番外編 父と娘の攻防戦 ~物言わぬ人形~
物心がついた頃、アリミナール・ブラックレスには父親しかいなかった。
そのためか、父親は異常なほどに娘を溺愛していた。過保護といえば聞こえはいい。しかし、アリミナールの父親を過保護という言葉で縛る人物は周りにはいない。
まだ、それはアリミナールが少しの人見知りで、父親の後ろを歩くことが普通だと思っていた頃。また、自身が悪役令嬢であると自覚のなかった・・・攻略対象者たちと出会う前のこと。
父親の仕事の都合で、とある屋敷に招待された日のことだった。その日は多くの人が招待されていた。それ故に、父親もアリミナールのことばかりを気に掛けることは困難だった。
父親の仕事関連の友人が挨拶に来てくれた。その人物もアリミナールと同じように娘を連れていたのだ。同年代であろうか、少し気の強そうな少女だった。しかし、父やその少女の父親の計らいで、少しだけ話すことが出来た。その時初めて、アリミナールに友人が出来たのだ。
その少女はアリミナールと違いよくお喋りする子だった。忙しくなる父親に変わり、アリミナールの傍にずっといてくれた。
気づけば父親とは離れ、アリミナールとその少女の他に、同年代の子たちが集まり小さなお茶会のようになっていた。
まだ、小さなアリミナールはお茶会の作法を知らない。しかし、同年代とはいえ持ち前の幼さからいろんなご令嬢が親身にお世話をしてくれた。それがいけなかったのだと思う。少女の少し気の強いところや、たくさんの友人がいる場でアリミナールが目立つことは好ましくない状況だったのだろう。
根も葉もないアリミナールの悪口を言い、最終的には突き飛ばされ尻餅をついてしまった。周りのご令嬢たちも驚きを隠せないでいた。
気づけばすぐに父親が現れ、すぐにアリミナールを抱きしめ連れ帰ったのだ。確か、その招待された理由は仕事のことだったと思っていたのだが、途中で無理やり帰宅することになった。
帰宅後の父親は、小さなアリミナールにも怒っているのは明白だった。そのため、明日になれば、先ほどの少女に謝りたいと言いに行くつもりだった。
しかし、翌日父親の書斎に確認に行ったが、そのお願いを聞き入れてはもらえなかった。
「だめだ。もうあの子とは会わせない。」
父親のその言葉は本当だった。それ以降その少女と出会うことは一切なかったのだ。
さらに、風の噂では、父親の行いなのかはわからないが、その少女を見た人物さえいないという。
公の場では、アリミナールを連れ出すことはなくなったが、父親と一緒であればまだ外に出ることは可能だった。
そんな時、事件が起きた。
仲良くしていたメイドが、アリミナールを屋敷の外に連れ出そうとしたのだ。小さなアリミナールは、父親以外で外に連れ出してくれるそのメイドに疑いもなく付いて行ってしまった。それがいけなかった。
「おい、そこで何をやっているんだ?」
裏門の見張りは不在だった。しかし、そこに通りかかった使用人の一人が、メイドとアリミナールの姿を見て異変に気付きすぐに対応してくれた。すぐにそのメイドは父親の元へと連行され、誘拐するつもりだったと白状したのだ。
その事件のせいか、父親の過保護には拍車がかかった。ある時期から屋敷を一歩も出歩かせてもらえなくなったのだ。さらには、屋敷の使用人たちも一層に強固な意志を持つ人物しか雇わなくなった。誰よりもアリミナールに対して、危害が加わることのないように、父親同様にアリミナールを溺愛するような使用人たちを雇うことにしていた。
屋敷から一歩も出られないことに、さすがのアリミナールも反発した。しかし、溺愛する娘の頼みでもそれは聞き入れてはくれない。
アリミナールは小さな頭を使い、父親に精一杯の反発をすることにした。
「うっ、うっ、うっ。うえぇぇん!」
「お嬢様!どうなさいました!?」
近くにいた使用人の傍で、可哀想な少女を演じたのだ。演じたというより本心ではあったのだが。
「あのね・・・アリーね・・もうこの屋敷から出られないの?」
「そんなことありません。いい子にしていたらきっと旦那様が!」
「うっ、うっ・・・。嘘つき・・・。」
とても悲しい目をして使用人はアリミナールを見つめてきた。さすが、あの父親の条件をクリアした使用人なのか、アリミナールには弱かった。
