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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

七夕の願い

作者: かな

 



 今日は、7月7日、俗に言う七夕だ。

 私は窓の向こうに広がる暗い空を、暗澹たる面持ちで見上げる。

 恐らく、今日の昼頃には空が泣き出すことだろう。

 荒れ狂う天ノ川に鵲橋は架かるのだろうか?

 天帝の怒りを買い、引き裂かれた恋人達は、1年に1度の逢瀬を、果たす事はできるのだろうか?

 そして・・・




 私の願いは、叶うのでしょうか?




 シンとした教室。私が来るまではガヤガヤと、うるさかった教室。

 今は、ヒソヒソとした声と、冷ややかな視線が容赦なく私を打つ。

 こうなったのは、ほんの2ヶ月前の事だ。

 2ヶ月前までは、私にも普通に友達と呼べる子達がいた。でも、それも上っ面だけの、おままごとのような物。

 きっかけは、本当に馬鹿馬鹿しい事だった。

 彼女達の誰かが好きな男の子がいたらしい。そして、その男の子が私に告白した。

 それだけでも、彼女達の誰かは気に入らなかった。しかし、更に気に入らなかったのは、私が彼を振った事らしい。

 私は、その男の子の事は知ってはいたが、その日まで話した事もなかった。そんな状態なのに、何故私が付き合うと思うのか。

 何度か彼女に謝るように言われた事もあったが、何故、私が謝る事があるのか。




 そして、気が付けば、私はこのクラスで孤立していた。




 気の重い学校を後にして、ざぁざぁと降り頻る雨の中、私は市の図書館に来ていた。

 図書館は好きだ。本を開けば、あっという間にその本の世界に飛び込める。


 海を征する者達は、愛する者達の為、祖国の為に、新大陸を夢見る。

 人外達が互いに切磋琢磨し、力強くも儚い剣舞を演じれば、美しい魔法が煌びやかに世界を彩る。

 遥か遠くに煌めく星々が織り成す、神々の盤上遊戯。

 美しい花々が咲き誇る妖精の国では、多くの人々が、その幻想の中、妖精達と歌い踊った。


 羨ましいと思うのは、浅ましい事だろうか?

 根暗で、卑小な私が、物語にあるような、ハッピーエンドを夢見る事は。

 あの時、納得いかずとも、頭を下げれば良かったのだろうか?

 そうすれば、まだ、ぬるま湯のような友情ごっこは続けられたのだろうか?

 小さなプライドに拘って、全てを台無しにした愚者には、どんな終わりが待っているのだろうか?


