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6 マッサージ店「センセーショナル」

6 マッサージ店「センセーショナル」


 年が明けておよそ三週間、高校を卒業して何をするかいまだに決まっていない不安と、さらにそれをかきたてるようなまさかの登校すら不要という状況によってエリックたちの気は狂いそうになっていた。頭がどうにかなりそうになっていて、彼らはマジでどうすればいいのかわからなくなってきた。徐々に余裕もなくなり、このままでは本当にどうにもならないことだろう。だがだからといって、何をすればいいのか全然わからない。苦しい。これはかなり苦しい状況だった。今日はイレールとエリックの二人が近所のマッサージ店に来ていた。学校に行かなくてもよい日々が増えていたので、彼らにはとにかく自由な時間だけはあったのである。


 イレールが言う。「一度俺ここに来てみたかったんだよね。いつも車で店の前を通るばかりでさ、何をしているところかよくわからんかったんだよ。もちろんマッサージをしている店だっていうことはわかっていたんだけど、マッサージって言われたって具体的には何をしているのかわからないだろ? 車を運転している親にさりげなく聞いてみたりするんだけどさ、その親もよくわかっていないんだよ。でもいやらしい店じゃないってことだけはよくわかっている。ここが普通に何ていうかいやらしい店じゃないってことはよくわかっているんだよ。だって考えてみて国道沿いにこうやってでっかく店を構えているんだもんな。それに看板にも『肩こり全身マッサージ』とか書いてある。きっと本当に体をマッサージでほぐして日ごろの疲れとかを取ってくれる店なんだろうな。まあ高校生の行くようなところか? と言われると微妙かもしれないし、相手の店員さんにだって『何かのジョークですか?』と切り返されてしまうかもしれないけれど、違うんだ。そうじゃないんだよな? 俺たちはただ癒しを求めているだけなんだ。ふと気を抜けばいつだって頭がおかしくなってしまいそうな状況に置いて、俺たちはほんのひと時の癒しをここの店に求めているってわけなんだ。だからもし店員のお姉ちゃんかお兄ちゃんか知らんが、とにかく店員の人が『え、高校生って冗談ですか?』みたいなことを言ってきたら『いえ冗談ではなくマジです』と答えてやろうぜ! 金さえ払えば向こうだって文句はないはずさ。滅多にくるような客じゃないから相手はしにくいかもしれないけれどな」


 イレールはかなり混乱しているようだった。少なくともエリックはイレールの話をそのように受け取った。余裕がなくてどこか切羽詰っているような感じを受ける。とにかく言葉で間を埋めようとしてくるし、彼の言う癒しという響きもむなしい。それに冷静に考えてみて、確かに今日はイレールの誘いがあったのでこのマッサージ店「センセーショナル」にやってきたのだが、展開がよくわからない。俺たちはあくまでも高校生であり、高校を卒業した後どうすればいいのかということに悩んでいたはずなのに、どうしてマッサージ店にこなければならないのか。癒しを欲しているという理由はわかるけれども、それならばもっと別の方法を真剣に探ってもいいし、また癒しなどという甘いことを言っていてもいいのだろうか。俺だって! 俺だって年が明ける前や明けた直後はまだ余裕があって、まあ最終的には何とかなるのだろうと思っていたのだが、密かに楽しみにしていた球技大会はダメだったし、また登校も不要だということだ。どうすればいい! まったく俺たちに何をしろっていうんだ。こうやってもんもんと何をすべきかもわからずにただただ時間を過ごせとでも言うのか。拷問だ。こんなものは軽い拷問なんだ! いや精神的には軽いものでも何でもないさ。立派な拷問だ。これはある種の立派な拷問といっても過言ではないことだろう。訳も分からずにとにかく行動しなければならないという一心でイレールの今回の謎の誘いにも乗ってみたが、実際に店の前についてみてこんなところはやはり毎日の仕事にくたびれた大人たちの通うところなのであって、興味半分、おもしろ半分で高校生のような奴らがくるような場所じゃない。もし俺がここの店員だったらすぐさまレジで「十八歳未満禁止」みたいなPOPを取り出してシャットアウトすることだろう。そういうPOPがないというのならば、口頭だ。そういうときはずばり口頭で言ってやればいい。ここは十八歳未満のご利用は禁止ですよ、と。


 店内に入ろうとするイレールにエリックは言った。「おいイレール。正気なのか。この店に入ろうとするなんてまともなのか。やっぱりおかしいんじゃないのか? この店はどこからどうみたって疲れた大人の入るようなところだぞ。俺たちみたいな高校生の入るところじゃない。いくら癒しが欲しいからって、そんなマッサージを受けたところでどうなるっていうんだ。これから先俺たちがどうすればいいのかということの解決にはちっとも役立たないじゃないか。こんなことをしていてはダメだ。こんなことをするくらいだったら、もっとクラスのみんなに話を聞いて回った方が……」