毎日一人寂しいアリミナールを見て、さすがの使用人も何かをせずにはいられなかった。
「お嬢様・・・少しの時間だけですよ?旦那様には・・・秘密です。」
「え?」
ある時、使用人たちがタッグを組んでアリミナールを外に連れ出してくれたのだ。それは、いつぶりの外の景色だっただろうか。近くの小さな町だった。目立たないように、1人のメイドと離れた場所から護衛も付き添ってくれた。その時の買ってもらったお菓子は大きくなっても忘れることはないだろう。
久しぶりのとても楽しい日だった。このことがあったからなのか、小さな町が好きになった。町に売っている食べ物も雑貨もすべてが新鮮で大好きになった。
しかし、幸せな時間は長くは続かない。
ほんの数時間がとても大切な時間だった。何事もなく屋敷に帰宅したのだが、それだけでは終わらなかった。
翌日になり、なぜか外出の件がバレてしまっていたのだ。小さいアリミナールは彼らを精一杯かばっていたのだが、当の使用人たちはあっさりと白状してしまった。
何度も何度も父親に自分が悪いのだと懇願しても、父親はアリミナールの言葉に耳を貸さなかった。それどころか、加担した使用人たちから仕事を奪い、さらに強固な使用人たちを雇うことを決定してしまった。
何度も何度もアリミナールは、使用人の彼ら彼女らのことを庇い続けたのだが、その言葉は届かない。
その言葉の届かないことから・・・自分の声は届かないのだとアリミナールは小さいながらに悟った。それから少女は口を閉ざすようになってきた。
さすがの父親も、永遠にアリミナールを外に出さないわけにはいかない。身分の高い方の招待があれば、娘を連れて一緒に出掛ける。しかし、ある時からほとんど喋らない少女のことを誰かが人形だと言った。誰とも喋らないアリミナールがその呼び名を聞くことはない。
幾重にもわたって父と娘の攻防戦は続いていたのだが、それはまた別のお話しである。
いつしか少女が前世を思い出し、とある5人と関わることで人形だった少女の時間は動き出す。
その後の使用人はどうなったのか・・・アリミナールは知らされていない。
それはとある家庭での話。
「なぁ、お前たちは他に仕えていたところがあると聞いたが、どんなところだったんだ?」
「おやおや、坊ちゃん。そんなことを聞いてどうなさるのですか?」
「うふふ。いいじゃないですか。坊ちゃんが聞きたいとおっしゃっているのですから。」
小さな少年が、庭いじりをする大柄の男性と中年の女性に質問をした。一般家庭よりも、大きな家というより屋敷と言ったほうがいいのか、立派な建物の中でそこに住む少年と、そこに雇われている2人が休憩の時間を利用して話し始めた。
「坊ちゃん、私たちにはとても素晴らしい小さなご主人様がいたのです!」
小さな少年に向けて、中年の女性は笑顔で語ってくれる。
「小さい主人ってなんだ?小人か?」
「うふふ。違いますわ、ちょうど坊ちゃんと同い年くらいの少女です。」
「ふん、なんだ。ガキじゃないか!」
同い年と聞いて、少年は少しご機嫌斜めのようだ。
「坊ちゃん、ただのガキじゃないです。とても素敵な方です!」
少年が拗ねたことなど気にせず、大柄の男性も楽しく語っていた。
「なんだ?すごいやつなのか?」
「いいえ。とても可愛らしい女の子です!」
「可愛いからなんなんだ?」
「可愛くて、自分のことよりも他人のために頑張れるとても立派な方なのです。」
「それはすごいことなのか?」
「ええ、もちろんですわ!僅かな時間しか、お仕えできなかったことは残念ですが、とても充実していました。」
少年に対して、優しく語るその言葉に嘘はなかった。
「なんで辞めちゃったんだ?そんなにすごいやつなら、ずっといれば良かったのに。」
「はははっ。坊ちゃんは正直だな~。」
大柄の男性が軽く笑い飛ばしていた。
「確かに、ずっとお仕えしていたかったのですが・・・こうして坊ちゃんに出会えたことも私たちにとってはとても素敵なことですのよ!」
「おおよ!坊ちゃんがこれからも立派な男になれる成長が見られるんだからな!」
「なっ、なんだよそれ。」
照れ隠しなのか、少年はぶっきらぼうにそう言い残した。
「・・っリク・・。」
「あら、坊ちゃん!奥様がお呼びですよ!さぁさぁ、行ってください。」
