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Get Over Destruction  作者: 言ノ葉 語
第1章 ゲットオーバー・ディストラクション
3/66

覚醒者たちの日常

今日はここまでで

 二〇一三年七月十四日。午後二時半。


 季節は夏。頭上で照り付ける太陽から放たれる熱気が、記録的猛暑日を叩き出したこの日。


『乖離の箱庭』もまた、サウナのような暑さに包まれていた。


「……暑い……」


 そんな中、街路樹の影を縫うように歩いていた一人の少年が苦悶の声を上げる。


 服装が学生服からして、どうも学校帰りのようだった。こんなにも早く下校しているのは、おそらく職員会議か何かで学校が早めに終わったのだろう。


 彼の名は天野海斗(あまのかいと)。見ようによっては男にも女にも見える中性的な顔立ちをしており、学校指定の鞄を肩に掛けるように持っている、黒髪の少年だ。


 この部分だけ見れば、誰もが彼を普通の学生だと判断するだろう。……だがしかし、どれだけ意識を逸らそうとも視界に入ってくるものがある。


 それは彼の腰の辺り。ベルトにアタッチメントで取り付けられた、鞘に納められている細く長い得物――つまりは刀。


 そう、刀。言うなれば武器。普通なら銃刀法違反によって警察が大騒ぎするこの日本において、彼は真っ昼間から堂々と腰に刀を挿していた。


 だが別に彼だけが特別というわけではない。


 例えば彼の前を歩いている二組の男たち。片方は背中に大剣を背負い、片方は右腕を鋼鉄で覆っている。


 見ての通り、ここに住む者は皆武器を持っている。


 どれも日本という国ではありえないような光景。だがこの場所に住む者にとっては当たり前の光景、一般的な風景と相違ない。


 それがこの場所、世界各地に創られている『覚醒者研究機関』の日本支部。通称『乖離の箱庭』と呼ばれる場所である。


「ホント、なんで今日こんな無駄に暑いんだ……くそ、影に居ても暑すぎる」


 そんな日本の常識かいくつか通用しない場所においても、気象的な影響は変わらない。そこはちゃんと平等に、皆等しく街を温めていた。結果的に今の温度、三十九点二度である。


(……ダメだ、どこかお店へ避難しよう。少し時間を潰せば気温も和らぐかも)


 そう考え至り、最寄りのスーパー目掛けて進路を確定する。そして覚悟を決め、いざ影から日向へ踏み出た。


「よぉうやくぅ――」


その瞬間、


「見つけたあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 何者かの叫び声と共に、海斗の体が横に回転する。足払いをかけられたと察した時には、既に体は地面と水平になっておりそのまま落下していた。

 

 その結果、熱せられたコンクリートに文字通り熱い頬ずり。あまりの熱さに目に火花が散る。


「――っぁつゥ⁉ なに、なんだ⁉ 新手の拷問かこれ⁉」


 反射的に跳ね起き、足払いをかけてきた犯人を睨みつけようとした……のだが。


「ようやく見つけたわよこのバカ! 人を校門で待たせておいてなに一人で帰ってんのかしら……!」


「うわっ、夏音⁉」


 今まさしく怒りマークを額に浮かべている少女は、稚羽矢夏音(ちはやかのん)。長い黒髪を束ねてポニーテールにしているその少女も、腰には二丁の銃を装着している。


 彼女は海斗の数少ない友人であり、普段は大人しい性格の持ち主だ。


 だが夏音がここまで怒り心頭なのに、彼には思い当たる理由があった。


(しまった、そういえば朝、一緒に帰る約束してたんだった!)