「それこそできない」イレールがぴしゃりと言う。「みんなもう学校にすら来ないじゃないか。どうやってみんなの調子や具合を聞いて回れっていうんだよ。まさか一軒一軒訪ねて回れっていうわけじゃないだろうな? そんなことをしてみろ。それこそ本当に頭がどうにかなってしまうぞ。俺だって本当はこんな店になんか入りたくないさ。でもそれ意外に方法がないということもよくわかるだろう? ほかに何かあるか? ほかに何か癒しになるような行為があるっていうのかよ。マッサージだったらやってもらったことがないから経験になるし、また店員さんにやってもらうんだから、きっとそこには彼らとの会話などもあることだろう。そこまでネガティブに考えなくてもいいはずだ。もっと気を楽にしろよエリック。最近なんだかお前切羽詰りまくってるのが顔に出ているぞ」

「でも賛成できない」エリックは言った。「とにかくマッサージ店に行くのはいったん中止しようよ。こんな気持ちじゃきっとどんなにすばらしいマッサージを施されたところで効果半減さ。それにマッサージにはお金がかかるんだぞ。おいイレール。そういえばお前はちゃんとそこのところも考えているのか? そこのところといってお金だよ。お前はちゃんと金銭的な問題のことも考えているのか? これはもしもの話だが、もし今後高校卒業にあたって何かしらのお金のかかるようなことがあったらどうするんだ。つまり急にまとまったお金が卒業後に必要になってきた場合はどのようにそれに対処しようと計画しているんだ。ちょっとでもいらない出費は減らさないと。無用な出費は減らしていかないと大事な時に首が回らなくなってチャンスを逃すなんて、そんなことは絶対にあってはならないんだぞ」

「じゃあお前はいつまでも部屋の中でゴロゴロしてろっていうのかよ!」イレールが言う。「申し訳ないが俺はもう限界なんだ。限界だ! 何をすればいいのかわからないし学校に行くこともとりあげられてしまったから、ここのところ最近の俺は自分の部屋でゴロゴロと寝そべるばかり。そうしたらあの母親の野郎の一言二言がむちゃくちゃむかついてしまうんだよ。本当にこの人が俺の母親なのかと疑いたくなるようなことばかり言ってきやがる。でも困ったもんで俺ももうガキじゃないからな! 母親に悲しい思いをさせてしまっている原因は俺なんだと自己反省すると、ほらもういてもたってもいられなくなる。だがだがだが! だがだからといって何をしたらいいのかなんて本当に見えてこないんだ。これっぽっちの小さい星の光ほども見えてこない。何も見えてこない。お前はマッサージ店なんかっていうけれども、これだって何とか脳みそをひねって出した俺なりの答えなんだ。だったらお前はここにいろ。お前はここにいて、俺は一人でも行く。俺はもう今日は一人でもこのマッサージ店に行くんだからな!」


 イレールの悲痛なほどの覚悟だった。エリックは思わず彼の迫力に息をのまずにはいられなかったが、思いは同じだと思った。イレールの今の立場と、今の立場から感じている息苦しさは俺の心の中だ。俺の心の中と同じで、それじゃあきっと彼だって自分でマッサージ店! と強気に言い張りながらも、心のどこかでは「卒業後が不透明で不安だからって何でマッサージ店に行くことになるんだ。行ってもきっと何も起こらないし何よりもおもしろくなさそう」みたいなことも思っているんだろう。そんな疑問ももうすでに彼の中では何百何千回と繰り返されてきたはずだ。


 エリックはぽつりと言った。「もう大学しかない」


「え?」イレールが驚いた感じで言った。しばらく沈黙があったのちイレールが耐え切れずに続ける。「いきなり大学ってどういうことなんだよ? お前大学のことに関してはまだまだ情報が少なすぎるし、何より高校と同じような学問を修める機関なんだったら行く意味なんてないって言ってたじゃないか。それなのに大学しかないって? お前本当にどうかしちゃったのか?」

「いやどうかなんかしてないさ」エリックは続ける。「それでも今の状況よりはまだマシだろう。今の状況はあんまりにも異常だ。異常すぎて俺もいっつも朝吐き気がする。何かの病気にかかっているんじゃないかとも思うけれども、きっとストレスだろう。こんなに悩まされるんだったら、もういっそのこと俺だってわけがわからないが、卒業後は大学ということにしようじゃないか。嘘でも仮でもいい。とにかく大学ということに決めてしまえば、そしてそれに向けてちょっとでも行動してしまえば何かが変わるんじゃないだろうか。今まで悩んできてついに大学というキーワードしか得られなかったんだ。だったらもうその大学とかいうやつにかけてみるしかないだろう! イレール、行くぞ!」

「は? 行くぞってどこに?」

「まずはシプリアン・ロメールの家さ!」

 

 こうしてエリックたちは近所の国道沿いにあるマッサージ店「センセーショナル」に行くことをやめて、急造でシプリアン・ロメールという同じクラスの男子学生の家を訪問してみることにした。シプリアンといえば、年明けすぐにエリックにはじめて大学の存在を知らしめた彼である。エリックは、大学に舵を切ったからには、まず彼から情報を仕入れられるだけ仕入れてやろうと考えたのである。きっとシプリアンならば、ほかのクラスメイトたちと比べても大学に対する考えは深まっているはずだ。彼なら何かちょっと気が弱そうな感じだし、突然行っても有益な情報を得られるに違いない。

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