 カラン、と静かな空間に、小さな音が響いた。音がした足下を見れば、1本のシャープペン。

 思わず拾い上げ、机を挟んだ向こう側にいる人物を見る。同い年位の女の子だった。


「ごめんなさい、それ、私のなの。」


 小さな声で謝罪される。別に・・・と自分で思ったよりも、ぶっきらぼうな物言いになってしまい、慌て訂正する。


「ふふっ、ありがとう、貴女、優しいのね。」


 シャープペンを受け取った彼女は優しげな表情で微笑み、そんな事を言うのだった。





 それからというもの、私達は学校が終わった後、図書館で会うようになった。

 時には図書館ではなく、街に繰り出して遊ぶようにもなった。

 彼女はとても聡明で、優しい女の子だった。

 私も彼女の前では、素直に楽しい、嬉しいと、感情を表に出せるようになった。

 学校では、相変わらず無視されるが、彼女と一緒にいれば、そんな事は全く気にならなくなった。




 夏には一緒に海に行った。初めて見た海は物語で見た海よりもっと広く見えた。

 秋には一緒に山に登った。燃え上がる山々はまるで、全てを飲み込む、焔の魔法のようだ。

 冬には一緒に夜空を見上げた。走りゆく星々は、神々の与える祝福そのものだ。

 春には一緒に花を愛でた。咲き誇る1面の桜の下でこっそり踊ったのは少し愉快だった。



 そして、季節は一巡する。



 今日は、七夕だ。

 私はそっと、カバンの中に短冊をいれる。もう、願い事は書いてある。

 最近は、学校には行かず、図書館にばかり、入り浸っている。

 それでも、彼女はいつも図書館にいた。

 まぁ、私も学校に行かず、図書館に入り浸っている口だし、態々聞く必要も感じない。

 窓から見える空はどこまでも青く、晴れ渡っている。

 きっと、今日は暑くなるだろう。



 図書館に着けば、彼女がいた。

 今日は中には入らず、入り口前で、待っていてくれたようだ。


「おはよう。」


 おはよう、と左手を降る。今日も彼女は楽しそうだ。


「今日は、行きたい所があるんだ。」


 なんだろう?珍しい。

 彼女は確かにイベント等も好きだが、そういう時は、具体的に、何をしたい、と提案するのが常だった。こんなふうに、曖昧に『行きたい所』等というのは、珍しい事なのだ。

 私は分かった、と首を縦に降ると、彼女の後を追って、移動を開始するのだった。




 昼が過ぎ、夕方になり、間もなく、夜になるのでは?と思った所で、彼女は移動を止めた。

 辿りついたのは、遠く離れた隣の県。それも、人なんか入ってこないのではないかという、山奥の、笹の群生地だ。

 おおい茂る笹林の中、ポツンと、ボロボロのトタンで出来た小屋があった。

 何故だろう?ここに来てから、冷や汗が止まらない。酷くこめかみ辺りが痛む。風邪だろうか?


「ねぇ?思い出せない?」


 彼女が、鈴を転がしたような、美しい声で、問いかける。


「中に入りましょうか。」


 彼女が、白魚のような、たおやかな御手で、私の手を引く。


「まだ、思い出せないかな?」


 彼女が、指さしたその小屋の中には、真っ白な、人の骨が、静かに、ひっそりと、誰にも気付かれることなく、横たわっていた。




 コレは、誰?




 否、答えなんて、もう出ていた。




 コレは、私だ。




 思い出した。思い出して、しまった。

 私は、もう、何も信じられなかった。

 友情も、愛情も、全てが私を裏切ったと、思い込んでしまった。

 信じられなかった愚者は、1人、誰にも知られず、朽ち果てる事を望み、そして、それを叶えてしまった。

 それでも、本当は、寂しかった。本当の願いは、最期まで叶わなかったから。


「本当は、声なんて、かけるつもり、無かったの。」


 私《白骨》の横に座り込む、優しい彼女は、その煌めく瞳から、宝石のような雫を零す。


「でも、無理だった。」


 困った時の、情けない、笑顔。


「貴女が、とっても、綺麗だったから。」


 そう言って、彼女は私《白骨》に触れる。


「見つけるのに、1年も、かかっちゃった。」


 ふと、ボロボロになった、トタンの屋根の隙間から、星々の濁流が見えた。今日は、七夕だ。


「ごめんなさい。」


 私は、カバンにしまっていた短冊を取り出した。


『ありがとう。』


 短冊を、彼女に手渡す。

 ポカンと、少しだけ間抜けな顔をした彼女。

 大丈夫、行き方は、分かっている。

 私の本当の願いは、バッドエンドの先に叶ったから。

 フワフワと軽くなる、私の身体。

 キラキラと、指先から形を失くして行く。

 目の前に映るのは、トタンの屋根でも、彼女の泣き顔でもない、光の清流。


 視界の全てが光で覆い尽くされた時、私の意識は欠片も残さず、虚空に散った。






 名も知らぬ、悲しい少女は、空の向こうに逝ってしまった。

 綺麗な骨と、手渡された、ボロボロの短冊だけが、彼女の存在の証だ。

 色褪せて、ボロボロになった短冊には、ただ一言。



『本当の、友達が欲しい。』



 私は、彼女の本当の友達になれたのだろうか?

 初めて見た時、彼女は真っ黒な陰しか見えなかった。でも、その陰は、なんだか寂しそうに見えた。

 シャープペンが転がったのは、偶然だった。

 思わず、お礼を言ってしまった。

 別に、と言った声は少しだけぶっきらぼうだった、直ぐにアタフタと、弁明するのが面白かった。

 陰がほんの少し薄くなって、僅かに見えた、彼女の瞳は、真っ直ぐで、とても優しげな光を写していた。


 目を閉じて、この1年を振り返る。

 色んな場所に訪れて、色んな事を2人で体験した。

 その度に彼女の陰は薄くなって、生前と変わらぬであろう美しさを、取り戻していった。



 そう、彼女は美しかった。



 願わくば、彼女が安らかに眠れるよう。

 願わくば、次に彼女が生を得る時、沢山の幸せが降り注ぐよう。

 願わくば、また、彼女と会うことが出来るよう。

 願わくば・・・また、彼女の本当の友達になれるよう。


 今日は七夕だ。この位のワガママは牽牛も織女も許してくれるだろう。

 空一杯に輝く天の川を見ながら、友人の眠る笹林を後にする。

 明日からは忙しくなるだろう。

 何せ、七夕の笹を隣の県の、山奥までわざわざ採りにきて、たまたま見つけたボロ小屋の中で、偶然、身元不明の白骨死体を見つけてしまったのだから。

初めての短編小説です。

七夕をテーマにほんのりホラーを目指して書いてみました。

拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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