ハチャメチャお騒がせAI
『ようこそいらっしゃいました、海斗様』
ドーム型の建物の自動ドアを通ると、電子音にしてはクリアな女性の声が海斗を迎えた。見れば受付のカウンターのディスプレイにCGで作られた女性のアバターが映っている。
彼女はこの『体育館』の統括管理を行っている自律型人工知能、通称【フィラル】である。こうして海斗を出迎え、案内を行うのも彼女の仕事の一つだ。
「こんにちは、【フィラル】。確か俺、予約入れてたよな?」
『……検索終了。はい、確かに十五時より仮想訓練での予約が入っています』
「了解、今からそれ行うから。なるべく応用が利くレベルで準備しといてくれ」
『承りました。ではこれより希望に沿った状況を準備しますので、しばらくお待ちください』
すると【フィラル】の映っている画面の右下に経過を示すメーターが出てきた。おそらくあと三分程度で作業は終わるだろう。
海斗は座って待っておこうと、近くの休憩スペースにあるテーブルへ向かった。
『海斗様、お飲み物は如何でしょうか?』
「そうだな……じゃあコーラで」
そう答えると、テーブルの中央からコーラが充填された紙コップが出てきた。海斗はそれを取ると、椅子に腰掛けた。
『海斗様、少しよろしいでしょうか?』
「ん、どうした?」
『今回、利用者の方々の要望によって、新たなAIが開発されました。設定していただければ、今後はそのAIが貴方のサポートを行います』
「新しいAI? 別の人格みたいな感じか?」
『はい。新しく搭載されたのは【ヴェター】と【ヤマダ】の二つです』
「……二つ目の名前は、もう少し捻れなかったのか?」
前者に対しての後者の適当さ。開発したやつが名前決めの段階で力尽きて、匙を投げたのが容易に想像できた。
「まあ試してみるかな。とりあえず【ヴェター】にしてみてくれ」
『命令受諾、十秒ほどお待ちください』
途端、ディスプレイに映っていた【フィラル】の姿がかき消える。
この時、海斗はただ画面に映るAIの姿が変わるだけで、本質的には【フィラル】同様、寡黙で真面目なものかと思っていた。
『――はーい☆ みんなのアイドル頼れるAI! 海斗ちゃん直々ご指名の【ヴェター】だよ! よろしくね♡」
「ブッ⁉」
だが実際はこの陽気さ。予想を遥かに超えた【フィラル】とのギャップに、思わず口に含んでいたコーラを噴き出す。
『あれ、海斗ちゃん大丈夫⁉ ……あ、さてはこの【ヴェター】が可愛すぎてビックリしちゃったのね! やだ、海斗ちゃんカワイすぎ!』
「そんなわけあるか! お前と【フィラル】のギャップに驚いたんだよ!」
『もー、照れなくてもいいのにぃ♡ それじゃあこれからのサポートは私にする? それとも他二人? それともぉ、わ・た・し?』
取り付く島も無い。このハチャメチャなAI、開発者は何を思って問題無しと判断したのか、海斗は呆れる。
「……一応聞くけど、【ヤマダ】はどういう奴なんだ?」
ひとまずもう一人のAIについても聞いてみる。
山田と言えば数多の名字の中でもこれより上が存在しないほどの平凡な名前。おそらくその【ヤマダ】というAIも名前の通り、比較的平凡そうな性格なのではと考えたが……
『んー、一言で言うならアニメ好きのゴリマッチョかな?』
……どうも平凡なのは名前だけらしい。
そんなのを呼んだら【ヴェター】以上にカオスになるのは、まず避けられないだろう。
『それでー、海斗ちゃんは結局誰を選ぶのかナー? ここはやっぱりこのわた―――』
「【フィラル】だ! 【フィラル】で頼む! 【フィラル】にしてくれ!」
このAIが妙な気を起こさない内に自分の希望を必死に叫ぶ。
はっきり言って、これ以上このAIとやり取りを続ければこの後の訓練に使う体力が無くなりかねない。
『えー、そんなぁ。……あ、さては照れてるんだ! 何その恥ずかしがりやさん、カワイーなぁ♡』
ちなみに今の海斗は恥ずかしがっているのではなく、ゲッソリしている。
『まあ最後は海斗ちゃんが決めるんだからいいけどね。心の準備が出来たらいつでも呼ばれるの待ってるよん♪ それじゃあね―――』
するとモニターの【ヴェター】の姿がかき消えていく。次の瞬間、同じ位置に【フィラル】が戻ってきていた。
『――ありがとうございます。私を選んでいただき恐縮の限りでございます、海斗様』
「やっぱりお前が一番だよ……。なぁ、もしかして今のAIの開発者も……」
『はい、どちらの開発者も私と同じ、祐夏様です』
「やっぱりか、あのバカ。……今度あいつが来たらもう少しまともなものを作れって苦情入れといてくれ」
『承りました。……海斗様、訓練の準備が整いました。ご移動お願い致します』
「あぁ、わかった。……あ、そうだ、【フィラル】」
指定された場所へ向かおうとしていた海斗は、何かを思ったか足を止めた。
『どうかいたしましたか?』
「いや、これからもよろしく。……うん、それだけだ」
そう言って足早に去っていく。おそらくあの反応、若干照れているのだろう。
『……はい、こちらこそよろしくお願い致します』
背後から聞こえた【フィラル】の声は、心なしか笑っている様に聞こえた。