暇な一日、いつもの一日
「そういえばなんですけど」
「んー?」
今日も今日とて男一人女一人で計二人。
二人の正面の壁一面に液晶画面が設置されている無駄に広い部屋の一室、特にやる事がないわけではないが、急いでやる事も得にはないそんな暇な時間。
隣の席でカタカタとパソコンを鳴らしながら口を開いた唯一のスタッフであるミチルは、こちらが反応しないことにも気に留めることなくカタカタとパソコンを鳴らしている。
「梶原さん、もしかしたらジョブチェンするかもです」
「へーそうなんだ、何になるの?」
「そこまでは分からないですけどこの間ハロワに入ってく所見ました」
「あ、ジョブチェンって冒険者そもそも引退するんだ。残念だなー梶さんは数少ない常連さんだし」
「そうですね、あ・・・・・・」
「・・・・・・やられたね。」
互いの視線の先に映る液晶画面、先ほど話していた梶原さんが地下2階層で魔獣とも言いがたいかわいらしいスライムモンスターに囲まれてやられている姿が映っている。
「ハハハッうける 」
「・・・・・・・・・」
「ぶっちゃけ弱すぎですもんね梶原さん」
そういいながらミチルは目の前にある複数のスイッチのうちの一つに手を掛ける。
―フハハハ・・・・・・冒険者よ・・・本日の営業は終了だ・・・・・・また明日お待ちしておるぞよ・・・・・・―
「あ、間違えた」
あわてて隣のスイッチを押しなおす。
―フハハハ・・・・・・その程度の力か?我は逃げん、いつでも再戦お待ちしておるぞよ・・・・・・―
場内アナウンスがなり終わり時計を見れば定時まであと10分。
「まぁ、大丈夫ですよね?」
「うん、梶原さん以外いないみたいだしね。」
「じゃあもう入り口閉めてきていいですか?」
「そうだね、じゃあお願いするね」
ミチルは席を立ち引き出しから鍵を取り出すと、特に武器や防具を装備することなく事務服のままカギと懐中電灯を持ちダンジョンの入り口を閉める為に部屋から出て行った。
今いる部屋はダンジョンの地下2階の奥にある為、どうしてもモンスターたちがいる中を通り抜けなくてはいけない。
先ほど梶原さんがやられた場所を通り過ぎるがそこに群れていたモンスターを流れるように蹴散らしていく様はもう、梶原さんが不憫に思えてしまう程だ。
冒険者レベルでいうと梶原さんはあれでも40レベルのナイトである。
防御特化型なのかガチガチにプレートアーマーを身にまとい、武器は片手剣であるはずが両手で持たないと振り回せない為盾が装着できない始末
ノロノロダンジョンを徘徊して、モンスターに遭遇したら当たることのない剣に振られながら徐々に集まってくるモンスターにじわじわとやられる。これが梶原さんのやられてく一連の流れである。
梶原さん……正直何したいのか分からないからな……。
ちなみにミチルは先月ライセンスを取ったばかりでまだ8レべルだ。
初心者冒険者が様々な職業に転職できるのが冒険者レベルが10以上からのため、現在スキルなどは一切使えない状態である。
なのでただただ素早く殴り、素早く避ける。
しかもミチル、懐中電灯で殴ってるし……
たしか先週、20歳の誕生日プレゼントとして友達から懐中電灯貰ったとか言ってなかったっけ?
「……まぁいいや…」
自分一人だけになった管理室、壁一面の液晶画面の一角に我が社員が友人からプレゼントされたであろう懐中電灯でモンスターを殴りながら入り口まで向かっていくのを尻目に、こちらも一日の閉め作業に入ることにする。
一日の終わりには必ず今日のダンジョン訪問者数と当日売上のチェックしパソコンに打ち込む。これといって難しいことではない、主に売上が発生するのはダンジョンへの入場料ぐらいなもので、入り口に設置されてある機械に冒険者カードをタッチすると自動でマネーが支払われるのでお金の計算等はいらない。
今日の訪問者は8名、金額は16000マネー
一応形として電卓を叩く。
2を1回おして0を三回、×を押して8を押して=を強めに弾く
16000マネー、うん間違っていない
念のためにもう一回電卓を叩く。
ぅん気持ちい。
ちょっと少ないけど平日はまぁ……こんなもんだろう。
このダンジョンを亡くなった祖父から相続してからもう2か月ぐらいたっただろうか、まだまだ分からないことだらけのダンジョン経営だが、一つだけ分かったことがある。
それは……このダンジョンはまったく人気がないダンジョンであるこということだ。
実際、祖父が亡くなった時に誰もダンジョンを相続したがらなく、同じ時期にブラック企業を退職して暇していた自分がほぼ強制的に相続した形だった為、初めは嫌々ではあったが実際にふたを開けてみれば業務時間・業務内容は超ホワイト、ブラック企業で働いた事もあってか、今のスローライフは意外と気に入っている。
最近の悩みといえば一緒に働いているミチルがちょっぴりクレイジーなことぐらいか。
でもそんな悩みも替えの利く社会の小さい小さい歯車時代のころに比べれば可愛いもの。
友達からもらった懐中電灯でモンスター殴ってたってさほど気にするほどでもない。
約3分、一日の閉め作業を終え、たいして使わないパソコンの電源を落とし戸締りのチェックを行う。盗られて困るような物はとくにはないが、魔獣達に部屋に入られて朝机がスライムだらけでベチャベチャになってると割と精神ダメージが半端ないので、戸締りのチェックとガスの元栓を締めるのはしっかりと行うのだ。
「入り口閉めてきましたー」
「ありがとー」
一日の締めを終えたところでちょうどミチルが戻ってくる。
「テンション上がっちゃってやっちゃいました」
テヘヘと笑いながら真っ二つに折れた懐中電灯を問答無用でゴミ箱に捨てるミチル
「それってこの間友達からもらったやつだよね?」
「そうですね、ダンジョンの管理人の補佐のバイトするって言ってたんで」
「使用用途全然違うけどね」
「まぁ懐中電灯も消耗品ですし」
うん、意味不明。
基本意味不明な返しは返さない、返事が返ってこなくてもミチルは特に気にすることなく
鍵を引き出しに終いそのまま帰り支度を済ませる為に更衣室に入る。
ペペペッ、ペペペッ
こっちは特に着替えは必要ないため、二人の名前しかないタイムカード棚からそれぞれのタイムカードを切りつつ彼女の帰り支度を待つ。
「お待たせしましたー」
「うんー」
数分後、支度を終え更衣室から出てくるミチル。
毎度思うが…
赤髪ショートでいかにも大学のキャンパスにいそうなカジュアルな服を着こなす彼女、ついさっきまでモンスターを懐中電灯でぼこぼこにしていたとは到底思えない。
「これが……ギャップって奴か…」
「萌えますか?」
「いや、まったく」
まぁシフト入ってないときは普通に大学生してるわけだしね。
最後にもう一度戸締りなどのチェックをし僕たちのいる部屋から出て鍵を閉める。
ガチャガチャ
「よし、じゃあ帰ろうか」
「はーい」
こうして二人の一日の仕事が終わる。
でも気を緩めちゃいけない、ダンジョンを出るためにはさっき閉めた入り口の近くにある職員用出口から出なくてはいけない為、モンスターを通り抜けないといけない
おうちに帰るまでが仕事なのである。




