麦パンのことなんでとうとう『ライ』になっちゃったらしいですよ。まあエンジェル・クライのライでもあるので。」

オヤジかよ。まあでもオヤジばかりの職場だからこうなっていくのかもしれない。犯罪組織に対して湧きあがる怒りや憎しみ。それを直接ぶつけるのではなく、少し「遊び」を入れることによって心に少し余裕が生まれるのだろうか。


 九段にある事務所に戻り、マークしている常習者や売人のデータと、ライの出入りする飲食店のデータとすり合わせる。それを後日ミーティングにかけ、部長以下の意見を尋ねた。

 「大物を挙げたらどうですかね?」

2課の本田課長が提案する。つまり、芸能人やスポーツ選手といった有名人の麻法常習者を検挙して、カンロの危険性を知らせると共に、売り上げを削ろう、ということだ。そうやって元売りに打撃を与えていく。


 ただ、セックスドラッグのような性交時に服用すると快楽が増すような成分がないため、あまりスポーツ選手以外のターゲットがいない。

「この人どうですか?」

小野寺がリストの中で指したのはお笑い芸人だった。「木下純平」というどこにでもいそうだがあまり聞いたことがない名前だ。

「誰?」

俺があまりにも率直に聞いたので小野寺は笑い出した。


「エノさん、お笑いの『ほんわかコング』ってコンビ知ってますか?」


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