 内心青ざめる海斗に対し、夏音はものすごい剣幕で詰め寄った。


「アンタが『用事が終わるまで待ってて』って言ったから待ってたのに……校門で一人寂しく、帰るヤツらに見られながら待ってたアタシを置いて帰るとかどういう神経してるわけ⁉」


「ご、ごめん。あまりに暑くて頭が働いてなかった」


「言い訳になるかァ‼」


「ブゴッ⁉」


 繰り出される夏音怒りの鞄スイング。見事顔面に命中した海斗はそのまま後頭部から倒れる。……後ろから焦げた薫りがするのは果たして気のせいか。


「とにかく、今からでも一緒に帰るわよ! ほらグズグズしない!」


「ちょ! 待て待て待て、起き上がるから引きずるな! あつつつつ、頼むから止まれェ‼」


              ◇◇◇◇◇


「……酷い目にあった……」


 夏音と一緒に帰宅を再開。二十メートルくらい引きずられて痛む背中を擦りながら、海斗はため息を吐いた。


 一方、海斗にこんな手傷を与えた夏音はジト目で呆れたような視線を送る。


「いい罰よ。覚えときなさい。次に約束すっぽかしたりしたら、さっきの百メートル走バージョンにしてやるから」


「いや、本当に悪かったと思ってるよ。だからそんな恐ろしいことを口にするな頼むから」


「それはアンタの今後次第ね」


 海斗としてはできればもうしないと言ってほしかったのだが、どうやらそこまで甘くはなかったらしい。


 なにせ先程、実際に実行しているのだ。おそらく次に約束を破った暁には、海斗のナイロン製の制服は摩擦熱でテカテカを通り越して発火寸前まで行くだろう。


 そう考え戦慄している海斗を他所に、夏音は一人、何かを思い出したかのように声を上げた。


「どうした?」


「いや、アンタさ、今日の昼休みどこにいたの?」


「どこって、屋上で昼食取って寝てたけど……なんだ、何か用事でもあったのか?」


「ううん、ただ一緒に昼食取ろうかなと思って探してただけよ。にしてもそっか、屋上があったか……あれ?」


 澄ました顔で納得する夏音だが、直後に何か疑問を抱いたらしく眉をひそめる。


「ねぇ海斗、たしか屋上って立ち入り禁止になってたわよね?」


「ああ、電子ロックが付いてたな」


「じゃあなんで屋上に行けたのよ?」


「ハッキングして開けてもらった」


 さも当然といった調子で答えた海斗に、夏音は思わず面食らった。


「は、はぁ⁉ アンタなにやってんのよ、バカじゃないの!?」


「特に悪事を働いたわけでもないし、別に大丈夫だろ屋上で食べるくらい」


「それ含めて屋上での行為を全部禁止にしてるから錠をしてんのよ! ていうか、普通そこまでして屋上で食べたいわけ⁉」


「いやだって、琴羽(ことは)が屋上がいいってうるさかったんだよ」


「……あぁ、元凶あの人だったか。あの人は常識あるはずなんだけど……」


「まるで俺には無いみたいな言い方だな……」


「常識ある人は普通鍵を破ってまで屋上で昼食取ったりしないもの」


「まあ大丈夫だよ。特に問題があったわけでもないし」


 それは事実だ。実際に昼休みに入って屋上で時間を潰していた間、別段特筆することはなかった。


 だというのに。


 一瞬だけ、海斗には見えない位置で、夏音は辛そうな表情を見せた。


 だがそれはすぐに消える。まるで錯覚だったと思わせるほど、今の夏音に辛苦の色は見えなかった。


「そうね、何もなかったのならいいわ。でも次からはなるべく行かないようにね。見つかったら先生のフルコース食らうことになるわよ?」


「その前に逃げるから大丈夫。まあ見つからないに越したことはないから用心はするけどね」


「ふーん。……あ、そうだ、なら明日の昼は一緒に食べない?」


 ニコニコとそう提案してくる夏音だが、海斗は少し考え肩を竦めただけだった。


「琴羽次第かな。あいつが起きなかったらそうさせてもらうよ」


「……また琴羽さん? いいじゃない、今日食べたんだから、明日はアタシと食べても」


「そこら辺の説得は俺じゃなくて本人に言ってくれ。と言ってもあいつ今寝てるけど」


「それじゃ聞けないじゃない。今起きないの?」