中年女性は少年の背中を押し、二人のことを気にしながらもその少年は声の元に走って行った。
こことは違う、大きな屋敷・・・。中年の女性と大柄の男性が使えていた屋敷でのことだった。
ある事件が起きる前日の夜のこと。
「・・・なんと言った?」
大きな屋敷の、書斎にはその屋敷の主人が椅子に座っていた。
書斎の前には、中年の女性のメイドと大柄の男性である護衛係が立っていた。
「旦那様、わたくしたちは明日・・お嬢様を町へ連れ出します!」
「申し訳ありません。俺たちは、お嬢様が大好きなんです。毎日見るのは、お嬢様の泣き顔ばかり・・・最後にお嬢様には笑ってもらいたい。この屋敷での仕事は大好きです。しかし、その仕事よりもお嬢様の願いを叶えてあげたくなりました!」
「それを主人である私に伝えてどうする?」
書斎に座る人物の顔は依然表情が崩れることはない。
「私たちは、誘拐をしたいのではありません。しかし、旦那様からの許可は下りないと考えております。」
「たとえ止められようと、明日だけはお嬢様を外に連れ出してやりたい!」
二人の意志は固かった。
「出来るものならやってみるのだな。そして、その後の処罰は覚悟の上だろうな?」
「「はい!」」
彼ら二人のお嬢様連れ出し作戦は成功した。無理な抵抗もなく、お嬢様を連れ出し、安全に屋敷に戻ることが出来た。
翌日、二人はまた屋敷の書斎にいた。
「旦那様・・・ありがとうございました。」
二人は、深々と頭を下げた。
「何のことだ・・?それよりも、覚悟は出来ているのだろうな?」
「「はい。」」
ばぁん!
突然に書斎の扉が開かれた。この扉を許可なく開ける人物は一人だ。
「お待ちくださいお父様!」
普段、その人物からは到底聞けない大声が部屋に広がった。
「私のせいなんです!私が二人に無理やりお願いしたのです!だから!」
「アリー!お前は部屋に戻れ。」
「嫌です!」
少女の止める声も虚しく、人を呼ばれ無理やり部屋に戻されてしまった。
そして、書斎にいる主人は言葉を続ける。
「お前たちには、ここをやめてもらう。」
「はい。」
「そして、これを持っていけ。」
「これは?」
中年の女性と大柄の男性の二人には、書類が渡された。何の説明もなく書斎から出された二人だが、その書類には次の仕事の内容が書かれていた。こことは違う、何も関係のないところだが、事前に話をつけてくれていたらしい。
そして二人の使用人は、笑顔でこの屋敷から外に出ることになる。少しの心残りはあるけれど、初めの頃よりは不安が消えていた。
そんな懐かしむような二人の使用人たちの時間も、少しずつ動いていく。
「坊ちゃん、ライトストーリー学園への入学おめでとうございます!」
「坊ちゃんさすがですね!いや~立派になった!」
大きくなった少年は、いつもと違い笑顔を見せる。
「ふん。どうせ、邪魔がいなくなって楽になるとか考えているんだろう?」
それでも、言葉はどうしても素直になれない。
「そんなことありません!あんなに小さい少年だった坊ちゃんがこんな立派に!」
「本当に!これは、学園では女性たちがほっとかないな!はははっ。」
二人の使用人は、素直ではないその人物が通常であると理解している。
「なんだよ。じゃあ、お前たちの前のご主人より俺は立派になったか?」
そんな質問をしてきた人物に二人は驚き、お互いに目を合わせて笑っていた。
「坊ちゃん!まだまだですわ。風の噂で聞いたのですが、どうやら私たちの大切なお嬢様も坊ちゃんと同じ学園に来られるとか!」
「そうそう!仲良くやってくださいよ!そして坊ちゃんもその子のように素直になれるよう努力が必要だな!」
「なっ!お前らそれでも俺の使用人たちか!」
本当に怒っているわけではないのだが、拗ねてはいるらしい。その様子を見た二人はさらに笑う。
「今は、坊ちゃんが一番ですよ!」
「おうよ!ついでに、今度帰る時はお嬢様連れてきてくれよ!んで、仲良くしてくれりゃいいんだがな!」
「ちょっと!お嬢様にも選ぶ権利があるでしょうが!」
「おい!それよりこっちにも選ぶ権利があるだろう!」
坊ちゃんである人物の声は届かず、二人の使用人たちがどうでもいいことで揉めていた。呆れながらもその二人の使用人を楽しく見つめるナリクがいた。
*番外編のため、位置を移動する可能性があります。