 すると海斗は立ち止まり目を閉じる。


「…………ダメだ、反応しない。たぶんしばらく起きないなこれ」


「……わかったわよ、じゃあまた明日聞いてみるわ」


「そうしてくれ。……夏音? なんかお前機嫌悪くなってないか?」


 海斗としては気遣いのつもりで言ったのだが、どうも火に油を注いでしまったらしい。こちらを向いた彼女の視線はどう見ても睨んでいた。


「そうね、でもただの個人的なイライラだから気にしないで。ていうか気にするな」


「? なんでだよ?」


「だから気にしなくていいってば!」


「いや、理由無しに横でイライラされてたら俺も困るし……ホントにどうしたんだ?」


 無駄に引き下がらない海斗の態度に、とうとう夏音の堪忍袋の緒が切れた。


「〜〜〜ッ‼ アンタのその鈍感さが頭に来んのよ!」


 そう言って顔を真っ赤にした夏音は、腰のホルスターから拳銃(ハンドガン)を引き抜き海斗に突き付けた。


「ちょ、おま⁉ それ緊急時以外人に向けるなって言われただろ⁉」


 海斗の必死の制止の声も虚しく、刹那の間に拳銃の引き金から微かに軋む音が聞こえてすぐさま、弾丸が射出される。


 もしも彼が全力で首を振っていなければ、今頃弾丸は彼の眉間へ直撃していたことだろう。


 ちなみに夏音が使う銃の弾丸はゴム弾なので、当たっても死ぬことはないが、代わりにすごく痛い。


「あっぶな! お前は俺になんか恨みでもあんのか⁉」


「自分の胸に手当てて聞いてみなさい! もっとも気づけるようならこんな事態になってないでしょうけどね!」


「訳の分からない説明ありがとう! とりあえず俺は逃げるからな!」


 そう言って海斗は夏音に背を向け脱兎の如く走り出す。そしてそれをみすみす逃すような夏音(ハンター)ではない。すぐさまもう一丁の銃をホルスターから引き抜き、合計二丁の銃を持って海斗(えもの)を追いかける。


「逃がすかオラアアアアアァァァァァァァ―――――――――‼」


 突如始まった狩られる者と狩る者の競争は、彼らの自宅に着くまで続いた。


             ◇◇◇◇◇


「ぜぇー……ぜぇー……なんだ、もう家じゃない……。まったく、今日はこのくらいにしといてやるわ……」


「はぁー……できればさ……はぁー……今日限りにしてくれないかな……」


 既に場所は目的地、互いの家の近く。向かい合わせの海斗と夏音の家を横切る道路にて、二人は疲労困憊といった様子で息を荒げていた。


「ていうか……アンタ……この後……何か用事……あるの?」


「一応……『体育館』に……予約入れてる……。三時半からだったし……すぐ行かないと……」


 サウナのような熱気の中、全力に近い運動を行った二人は会話すら弱々しくなる。


 それでも夏音はそっか、と頷くと自宅の玄関へ向かった。


「じゃあね……また明日……」


 途端にドアが閉まり、彼女の声が途切れる。……あの様子だと玄関で倒れてそのままということもあり得たが、同じく体力切れを起こしている海斗も人の心配をしている余裕は無かった。


 海斗は閉じられたドアに弱々しく手を振り、自宅へと戻る。そしてドアを閉めた途端、クーラーも点けてないのに涼しく感じる体感温度の変化に安堵の表情を浮かべた。


「ハァ……、今からまた外に出ないといけないのか……」


 一瞬の安堵も束の間、予約した『体育館』の時間が迫っていることに憂鬱へ。先刻の鬼ごっこでの体力消費も手伝い、もはや体が外に出ることへ拒絶反応を示しかけていた。


 しかし予約を入れたのは自分自身だからと、海斗は無理矢理体を動かして部屋へと戻る。その途中で冷蔵庫の麦茶のポットを飲み干し、汗ばんだ服を脱いで、部屋へと戻り普段着に着替える。


「……よし、行くか」


 ここから一番近い『体育館』まで徒歩で五分程度。余裕を持って行動するためにも、今から出た方がいいだろう。


 そう思い至り、海斗は腰に刀を装着し、熱気の渦巻く外へ戻っていった。


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